【破】
<ターニングポイント1>
さて、ここにひとりの男子生徒がいる。
名前を天迫星也(あまさこ・せいや)。
かつて才原光地と同じクラスで机を並べており、現在は3-Bに在籍している、汐音にとってはひとつ上の学年の“先輩”だ。
光地がこの学校にいた頃の彼にとって、親友とまでは言えないものの十分に友人と言える程度の親交があった、数少ない人物である。
当時、歯を食いしばるようにして無理を重ねる光地に心配して、何度か助力の申し出や、忠告めいた言葉をかけてくれたのだが、すでに意固地になっていた光地が受け入れず、自然と疎遠になっていった。
さらに光地が入院し、やがて病院から休学届を出すに至って、ほぼ完全に関係は切れた(それでも1度病院名をつきとめて、手紙を出して来たことはあったが)。
(あの時の自分が、今の柔軟性・融通性の半分でも持ち合わせていたら、事態は大きく変わっていたのだろうか……)
黄昏れ時の生徒会室で会長席に座った汐音は、書類決裁の手を止めて夕焼けを眺めながらふとそんな感慨に捕らわれたりもする。
星也を副会長に据えれば、堅物一辺倒な自分と異なり、渉外関係を彼がうまく処理してくれた可能性は多分にある。
誠実で、そのくせ気さくな彼なら、自分が声を枯らして叫んでも届けられなかった“理想”を、あるいは皆の耳に届けることもできたのではないだろうか?
(──よそう。過ぎた話だ)
頭を振って、再び決裁に戻る汐音。
いくら悔やんでも、時計の針は巻き戻らない。
あれから半年あまりの時が流れ、今の自分はすでに“才原光地”ではなく“高嶋汐音”という女生徒なのだから。
だが、そんな風に彼女が過去を振り返るのをやめた瞬間、生徒会室のドアがノックされた。
「ハーイ、開いてますよ。どうぞ♪」
瞬時に、汐音は「優しく有能な生徒会長」の仮面をかぶって、返事をする。
だが、ドアを開けて入って来たのは……。
「──失礼するよ」
「! 天迫、先輩!?」
<アナザーサイト -seiya->
去年、俺にはひとりの友人がいた。
才原光地。同じクラスでたまたま席が隣りなったヤツと、俺は妙にウマがあったのだ。
光地は真面目なヤツで、そのクールな外見に似合わず、「この学園の生徒会を変える!」という熱い信念を持っていた。
確固たる目的意識を持ってるヤツは嫌いじゃない。俺もクラブの傍らできるだけヤツのことを応援し、相談に乗ったりしていたつもりだ。
いや、今思えば、あくまで“つもり”に過ぎなかったのだろう。
念願の生徒会長の座について以来、光地は徐々に消耗・憔悴し、口数が少なくなっていった。
俺もさすがに心配して、何度か協力しようとしたのだが、ヤツは頑なだった。
その時、ヤツのことを友達だと思うなら、「俺はまだまだ大丈夫だ」というヤツの言葉を鵜呑みにせず、問い詰め、ひっぱたいてでも事情を説明させるべきだったのだ。
──それを怠ったばかりに、結局俺はひとりの友を失い、深く悔やむことになる。
後日、事情を俺なりに調べてみたところ、どうやらヤツのやり方を気に食わない一部の生徒たちが、副会長ら他の生徒会役員と結託してサボタージュを行っていたらしい。
結局、光地が去ったのち、くりあがりで会長になったその副会長らで構成された生徒会は、例年通り「決められた最低限のこと」を無難にこなすだけで任期を終えていった。
そんな時だ。次の生徒会長になった高嶋汐音という少女から、俺が呼びだしを受けたのは。
「俺を監査委員に?」
「ええ、天迫先輩は、文化系クラブで最大派閥であるオーケストラ部の元部長さんでしょう? 他の文化部にも色々顔が広いと聞きましたので」
確かにそれは事実だった。
それにしても、この2年生、転校してきたばかりだ言うのに、エラく情報収集が早いな。
「俺が、情に流されたり、買収されたりするとは思わないのか?」
「──いいえ、貴方はそんなことはしませんよ。絶対にね」
そう言って笑う彼女の様子にどこか引っかかるものを感じたのだが、結局俺は監査委員の役目を引き受けた。
去年、光地の力になれなかった罪滅ぼしではないが、意欲的な生徒会活動を進めている後輩に協力してやるべきだと思ったからだ。
