その2.犬耳ッ! -俺の弟分が犬耳美少女過ぎる件について-

【1】過去と現在

 「ど、どうかな、清にぃちゃん?」

 「あ、ああ……いいんじゃないか? 似合ってるぞ」


 着慣れない和服姿ではにかむ幼馴染の姿にポカンと見とれていた俺は、慌てて肯定の返事を返す。


 「ホント!?」

 「うん、まぁ」


 途端にパッと花が綻ぶような笑顔になる幼馴染。


 「ありがとー♪」


 幼馴染の弟分・利明(としあき)が、小学校卒業を目前にしたある日、TS病を発病した。

 しかも、男から女になっただけでも大事件なのに、さらに犬耳っ子になるとは……。


 医者の話では、TS病患者には、こんな風に耳の形が変わったり、尻尾や翼がはえたりだとかの“異変”が極々稀に起こるらしい。


 (オーマイガッ! 神様、コレはケモミミスキーな俺に対する、生殺しという名の拷問ですか? それともご褒美?)


 ──だが、ヤツは(元)男だッ!


 たとえ、卒業式の振袖袴姿が可愛かろうと、中学の女子制服のセーラー姿に萌えようと、夏休みに妙に露出の多い格好でオレん家に遊びに来ようと……。

 明利(あかり)は、元男の子なんだ! 俺のことを兄貴分として慕っているだけなんだっ! (煩悩に)耐えろ俺! 弟分(いまは妹分だけど)の信頼を裏切る気か!?


 ……そういう風に思っていた時期が、俺にもありました。


 「きーよにぃ♪」

 「あ、こら、今日は勉強するんだろ?」

 「ぶぅ、清兄ってば冷たぁい。こ~んな可愛い彼女と部屋でふたりきりなのにィ」


 ──ええ、まぁ、コイツが高校入った頃に、我慢できずにキスしちゃいましたヨ。

 もっとも、向こうは随分前からアピールしていたつもりらしく、その場で互いに告白、即OKって流れになったんで、問題ないっちゃないんだけど。


 「それと、呼び方。また戻ってンぞ?」

 「あ! ゴメンゴメン──いやぁ、長年の習慣で」


 まぁ確かに、2年前相思相愛の恋人になってからも、俺のこと「清兄」って呼び続けてきたからな。


 それでも、先月、こいつの18歳の誕生日に恋人として最後の局面までたどり着いて以来、呼び方も変えようってことになったんだけど──やっぱ、なかなか慣れないみたいだ。


 「ほらほら、来年は俺と同じ大学入るんだろ。頑張れ、受験生」

 「はいはい、わかったわよ、き・よ・ひ・こ・さん♪」

 「……ッ!」

 「あはは、照れてる? ねぇ、照れてる? それとも“ダーリン”の方がいい?」

 「うるさい!」


 ふぅ、昔は俺の陰に隠れてもじもじしてた子が、いつの間にこんな小悪魔になったのやら。


 ふむ。思い返せば、中学2年になった頃からか? それくらいから女としての生活に慣れて、色々女友達ができたみたいだし、その影響かもな。

 まぁ、それでも顔がニヤケてしまうのは、やっぱ惚れた弱みかねぇ。


 * * *


 「お待たせ……って、ああっ! 何見てるのよォ!?」


 勉強がひと段落したところで、お茶を入れに行ったあかりが部屋に戻って来た時、俺はおもしろいものをあかりの机から見つけてペラペラとめくっていた。


 「や、スマン。そこの机の上にアルバムがあったんでな、つい」

 「もぅ、レディのプライバシーを覗くなんて、彼氏としてちょっとデリカシーに欠けるゾ?」

 「だから、ごめんって。ま、それはさておき、何だか懐かしい写真が満載だな」

 「あ、それだよね。うん、あたしも昨日押入れから見つけて、清彦さんに見せようと思って出しておいたんだ」


 ──「どうせ見せるつもりだったのに、なぜに怒られるんだ?」という疑問は、口にしないほうが賢明なのだろう。


 一つ年下の実妹と、妹分から昇格した彼女を持つ身として、俺も最近はその程度は学習したのだ。いわゆる“乙女の秘密”とかいうヤツらしい。


 「これは──小学校卒業の時だよな?」


 アルバムの中では、薄紅色の着物と紫紺色の袴を着た少女が、嬉しいような困ったような複雑な顔でこちらを見ている。


 「うん。そう言えば、この時初めて女の子の服着たんだよね」


 何か思い出したのか、クスクスとあかりが忍び笑いを漏らす。


 「どした?」

 「いやね、あの時の“ボク”ってば、人前で女の子の服着ることを嫌がってたんだよねー」

 「ああ、なるほど」


 確かに、小学生のころの明利──いや、利明は、元々線の細い女の子に間違われることもある可愛らしい男の子だった。だからこそ、「男女~」とか言ってからかわれることも多く、自分が男っぽくないのを気にしていたのだろう。

