【4】Sweet Memories
「アレは恥ずかしかったなぁ」
「うん、確かに」
あの時の感情を思い出し、しみじみ呟く俺と、疲れたような声で同意するあかり。
「だいたい、清彦さんは、途中のステップをスッ飛ばし過ぎなんです! アレがあたしでなければ、「エッチ、痴漢、変態!」呼ばわりされても文句言えませんよ?」
と、腰に手を当てて、お説教モードになるあかり。
俺といわゆる“深い仲”になって以来、ふたりきりの時は、中学のころのような気安い甘えた口調になるあかりだが、今も人前や怒った時などは、よそいきの丁寧語で話している。
そのおかげ(?)で、現在もコイツが通う恒聖高校(俺の母校でもある)に於いては、3年生の桜守姫明利という少女は、「元弓道部副部長の、綺麗で優しくて頼りになる先輩」キャラとして認知されてるみたいだし。
実際、つきあいだしてから丸2年近く、俺もあかりのことを「年齢に似合わず落ち着いた淑やか系の女の子に成長した」と完璧に思い込んでたからなぁ。
本人いわく、「どっちも、今の自分」だそうで、殊更に猫かぶってるつもりはないらしい。
確かに、“大和撫子”モードでも、演技してる不自然さはないんだよ。だからこそ、俺も気づかなかったわけだし。
いや、中学2年の後半ごろ、“大人っぽくなった”と感じてた時は、今にして思えば、どこか無理して演技してたんだろう。でも、それから3年以上も経てば演技も単なる“仮面”じゃなく、半分以上は“地”になるモンだ。
──それに、俺の前でだけ、昔に近い“素顔”を見せてくれると思えば、コレはコレで嬉しいもんだしな!
「ちょっと、聞いてるんですか、清彦さん!」
おっと、回想に気を取られて上の空になってたか。
「はっはっは、なぁに、アレは相手があかりだからこそ、多少の強引な手段に出た面もあるのサ! なにせ、他の男に横からかっさらわれないか気が気じゃなかったしナ!」
無駄に歯を光らせてサムズアップしてみせる。
「な……ん、もうっ! 調子いいんだから」
などと言いながらも、真っ赤になったあかりの怒気が治まるのがわかる。
「まぁ、アレはアレで感慨深いと言えないこともないけどさ~。でも、もうちょっと乙女心を清兄には理解してほしぃなぁ」
口調が甘えんぼモードに戻ってるということは、どうやらもう怒ってないらしい。
「ああ、わかってるって。それに、セカンドキスは、それなりに時と場所を選んだだろ?」
そのために、わざわざゴールデンウィーク最終日にふたりで神戸まで日帰り旅行に出かけて、“夕暮れ時の異人館の見える丘”なんて少女マンガちっくなシチュエーションを演出した俺の苦労も察して欲しい。
「うん、アレは凄く嬉しかったよ。ありがとう、清彦さん♪」
ゴロゴロと猫が懐くような感じで俺にすり寄るあかり。
おいおい、君は犬耳っ子でしょ──ってツッコミは、無論野暮なのでしない。恋人歴2年目ともなれば、いかに無粋者の俺でも、そういうエアリード能力がそれなりに発達してくるのだ。
「そ・れ・にィ~、初めてのエッチは……ポポッ」
“その時”のことを思い出したのか、頬を桜色に染めるあかり。
──と言うか、口で「ポポッ」とか言うなよ、某十二人姉妹の和服担当じゃあるまいし(いや、確かに弓道娘だから共通要素はあるけどさ)。
傍目から見れば、極上の美少女が、いやんいやんと身体をクネらせながら思い出し笑いをしている光景なんて、どん引きかもしれないが、その“初体験”を共有した俺自身も、当時のことを思い出して、照れくさいような、でも幸せなような、微妙な気分になっていて、それどころじゃなかったりするんだな、これが。
* * *
「あ! 清兄、清兄! どうですか、ほらこれ?」
幼馴染時代、そして恋人としてつきあうようになってから、清彦は、あかりの色んな表情を見てきたつもりだが、それでもこれほど満面の笑顔を浮かべているのを見たのは、本当に久しぶりだった。
そして、そんな表情になっていることも十分頷けるし、またその表情を浮かばせたのが自分だと思うと誇らしい気分にもなる。
しかし、たった今、そんな小難しい理屈は、清彦の脳裏からスコーンと飛び出していた。
何故か?