だが、俺も去年のままではない。できるだけ人目につかないように、現生徒会長・高嶋汐音の言動や活動方針についての情報を集め──そして愕然とした。
「こ、これは──光地がやろうとしていた改革そのものじゃないか!」
そう、巧妙にボカされ、いくらか手を加え、多少
最初は「まさか! 偶然だろう」と思った。光地の打ち出した方針自体は理に適ったものであり、「理に適っている」ということは誰か他の人間が思いついてもおかしくないということだ。
あるいは、汐音がどこかで光地と面識があるのでは、と言う考えも浮かんだ。
たとえばふたりが知り合いで、これから恒聖高校に転校する汐音に、光地が自分のできなかった改革を託した──と考えれば、一応筋は通る。
しかし──どこか違和感があるのだ。
合理的結論とは言え、まったくタイプの異なるふたりの人間の目指す活動目標が、偶然にせよ一致するなどと言うことがあるだろうか?
あるいは、あの頑固であきらめの悪い、ある意味意固地な光地が、自分のやり損ねたことの挽回を赤の他人に望むだろうか?
「! 待てよ……」
もし、ソレが“赤の他人”でも“まったくタイプの異なるふたりの人間”でもなかったとしたら?
「汐音が光地の血縁者、たとえば異母妹」であったりすれば、前述の違和感はかなり薄れる。
兄の出来なかったことを成し遂げようとする妹と、妹に理想を託す兄という構図は、お約束ではあるが現実味がないとは言えまい。「汐音が本当は光地と同様の性格で、兄を慕って」いたりすれば、より完璧だ。
自分を監査委員に選んだことも、光地から予め情報を得ていたと仮定すれば、頷ける──もっとも、それだけ自分を信頼してくれていた友のために何もできなかったという苦さは残るが。
俺は、「汐音は光地と何らかの繋がりがあり、彼の理想と無念を受け継いでいる」と仮定したうえで、もう一度、今期の生徒会の指針・施策等を洗い直してみた。
すると──巧みに隠されてはいるものの、そこに大きな陥穽が仕掛けられていることに俺は気づいてしまったのだ。
(このやり方を推し進めていけば、彼女は生徒間における独裁者にもなりうる!)
しかもタチが悪いことに、この学校の現状では、彼女が独裁政治を行っても、嬉々として受け入れかねない。それだけの実力と
俺は、彼女の真意を問い詰めるべく、覚悟を決め、彼女がひとりの時をみはからって、生徒会室を訪れた。
「──失礼するよ」
「! 天迫、先輩!? えっと、監査委員の報告は、確か来週だったと思うのですが……」
少し戸惑ったように俺を生徒会室に招き入れた高嶋は、それでもニコやかに微笑みながらコーヒーを入れてくれた。
「どうぞ。生憎とスーパーで買った1パック200円の安物の豆ですけど」
「ありがとう」
高嶋は謙遜するが、彼女が家から持ち込んだ私物のコーヒーメーカーで淹れたというコーヒーはそれでも十分美味かった。
そう言えば、就任した彼女が成したもっとも小さな改革は、初日の生徒会室の模様変えだったな──と、俺は思い出した。
副会長以下4人の役員と同じく4人の監査委員が揃った日、彼女は自らも含めた9人の手によって、それまでの無味乾燥な生徒会室の模様替えを(学校側の許可を得たうえで)実行したのだ。
高嶋いわく「生徒に開かれた親しみやすい部屋」をイメージしたとのこと。
と同時に、「わたしも含め役員や監査委員の皆さんが気分良く仕事できるに越したことはありませんから……」と、かわいらしくチロリと舌を出していたのが印象的だった。
あたかも法廷のごとくコの字型に置かれていた3つの長机のうち、ふたつを真ん中に寄せたうえで、テーブルクロスを掛けて柔らかい雰囲気へと変える。
また、机をくっつけた結果、役員が間近で顔を合わせつつ仕事をすることになり、互いの親近感を増すことにもひと役買っている。
ひとつ余った長机は普段は畳まれているが、俺達監査委員が全員集まる時だけ、取り出されることになっている──もっとも、監査委員は普段別々に活動してるので、4人揃って顔を合わせることは滅多にないが。
部屋の隅には古くなった教室机が設置され、そこに件のコーヒーメーカーやティーポット、急須といった、会長が家から持ってきた“私物”が置かれている。
