【急】

<グラデュエーション -hikari->


 3月頭──春と言い切るにはまだ少し早いが、その気配は十分感じられるこの季節。

 体育館での式典のあと、教室での最後のLHRも終えた天迫星也は、久しぶりにこの生徒会室へと来ていた。


 本来なら、引退したとは言え元部長としてオーケストラ部の部室にでも顔を出すべきなのかもしれないが……。


 (ま、アッチは優秀でソツのない元副部長サンに任せりゃいいしな)


 想像の中で眉を逆立てて怒る腐れ縁の女生徒に謝りつつ、星也はボンヤリと部屋の中を見回していた。


 「半年ちょっとで、結構変わったモンだ」


 彼が、この部屋に足を踏み入れるようになったのは、昨年6月に監査委員に任命されてからだ。

 さらに、生徒会長の頼みで本格的に生徒会に肩入れするようになったのは7月半ばの話だから、長期休みの期間を除くと、ほとんど6ヵ月あるかないかだろう。


 無論、彼には監査委員としての仕事以外にも、オーケストラ部の3年生としての役目もあったから、役員達ほど頻繁にこの部屋に来ていたわけではないが、それでもこの半年間で様々な思い出ができた。

 当初は旧友への罪滅ぼしのつもりだったが、こうやって終わってみれば、この恒聖高校第47代生徒会に参加できて、本当に良かったと胸を張って言える。


 「あ、あれ? 先輩、どうしてこんなトコロに!?」


 ガラリとドアを開けて入って来たのは、現在のこの部屋の主ともいうべき少女──生徒会長の高嶋汐音だった。


 「ヲイヲイ、自分の“城”に対して「こんなトコロ」って言い草はないだろう?」


 汐音の、自分たちふたりの時特有の遠慮のない物言いに苦笑する星也。


 「うーーん、結局、“城”って言える程、完璧に掌握できたとは思えませんけどね」


 癖なのか右手の人差指を口元に当てて考え込みつつ、そんな返事を汐音は返す。


 彼女の言った通り、当初汐音が思い描いていたのと比べると、現在の生徒会は比較的リベラルで汐音の完全独裁とは言い難い傾向にある。


 最大の誤算は星也の存在、そして彼に“秘密”がバレたことだろうが、それ以外の要因もある。

 汐音のシンパ、手足として集められたはずの生徒会役員が、彼女の想像を超えて有能でアクティブだったコトだ。


 汐音としては自分が指示することをホイホイ実行してくれるだけのイエスマンで良いと考えていたのだが、「尊敬する会長ひとりに負担はかけたくない」と考えた彼・彼女らは張り切った。


 無論、失敗や軋轢が皆無だったわけではない。だが、互いに巧みにフォローすることで、そういった危機もうまく乗り越えることができた。


 汐音としても、100%自分の意に沿う結果が得られたわけではないが、元々生徒会長になったことの動機には「やる気のないこの学校の生徒会を変えたい」という純粋な願いがあったのだ。


 その意味では、むしろ本来の目指すところ──活気のある生徒会と、それに協力的な生徒たち──を実現できたと言ってよいだろう。


 「まぁ、終わり良ければ全て良し、とも言いますけどね」


 微妙に釈然としない表情で軽く首を捻っている汐音の頭を、微笑いながらポンポンと撫でる星也。


 「だから、いつも言ってるだろ、お前は難しく考え過ぎなんだって。それに、生徒会長の任期は5月半ばまでだろ。まだまだ終わりと言うには早いんじゃないか、光地?」

 「うーーん、そう言われても……」


 生返事を返してから、“彼女”はハッと息を飲み、彼の掌の下から身を翻して鋭く目を細めた。


 「──いつから、気がついていた?」

 「う~ん、確信したのは今だけど、年末くらいから何となくそうじゃないか、って漠然と予想はしてたかな」


 驚くべきことに、彼は目の前の少女の正体が旧友であることを3ヵ月近く前に既に感じ取っていたらしい。


 「具体的に何かお前さんがミスしたってワケじゃないんだけどな。ただ、「高嶋汐音」が「才原光地」の異母妹だとしても、やはりお前は知りすぎていたから、かねぇ」


 星也のほうは、先ほどまでと変わらない──むしろ優しい眼差しで、目の前の少女を見つめている。


 「やれやれ、他の人はもちろん、とくに天迫の前ではより一層“女の子らしい”言動を心がけていたってのに、無駄骨だったか……」


 警戒を緩めてガックリと肩を落とす、元・才原光地少女。


 「へぇ~、じゃあ、クリスマスに駅前のツリーの下で頬っぺにキスしてくれたのも、演技だったのか」

 「も……もちろんだとも。し、強いて言えば、あの時言った通り、感謝の気持ちだ!」


 少女は真っ赤になって否定する。


 「着物姿で初詣に誘ってくれたのも?」

 「あ、アレは別に天迫だけを誘ったワケじゃない! 他の役員だっていたし」


 しどろもどろに言い訳する。もっとも、確かに生徒会役員は勢揃いしていたものの、監査委員で声をかけられたのは彼ひとりだ。


 「2月のバレンタインは?」

 「あんなの義理です! 義理チョコくれた相手に幻想抱くと、社会に出てから痛い目見ますよ、先輩!」


 確かに箱の包装には「義理」と書かれた市販のシールが貼られていたものの、箱の中には、明らかに手作りとわかる直径20センチほどの大きさのチョコレートが入っていたのだが。


 「そうか、義理チョコなのか──残念だ。ホワイトデーのお返しには、全額俺のおごりでデートに行く予定してたんだが。あれが義理なら、適当なデパートでお返し用の菓子でも買うか」