──それは、今のあかりの格好を見ていただければたやすく理解できるだろう。
肩を大きく露出したプリンセスラインの純白のドレス。
頭部には薄絹の真っ白なベール。
ドレスと同じ素材の長手袋をはめた両手には、バラを主体にしたブーケを携えている。
著名な画家を呼んでスケッチさせ、額に入れて「六月の花嫁」と題名をつけて飾っておきたくなるような、完全無欠の花嫁姿のあかりが、目の前に立っているのだ。
魂のひとつやふたつ消し飛ばさなければ、恋人として嘘だろう。
実際、清彦はポカーンとだらしなく大口を開けたまま、食い入るように目の前の愛しい恋人に視線を注いでいるのだ。
「──きよにぃ?」
「あ、ああ、すまん。思わず見とれてた」
ほんの少しいぶかしげな口調があかりの言葉に混じったところで、どうやら清彦も現世復帰したようだ。
「えっと……それで、どうでしょう?」
スカートを軽く摘んで、
それだけで、清彦の血圧が10ばかり上がった。
「ああ、バッチリだ。三国一の花嫁ぶりだぞ! 近い将来、こんな綺麗で可愛い嫁さんをもらえる俺は、幸せだなぁ~」
──なぜに、最後が若大将口調? まぁ、それだけ舞い上がっている証拠だろう。
「もぅ、そんなぁ、褒めすぎですよぅ」などと謙遜しつつ、あかりの方も満更ではない。いや、むしろ人目がなかったら抱きついて熱烈なキスのひとつやふたつはカマしてそうな勢いだった。
言うまでもないが、今日がふたりのめでたい門出の日──というワケではない。
試験休みを利用して信州の高原まで一泊二日で遊びに来た清彦と明利が、とあるチャペルを背景に、地元の写真館が行っている記念撮影サービスを利用しているのだ。
鹿鳴館風ドレスからメイド服、大正女学生風矢絣袴あるいは打ち掛けや十二単などなど、衣裳は色々選べるのだが、あかりはほとんど迷いなく今着ているウェディングドレスを選んだ。
本来、未婚の女子が結婚前に花嫁衣装を着ると婚期が遅れるという俗信があるのだが──旦那様の最有力候補を既に確保しているが故の余裕だろうか?
あるいは、単純に清彦に婚礼姿をアピールして、「早くもらってくださいネ♪」とプレッシャーをかけたつもりなのかもしれない。
いずれにしても、「効果は抜群」だったようだ。
なぜならば、記念写真(清彦がタキシード姿で、椅子に座ったあかりの背後に寄りそっている代物)を受け取り、今夜泊る予定のペンションに向かう途中、ふたりの間の会話が妙に少なかったからだ。
気まずい沈黙と言うワケではない。むしろその逆だ。
言葉を発さなくても互いに何となくわかり合える気がする幸福な空気、それを壊したくないが故の静寂だろう。
その空気は、受付で鍵を受け取り、ふたりが泊る部屋に入っても、ほんのり残っていた。
そして……。
「う……だ、ダブルベッド?」
床にぼとりとボストンバッグを落とす清彦。
おかしい、確か自分はツインを予約したはずなのだが、と首をひねる。
──いや、年頃の男女がツインとはいえ同じ部屋で夜を過ごすこと自体、本来風紀的に問題があるのだろうが、“その程度”なら無駄に発達した清彦の克己心が防波堤になってくれるはずだ。
しかし。
「あのぅ、清兄、実はあたしが……」
おずおずと口を開くあかり。どうやら、旅行前に清彦から泊る場所を聞いた時点で、このペンションに電話して、部屋の予約をチェンジしたらしい。
「──なぁ、あかり。それって、どういう意味か、わかってやってるんだよな?」
異様に穏やかな口調で語りかける清彦。
「うん、わかってます。
あたし──清兄の“女”になりたい! 清兄に抱いて欲しい!」
普段の穏やかさ、淑やかさをかなぐり捨てたあかりの激情の発露に、清彦はほんの一瞬だけ、呆気にとられたものの、すぐに優しく彼女の身体を抱き寄せる。