生徒会活動時は、有志(大抵は書記の娘か、もしくは会長自身)がお茶を入れることになってるらしい。
また、歴代議事録などの書類が乱雑に詰め込まれていた資料棚からは、保存不要と判断された紙資料の大半が廃棄された。
と言っても、無造作に捨てたわけではない。高嶋はそれらの資料を生徒会室備品のPCにつないだスキャナー(これまた私物)によって読み込み、デジタル資料として残したのだ。
これにより、紙資料は直近の前年・前々年(および今年)分のみ残されることとなった。おかげで現在の資料棚は、会計や書記の尽力もあって非常に整理された見やすいものとなっている。
さらに、壁の片面をタペストリよろしく暗幕で覆い、新聞部が撮った昨年度の文化祭や体育祭、入学式・卒業式といった公式行事の写真が、引き延ばして貼られている。
その対面の壁には、今年の生徒会のスローガン「生徒のための生徒会は、生徒の協力によって生まれる」と言う言葉が、大きめの長半紙に見事な筆文字で書かれ、貼られている。
実はコレ、あのカルそうな副会長の手によるものらしい。人は見かけによらないものだ。
これらのイメージチェンジが功を奏したのか、生徒会室へは時折、トラブル解決願いや相談事を抱えた生徒が訪れるようになったそうだ。
一応、校舎各階の廊下に目安箱も設置してあるのだが、それでも高嶋は嫌な顔ひとつせず、それらの相談にのっているらしい。
これまでの言動を見る限りでは、理想的な生徒会長の鑑と言えるだろう。俺もソレは否定しない。
だが、前述のような理由で、俺は彼女がこの学校に対して何らか含みがあるのでは、と疑わざるを得なかったのだ。
証拠は──ない。これは、多分に俺の勘と、そして曖昧な推測混じりの推理によるものだから。
だから、俺としてはストライクゾーンど真ん中にありったけの力で直球を投げるしか手はなかった。
「高嶋、単刀直入に聞くが、才原光地という男を知っているか?」
ほんの一瞬だけ、高嶋の瞳に微かな翳りが揺れたように思ったが、確認する前にそれは消えてしまった。
「えぇっと、確か、昨年度の正規の生徒会長さん、でしたっけ? もっとも、体調を崩されて休学されたとかで、転校生の私は、その後を引き継いだ生徒会長代行さんしか知りませんけど」
汚れを知らぬ乙女のような(いや、「ような」ではなく本当にそうだという可能性もあるワケだが)無垢な瞳を、高嶋は俺に向けてきたが、むしろ俺は確信を得ていた。
彼女は、前副会長のことを、あくまで“生徒会長代行”と表現したからだ。
「前会長の才原光地と俺は友人でね。だからこそ聞きたいんだが──高嶋、お前、光地と何か関係があるんじゃないのか?」
「──どういう意味でしょう?」
「コレはあくまで俺の勝手な想像なんだがな。高嶋って、もしかしたらアイツの腹違いの妹とか、従妹とか、そういう近しい立場の人間なんじゃないか?」
「……どうして、そんなコトを?」
否定も肯定もせずに首を傾げてみせる彼女に、俺は苦笑しつつ、その結論に至った推理(妄想?)を披露した。
「…………」
「…………」
半ばまで空になったコーヒーカップを前に、俺達ふたりの呼吸音だけが部屋にこだまする。
「──驚きました。たったソレだけの手掛かりで、ソコまで辿りつくなんて」
しばしの沈黙の後に、彼女の口から漏れたのは、俺の推理を肯定する言葉だった。
「それじゃあ!?」
「ええ、確かに私は、才原光地と血縁関係にあたる妹のような者です。天迫先輩、貴方のことも、以前から知っていました」
やはり、そういうコトだったらしい。
「光地は、その後どうしてるんだ?」
「すみません、いまだ、家族以外とは面会謝絶状態にあると思ってください」
残念ながら、いまだ回復には程遠いようだ。
しかし、それでも、消息の途切れた友に繋がる糸を見いだせただけでも、俺は満足だった。安堵から緩みそうになる気持ちを、慌てて引き締める。
その上で、これだけは確かめておかねばならないだろう。
「お前の目的は──復讐、なのか?」
意図的に低く押し殺した声で、目の前の友の血縁者らしい少女に問う。
だが、その問いを投げかけられた少女は、キョトンとした顔で、俺を見返している。
「復讐? どうして私が復讐なんてしないといけないんですか?」
……ありゃ?