 「そ、それは──いぢわる~」


 うぅッ……と涙目になっている汐音。

 いつも凛々しく優しい“生徒会長・高嶋汐音”しか知らない他の一般生徒が見れば、己の目を疑うだろう。


 一連の会話でおわかりであろうが、実はいつの間にか、このふたりはデキている。

 当初は、“(偽の)事情”を星也が暴いた後、よく一緒にいるようになったコトをカモフラージュするため、「ふたりは交際中」というコトにしておいたのだが、いつの間にやら演技が本気に──というヤツだ。


 まぁ、元々気が合う者同士ではあったし、それが若い男女であれば、“そういう関係”になるのも無理はないのかもしれない。

 むしろ、恋人おとこがデキたにも関わらず、ほとんど支持率が落ちなかった汐音の人気ぶりの方が特筆物だろう。

 もっとも、星也との(偽装も含めた)“おつきあい”の過程で、心まで女性化が進んだ汐音が、以前にもまして魅力的な笑顔を見せるようになったことも一因だろうが。


 「ハッハッハッ! すまん、いつも高嶋にはいぢられてるからな。たまには俺のほうからいぢめてみたくなった」


 笑いながら頭を下げる星也の様子に、拗ねていた汐音も、ようやく機嫌を直す。


 「もぅ、ちょっと自分の方が今は学年上だからって──でも、いいんですか?」

 「? 何が?」

 「いえ、私、先輩に、嘘ついてたんですよ?」


 自分が元・才原光地であったことを指しているらしい。


 「なんだ、そんなコトか。事情が事情だしな。無理ないと思うぜ」


 もっとも、どうしてそんなコトになったのかについては、出来れば教えて欲しいが……と続ける星也に、「ええ、必ず」と頷く汐音。


 「さて、喉の奥に魚の小骨の如くに刺さっていた僅かな疑問も、ようやく解消されたコトだし、俺の卒業祝いに、学校の外に何か美味いモンでも食いに行こうぜ!」


 そこには、いつもと変わらぬ暖かい笑顔があった。


 「──そうですね。ご相伴に預かります」


 ようやく汐音の顔にも笑顔が戻った。

 ふたりは、ごく自然に手をつなぎながら、生徒会室をあとにする。


 「ご相伴って……汐音、お前、奢られる気満々なのな」

 「あら、星也さんは、可愛い後輩の女の子に奢らせるんですか?」

 「割り勘って手もあるんだが」

 「甲斐性のない恋人を持つ女って、苦労するんですね」

 「ヲイヲイ──いいよ、そこまで言うなら、おごっちゃる」


 生徒会室を出た途端、互いの呼び方まで変わるふたり。

 コレは、「生徒会室にいる時は、あくまで会長と監査委員」というケジメを、汐音がこれまで徹底してきたからだ。星也も「真面目な汐音らしい」とソレを了解している。


 もっとも、役員や監査委員たちに言わせれば“丸わかり”だったらしいが。

 とくに、汐音に密かに気があった副会長などは一時涙目状態だったが、会計の少女が慰めたことによって、コチラも無事にカップルが成立してたりする。


 その後、様々な要因によって、47および48代目生徒会は、屈指の名生徒会として恒聖高校に名前を残すこととなる(汐音は会長を退いた後、48代には監査委員として参加した)。


 その中核的人物とも言える女生徒・高嶋汐音は、新聞部の取材に答えて、

 「支えてくれる人がいたからこそ、理想に固執し、ひとりで突っ張り続けた挙句、捻じ曲がるようなことにならずに済んだ」

 という趣旨の発言を行い、多くの人々に驚きと感心をもたらすこととなった。


 ──「クイーン・オブ・恒聖」とまで呼ばれた才女の発言の真意を知るのは、彼女自身と後の伴侶のみである。



-FIN-



<エピローグ>


 「でも……本音を言うと、星也さんが卒業すると寂しくなる、って気持ちは、やっぱりあるんですよ?」


 駅前の中華茶房・水魚亭で、今日のオススメ点心セットをパクつきながらも、汐音が本音を漏らす。

 気の合う友として、頼りになる先輩として、あるいは心の通う恋人として、そばにいて欲しい“理由”は多々あるし、それらを抜きにしても単に「共に在りたい」。

 もっとも、それが我儘であることも、彼女はよく心得ていたが。


 「ま、こればっかりはな。大学生の俺のほうが時間は融通できるだろうし、なるべくそちらの都合に合わせるから」


 とは言え、星也が通うのは普通の大学ではなく音大だし、汐音も生徒会長を辞する5月までは何かと忙しいだろう。


 「! そうだ。星也さんのお家って、確か駅から歩いて3分のところでしたよね」

 「ああ、よく知ってるな……って、そうか。“光地”の頃に来たんだっけ?」

 「うん。一度だけだけど、ね」


 その話題はそれっきりだったので、星也はそのまま忘れていたのだが……。


 翌週末、両親から「明日から家族が増えるから」と聞かされ、下宿人として汐音を紹介されてビビることになるのだった。


 「お前の人心掌握とそれに伴う誘導術はマジで凄いけど、こういう大事なコトは事前に相談しろよ!」

 「──迷惑、でしたか?」

 「(ぐわぁ、その目は反則。クソッ、知っててやってるとわかってるのに、罪悪感が……)いや、迷惑とか、嫌ってワケじゃないんだが、な?」


 もちろん、彼女の下宿はそのまま既定事項となり、その後天迫家に於いて汐音は事実上「星也の嫁さん(予定)」として扱われることになる。


 ──そして、数年後、汐音の大学卒業と同時に「事実上」という冠も取れることになるのだった。

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