「バーカ。これから深い仲になる恋人に、いつまでも「清兄」はないだろ。ほら、名前で呼んでみな」
「えっと……き、きよひこ、さん?」
「オーケイ、上出来。これで、お前は俺の「妹分」から、本当の意味で一歩踏み出したってワケだ。だから、俺の方も踏み込むぜ。
改めて──あかり、好きだ。お前が欲しい」
「はい、清彦さん、喜んで」
そっと唇と唇が触れ、キスとは対照的にくるおしい激情を込めた瞳で見つめ合う。
先ほどまでとは別の意味で、今この瞬間、言葉はいらなかった。
「
やや不器用な手つきであかりの髪を撫でながら、清彦が睦言を囁く。
「あは、うれしいです、清彦さん」
蕩けるような微笑みを浮かべるあかり。
もっとも、今の彼女の姿と表情を見たら、同性ですらあかりに見とれるに違いない。
膝小僧が見えるかどうかという絶妙な丈の白いサマードレス。白を主体にしながら、ヘアタイやリストなど所々に水色や桃色のアクセントが入った色彩も、彼女の清楚な女らしさを引き立てている。
さらに、素足ではなくあえてレースのニーソックスを装備しているあたり、清彦のフェチ心をよく理解していると言えよう。
お姫様抱っこに抱き上げたあかりを、清彦はゆっくりとベッドに寝かせる。
白い衣装のままベッドに横たわるあかりの姿に、先刻の花嫁衣装を想起させられて、清彦の内部の欲望が一段と加速する。
「最後にもう一度聞……いや、タンマ。これ以上の確認は卑怯だな。
あかり、俺は、俺自身がお前を欲しいから、抱く!」
「構いません。今のあたしを、清彦さんの色に染めてください」
耳元で甘美な囁きを聞いて、自然と清彦の下半身に力がこもった。
「──そうか。こういう時は、「優しくするから」と言うのが礼儀なのかもしれんが……スマン。できるだけ気をつけるが、生憎こちとら初心者なんで手加減できるかわからん」
「アハ、これからどんなことされるかと思うと──ゾクゾクしちゃいます」
その言葉には強がりもあったのだろうが、同時にあかりの目の中にも欲望の影が見え隠れしていた。
「あかりッ!」
その表情と、ここ1、2年で急速に大人びた体つきとなったあかりの身体が放つ魅惑に触発され、清彦は彼女の上に覆いかぶさった。
「んっ…はぁ……ん…」
互いの唇を求め、舌を絡ませると、室内にクチュクチュという音が響く。
しばしの後、唇が僅かに離れることで、ふたりの間に銀色の唾液の橋が架かった。
「ヤバい。どうしよう、あかり。俺、お前のことが好きなのに、大好きなのに……なのに、なんかお前のコト、今、無茶苦茶にしたい」
熱っぽい目で恋する少年に囁かれて、少女は華奢なその身を震わせた。
恐怖からではなく、歓喜から。
今の清彦は、“物分かりのいい幼馴染”でも“優しい保護者”でもなく、ただひたすらに“男”として“女”の自分を求めてくれていることを痛感したからだ。
「いいよ、清彦さん──あたしのこと、滅茶苦茶にして♪」
だから、あかりは全身の力を抜き、全てを目の前の愛しい男性に委ねた。
……
…………
………………
「ん…」
そして、初めての交わりが終わりぐったりとしたあかりに、清彦は優しく口づけて抱き締めた。
「可愛いぞ、あかり」
頭を撫でてやると、あかりは朦朧とした意識のまま、それでも嬉しそうな顔で清彦に抱き付いた。
──なお、色々な意味で“お若い”ふたりには、まだまだ“余力”があり、その日は夕飯も取らずに部屋で「イチャイチャ+ギシギシ」な時間を、たーっぷり堪能したことを伝えておこう。
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