<ターニングポイント2>
「高嶋、単刀直入に聞くが、才原光地という男を知っているか?」
その言葉を聞いた時、動揺しなかったと言えば、嘘になるだろう。
この学校で、唯一“光地”であった俺のことを知って欲しい──と同時に、決して今の“汐音”である私の正体に気づいて欲しくないという、矛盾した想いを抱く相手から、よりによってその名前が出たのだから。
「えぇっと、確か、昨年度の正規の生徒会長さん、でしたっけ? もっとも、体調を崩されて休学されたとかで、転校生の私は、その後を引き継いだ生徒会長代行さんしか知りませんけど」
それでも、その直後に素知らぬ顔をして話す私は、「優しく聡明な生徒会長」の仮面を、ちゃんとかぶっていられたと思う。
「前会長の才原光地と俺は友人でね」
“友人”──ああ、星也、お前は気づいていないだろう。
未だそう言って貰えてどれだけ俺が嬉しいか──そして、かつてお前という友の存在にどれだけ精神的に支えられていたかを。
溢れそうになる感慨を必死で堪え、平静を装う。
「だからこそ聞きたいんだが──高嶋、お前、光地と何か関係があるんじゃないのか?」
「──どういう意味でしょう?」
星也の意図がつかめないため、慎重に出方をうかがう。
「コレは俺の勝手な想像なんだがな。高嶋って、もしかしたらアイツの腹違いの妹とか、従妹とか、そういう近しい立場の人間なんじゃないか?」
「……どうして、そんなコトを?」
どうやら私がその光地本人だとは気付いてないようだ。ひと安心ではあるが、その考えに至った思考には興味があった。
「実は……」
正解でこそなかったが、星也の洞察・推理自体は、相応に筋道だった合理的なものであり、むしろ自分が当事者でなければ、「確かに」と頷かされるものだった。
そして、それ以上に嬉しかったのが、彼が「才原光地という男が抱いていた理想と理念、およびその性格」を、ほぼ正しく把握していてくれたことだ。
思わず自分の正体を吐露しそうになったが、ギリギリでそれを抑制した。
「──驚きました。たったソレだけの手掛かりで、ソコまで辿りつくなんて」
代わりに、彼の推理を肯定する言葉を漏らす。
「それじゃあ!?」
「ええ、確かに私は、才原光地と血縁関係にあたる妹のような者です。天迫先輩、貴方のことも、以前から知っていました」
極力嘘はつかずに、彼の推理を補強するような答えを返す。
実際、今の私は、元の才原光地から見れば遺伝子を同じくする“双子の妹”みたいなものだし、無論、星也のことはよく知ってる。
「光地は、その後どうしてるんだ?」
「すみません、いまだ、家族以外とは面会謝絶状態にあると思ってください」
そう、“才原光地”に会うことはできない──家族を含めて誰も。ただ、家族は、私・高嶋汐音が、元・才原光地だと知っているワケだが。
それでも、多少なりとも友人の消息を得られて安心したのか、星也は目に見えて安心していた。私としても、言葉の詐術で騙しているとは言え、彼には無用の悩みや不安は抱いてほしくない。
が、その時、突然、星也の顔つきが厳しくなった。
「──お前の目的は……復讐、なのか?」
え?
