その3(表).母校 -ななふしぎにそめられて-

【1.真夏の夜の悪夢】

 「やっと、ここに帰って来られた……」


 桜並木に彩られた私立恒聖高校の校舎を感慨深げに見上げる、ひとりの女性の姿があった。

 彼女の名前は内田聡美(うちだ・さとみ)。この春から4回生になった女子大生だ。聡美は、教育実習のため、これから一月足らずこの高校へと足を運ぶことになるのだ。


 「あれ、内田先生は、星河丘学園のご出身だと聞いていますけど?」


 教生指導を担当する西野ゆかり教諭がいぶかしげに問う。


 「え……は、はい。それはそうなんですけど──そのぅ、私、中学生の頃、この学校に通うつもりだったんです。友達ともそう約束して、受験もしたんですけど……」


 言い淀む聡美の様子で西野はおおよその事情を察したようだ。


 「成程、残念ながら当校には受からなかったと。それは確かに感慨深いでしょうね」


 勝手に西野は納得したようだが、聡美は内心冷や汗をかいていた。

 西野に告げた言葉自体は嘘ではない。中学の時にこの恒聖高校を目指したのは事実だ。

 ただ、「一回目」の時は合格し、「二回目」の時は不合格だったというだけの話で。


 (もう、あれから8年も経つのか……)


 聡美は、今でもふと夢想することがある。

 あの夏休み、悪友達数人と夜の校舎で肝試しなんてしなければ、と。


 あの夜、この学校に伝わる七不思議をなぞるような怪異が次々に起こり、友人達は皆姿を変えられてしまった。


 ある者は、猫耳としっぽのある猫又娘に。

 ある者は、美術室の絵に吸い込まれ、そこに描かれた貴婦人に。

 ある者は、夜な夜な音楽室のピアノに合わせて踊る赤い靴の踊り子に。

 ある者は、踊り場の鏡から現れた女淫魔に精気を吸いつくされた後、自分も淫魔となって何処かへと連れて行かれ、またある者はトイレに引きずり込まれて、おかっぱ髪の小学生くらいの女の子(トイレの花子さん?)にされてしまった。

 彼(彼女)らの運命を考えれば、まだしも聡美は恵まれていたと言えるだろう。


 当時高校一年生の少年だった内田聡志は、5人の友人達の末路を目にし、パニック状態のまま、学校の中を逃げ回っていた。

 やがて走り疲れた頃、体育館に偶然足を踏み入れた際に、聡志は紺色のブルマーが落ちているのを目にする。

 SAN値が下がっているとは言え、そこは思春期真っただ中の青少年。好奇心に負けてついついソレを拾いあげてしまったのだ。


 しかし、言うまでもなくソレは罠(トラップ)だった。

 紺色の布を手にした途端、聡志の中にそれを履いてみたいという強烈な衝動が突然湧き起こる。「こんなことしてちゃいけない」という思いをよそに、聡志の身体は勝手に動き、ズボンとパンツを脱いでブルマーを履いてしまう。


──ドクン!


 次の瞬間、聡志の体内で何か得体の知れないモノがうごめいた。


 フラフラとブルマ姿で彷徨い歩く聡志は、気が付けば女子更衣室に入り込むと、更衣室の一番奥の“開かずのロッカー”に手をかけていた。

 女子の噂では何をしても開かないはずのその扉は、呆れるほど簡単に開き──中を見れば、そこには女子生徒の制服がひと揃え残されていた。


 夢現な状態のまま、残った上半身の着衣を脱ぎ棄てると、その制服を身に着ける聡志。よく見れば、それは恒聖高校の女子制服ではなく、近所の中学校のもののようだ。


 長身というほどではないが、高校生男子の平均程度の身長と体格を有する聡志にとって、中学生の女の子用の制服など小さくて窮屈なはずなのに、容易に着られてしまう。


 そんなに大柄な女生徒用のものなのか?

 ──違う、聡志の身体が縮んでいる、いや、“ローティーンの少女の身体”へと変化しているのだ!!


 最後に星型をした髪留めを髪に付けた時点で、聡志の意識は途絶え……。


 次に気が付いたのは朝で、聡志は「勝手によその学校に入り込んだ女子中学生」として、恒聖高校の教師から叱責を受けるハメになった。


 もちろん、身体も服装も元に戻っておらず、聡志は途方にくれた。

 仕方なく家に帰ったのだが、おそるおそる顔を合わせた両親からは一晩家を抜けだしていたことはきつく叱られたものの、父も母もひとつ年下の妹も自分の姿に対して何も言わない。


 狐につままれたような気分で部屋に戻り、その変わり果てた──年頃の女の子らしい装いの部屋を見た瞬間、聡志は、どうやら自分の存在そのものが変えられてしまったことを悟った。


 絶望はあった。後悔もした。怒りと羞恥も相応に感じた。

 特に、今までひとつ年下だったはずの妹が、逆に1歳年上の“姉”になっていることは、少なからずショックだった。


 けれど、まともな人間ですらなくなってしまった他の5人に比べれば、じぶんはまだマシなのだろう──そう思うとあきらめもついた。


 そうして、聡志は“内田家次女の14歳の女の子・聡美”としての人生を、渋々ではあるが歩むこととなったのだ。


 もっとも、後日、猫又娘になった友人と、“花子さん”っぽい姿になった友人とは無事再会することができた。


 前者は「突然病気(?)で猫耳が生えた女子高校生」、後者は「ちょっと霊感の強い女子小学生」として実家で暮らしているらしい。姿は大幅に変化したものの、その記憶や心は以前のままでいられたのは不幸中の幸いだろう。

 結局、ふたりも聡美と同様のあきらめの境地に達して、現在の境遇を受け入れたようだ。


 彼女達とは、現在でも時々聡美は会っている。当初は同病あい憐れむ的被害者愚痴の会と言った趣きだったが、年を経るにつれて単なる女子会に近くなっていったのは、なんだかんだ言って3人が日常に適応していることの証かもしれない。

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