 それが、何の因果か100万人にひとりの奇病・TS病で本物の女の子になってしまうとは──運命とは、なかなか残酷なものだ。


 「退院したのって、確か卒業式の一週間ほど前だったっけ?」

 「うん、そうだったはず。だから、お母さん達も困ったみたい」


 今後女性として生きていくことになる利明が、小学校の卒業アルバムに男の子の格好で載るのは、あまり好ましくないと考えたのだろう。

 しかし、女児用スーツやワンピースの類いは、どうしても本人が着たがらなかった。

 そこで、苦肉の策として、和服、それも着物+袴という組み合わせを提案したらしい。


 「剣道とか弓道とかを引き合いに出して「こういう着物は、男女関係なく着るものよ」って説得されたんだよね」


 利明も渋々納得したものの、それでもヘンじゃないかと気にしてたらしい。


 「で、おそるおそる家から出たとき、清にぃちゃんに会ったんだ」

 「ああ、覚えてる」


 なにせ、見たことのないような可愛らしい娘が利明ン家から出て来たのと、その娘が実は弟分の利明だってことに気付いたのとで、二度びっくりしたからな。


 「あの時さ、清にぃちゃんが「似合ってる」って言ってくれたから、ボクは──あたしはそのまま卒業式に出るふんぎりがついたんだよ」


 そ、そーなのか。

 いや、あの時は俺もテンパってたから、何言ったかハッキリは覚えてないんだが、それでも弟分改め妹分の助けになれたのなら幸いだ。


 「で、こっちが中学に入った直後くらいだね」


 紺色のセーラー服に身を包み、両手を腰に当ててるあかりの姿は、その少し前のオドオドっぷりが嘘みたいに“元気な女の子”に見える。


 「そう言えば、中学に入った途端、お前、ずいぶんと雰囲気変わったよな」

 「うーーん、まぁね。実のところ、アレはある意味ワザとでもあったんだけどね」


 あかりいわく、中学進学を契機に女性になったのは、絶妙なタイミングだったらしい。


 もともと、あまり男の子のグループと積極的に交流しておらず、かといって女の子のコミュニティーにも当然入ってなかった“気弱な少年の利明”は、“女の子のあかり”となったとほぼ同時に新しい学校に進むことで、うまい具合に中学で形成される“女の子グループ”に混ざることができたのだそうな。


 「その意味では、ふたばちゃんには、ホントいくら感謝してもしきれないわ」


 なるほど。その過程で我が愚妹も多少は助けになってくれたらしい。まぁ、俺、利明、ふたばという幼馴染トリオの中では、ふたばは同い年ながら利明のことを弟的に見てたフシがあるからな。もともと世話焼きでもあるし。


 「そ・れ・に~、この中学の制服着たのを見て、初めて清兄、あたしのことを「かわいい」って誉めてくれたんだよ♪」

 「いいッ!? そ、そんなコト……」


 ──言ったな、そういえば。


 思えば、入学式が終わって体育館から出てきた新入生の群れの中から、こちらに手を振りながら駆け寄ってくる明利に桜の花びらが降りかかる様に見とれて、「ああ、コイツ、女になったんだな」と改めて実感したんだっけ。


 まぁ、その直後にベシャッとコケてベソかく様子を見て、「でも、変わったのは見かけだけか」と安心したような落胆したような複雑な感慨を抱いたんだけど。


 「──そういや、あの時って、「もう泣くなって。可愛い顔が台無しだぞ」とか言って助け起こしたんだよな。うわぁ、今にして思うとなんつー恥ずいコトを」

 「あはは。でも、それを聞いたボクは嬉しかったよ。大事な清兄が“女の子のボク”を認めてくれるってわかったからね。だから、「それじゃあ、女の子としてがんばってみよっかな」って気になったし」

 「もしかして、部活で弓道部を選んだのも、例の袴姿を俺が褒めたからか?」

 「うーん、それも理由のひとつかな。あと、弓道は、男女差のハンデがあまりないスポーツだからってのもあるけど」


 実際、中学高校と続けたあかりの弓道の腕前は、かなりのもので、中学では地区大会2位、高校でも2年の時にインターハイ出場を果たしているくらいだ。

 中学3年時には部長、高校2年でも副部長を務めているし、元々集中力のあるあかりと弓道との組み合わせはきわめて相性が良かったと言えるだろう。


 「あかりの弓道着姿もバッチリ決まってるんだよなぁ。地方新聞がインターハイ期待の星として取材に来たくらいだし」

 「いえいえ、ワタクシなんか、剣道で全国4位に入賞した清彦センセイには到底及びませんのコトよ」


 ヲイヲイ、からかうなよ。第一俺が入賞したのは団体戦だし、俺なんか個人戦ではインターハイに出てすらいないんだからな。


 「でも、そんなこんなで“ボク”から“あたし”へとどんどん意識改革していってるのに、この鈍感さんときたら、ぜんっぜん気づいてくれないんだもんねー」

 「いや、そんなコトはないぞ。えーと、ホレ、この写真の時とか、結構俺もいっぱいいっぱいだったし」


 プンプンと可愛く拗ねるあかりをなだめるべく、俺はアルバムを何枚かめくってお目当ての写真を見つけた。


 「え! ウソ!? コレって、確か中学2年の夏、だよね」

 「まぁ、写真の日付からしてもそうだろうな」

 「で、でもさ、この頃のあたしって──自分で言うのもナンだけど、お子様体型って言うか、まだ胸とかペッタンコだよ?」

 「まーな」


 自分から言ってて落ち込むあかりの頭をポンポンと撫でつつ、俺は、あかりがこの服装で俺の部屋に遊びに来た時のことを思い出していた。

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