彼の口から洩れた“復讐”などという穏やかならざる響きを持つ言葉に、首を傾げてしまう。
「復讐? どうして私が復讐なんてしないといけないんですか?」
気がつけば、珍しく素の感情が口からこぼれていた。
「え!? えーと、いや、その、ホラ、兄が倒れる原因になった連中を恨んで、とか」
「いえ、確かに過労によって倒れたのは事実ですが、逆にそうやって病院に運び込まれなければ、より深刻な病気であることも早期に判明しなかったワケですし」
第一、過労状態に陥ったのは、今にして思えば、ある意味意地を張った結果の自業自得に他ならない。
さらに言うなら、そもそも生徒会役員の選出にも、“光地”は失敗していたのだ。
内申書目当てのやる気のないメンツを集めたってタカが知れている。少なくとも今の生徒会メンバーの仕事ぶりを見ていれば、それは十二分に理解できたし、それが認められる程度には、私も精神的に成長していた。
むろん、「意図的にサボタージュした」前役員達に対しては良い感情は持てない。
しかし、彼らはすでに引退しているし、私が情報を集めた範囲では、期待していた内申書も、才原光地の休学に関与したことで、大した点数にはならなかったらしい。
今なら影から手を回すこともできないではないが、所詮は囀ることしかできない燕雀だ。あんな小物共に、今さら私自身が手を下すのも馬鹿らしい。
「それじゃあ、高嶋は、「この学校を支配してやりたい放題」とかいう物騒な目論見はないんだな?」
ホッとしたらしい星也──天迫先輩だが、私は「うーーん……」と右手の人差指を口元に当てながら、視線を斜め上に向ける。
「“支配”と言ってしまうと語弊がありますけど──中央集権的な強い力で統制し、よりよい方向を目指したい、という目標はありますよ?」
「? どういうコトだ?」
「つまりですね……」
君主政治と独裁政治、民主政治と衆愚政治は、いずれも紙一重だということだ。
独裁政治の多くが悲劇をもたらすが、だからと言って君主制の全てが否定されるべきでもない。衆愚政治に堕す可能性のある民主政治も、また同じこと。
「あえて言えば、私が目指す生徒会長および生徒会は“立憲君主制”ですかね」
議論や意見修正、承認の場を設けつつ、施策自体は強力な指導力を持つ人間が中心となって引っ張り、実行にうつす。
100%民主的とは言えないかもしれないが、別段、民主制が完全無欠というワケじゃあるまいし。また、“学校”という特異な環境にあっては、こういう特例的な制度も認められて然るべきだろう。
「目指すはナポレオン、ただし皇帝の位に就く前の──といったところかな?」
「そう思っていただければ、大体正解です」
私は天迫先輩と顔を見合わせて笑った。
──ああ、この感じだ。かつて、同じクラスに在籍していて、放課後のひと時、雑談しながら笑い合っていたこの感覚が、“俺”はとても好きだったのだ。
「それでですね。私の目指すところを知っていただいた天迫先輩には、できれば、ルイ・ニコラ・ダヴーになっていただければと思うのですが」
だからだろうか。気がつけば、私はナポレオンの腹心の名前を引き合いに、そんなことを言ってしまっていた。
「ヲイヲイ、俺はそこまで優秀な人間じゃないぞ?」
と、彼は笑うが、ナポレオンはともかく、その部下の名前と概要まで知ってる時点で十分博識だと思う。
「いえ、さすがに先輩に、管理能力まで要求しませんから」
彼に望むのは、あくまで筋を通し、必要とあらばその主すらも決然と正す、公平性と硬骨性だ。
「なんか、期待されてるのかされてないのか微妙だけど……」
複雑な表情をしつつ、星也──天迫先輩は、今後生徒会の活動、そして私の作業に関して、より近くで助けることを約束してくれた。
あとにして思えば、この放課後のひと時こそが、私と彼の──そして全ての流れが変わる分岐点となったのだ。
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