3 知らされる悲劇
次の日の朝、一つの新聞がレイナの家に届けられた。
珍しく新聞が届き、中身を確認するレイナは目を見開いた。
その新聞の見出しには『ワーラット、魔族軍襲撃により死者多数』と書かれていた。
ワーラット、ここから一番近い街の名前だ。
近いと言っても馬車で丸一日かかるほどの距離だ。
まさかマレがそこから来れるはずがない。
レイナはすぐさまマレの部屋へと向かった。
「マレ、起きているか?」
ドアを開けるとマレは窓の外を眺めていた。
「はい、おはようございます」
「マレ、これを見てくれ。この写真に見覚えはないか?」
その写真にはマレが住んでいた町が映っていた。
「これは僕の町です…」
「本当に君の故郷なのか?」
「はい…」
「そうか…マレ、落ち着いて聞いて。あなたの町はもう無いの。そして恐らく貴方のお母さんやお父さんも…」
マレは俯き強く歯を食いしばる。
「そうなんですか…。何で僕のお父さんとお母さんは死んだのですか…?」
「…魔族の襲撃を受けたのよ」
「魔族?というものがあまり分からないですが僕はどうしたらよかったのでしょうか…」
「まだ君は幼い、貴方が責任を感じる必要はない。魔族の襲撃は誰のせいでもないのだから」
「お母さんやお父さんはその魔族に殺されたのですか?」
「恐らく…」
「レイナさん、僕は強くなりたいです。僕はもう誰も失いたくないです。そして、魔族を許さない、絶対に復讐をしてやりたい。レイナさん、僕はどうしたら強くなれますか?」
歯を食いしばり、涙を堪えていたマレだったがそれは幼いマレにとっては困難なことだった。
涙を流しながらレイナの目を見る。
「私が貴方を強くしてあげる。誰にも負けることのないように。こう見えて私結構強いのよ!」
レイナは明るくそう答え、マレを抱きしめた。
レイナはこの時初めて母親の気持ちが分かった気がした。
そして誓った。
この子を絶対に成長させると。
――
この世界には幾つもの流派が存在する。
レイナが有するミレボ流もその流派の一つだ。
ミレボ流の特徴は女の騎士でも扱える剣技はないかと作られた流派である。
その特徴は素早い動きと手数の多さで圧倒するというものだった。
「マレ、その木刀を構えて」
「こ、こうですか?」
レイナは両手で構えるがマレには腕が片方しかないので不恰好ではあるが様になっていた。
「そう。そのまま剣を振ってみて」
マレは剣を振り下ろすと握る力が弱いのと片腕なのが原因でそのまま木刀を落としてしまった。
「すみません…」
「最初は皆んなこんなものよ。大丈夫、焦らなくていいのよ」
「はい…」
レイナの稽古は厳しいものだった。
朝は早く起き、体力をつけるため走りこみ、素振りを昼まで続け、レイナとの一対一の稽古を日が沈むまで続けた。
レイナも腕が一本少年に剣を教えるのは初めてだったが決して甘やかさず、厳しく稽古にあたった。
マレも決してめげることなく、真剣に稽古にあたった。
そしてレイナの元で修行を始めて十年が経った。
幼い頃に比べ背は高くなり、男らしい体格になった。
「マレ、今日が最後の稽古よ」
「レイナ先生、どういうことですか?」
「私から貴方に教えられることはもうないわ」
「待ってください先生!僕はまだ先生に一回も剣を当てたことがないんですよ?なのに教えられる事がないって…どういうことですか?」
「マレ、貴方は強いわ。貴方は私の弟子として毎日しっかりノルマをこなしたわ。だから自分の力に自信を持ちなさい」
「そんなこと言われても…」
「クォーツ学園って聞いた事あるでしょ?」
「…はい」
「クォーツ学園には世界中から名高い剣士が集まる学園なの。だからそこに行けば更に剣技を磨けるわ」
「レイナ先生に教えてもらった方が強くなれます…」
「貴方はまだ世界を知らない。この世界にはありとあらゆる剣技を有する剣士がいるの。だから貴方にとってとても充実した場所だと思うの」
「分かりました…」
「そんな悲しそうな顔しないで。これでもう会えなくなる訳じゃないでしょ?」
「そうですね…」
十年間一つ屋根の下で生活をしてきたのだ。
急な別れは少なからず寂しいものがある。
「マレ、剣を構えなさい」
「分かりました」
マレは剣を鞘から抜き構える。
「これが最後の稽古よ。遠慮はいらないわ。死ぬ気でかかってきなさい」
「はいっ!」
マレは息を小さく吐き、息を整える。
そして大きく息を吸い地面を蹴りレイナ目掛けて走る。
鋭く、速い斬撃がレイナを襲うがレイナはそれを全て受け流すか弾く。
「くっ…!」
レイナはマレを突き飛ばし二人の間に距離ができる。
「マレ、貴方の力はその程度ですか?」
「まだこれからですよ!」
マレは体勢を低くし剣を構える位置を変える。
先程の攻め方とは違い一歩一歩ゆっくりとレイナへと歩み寄る。
ジリジリとレイナに近づくマレ。
「貴方の実力を魅せてみなさい」
「分かりました、ではこれはどうですか――?」
睨み合っていた二人だったが突如レイナの目の前からマレが消えた。
レイナは辺りを見渡すがマレの姿はない。
ドン。トタ。
辺りから足音が鳴るが未だに位置が把握出来なかった。
この十年間、稽古で一切の隙がなかった。
隙をついたと思ってもいつも楽しそうな笑みを浮かべながら平然と受け止めるレイナ。
だがこの時初めて焦った表情を浮かべた。
「はっ――」
レイナが振り返った時にはもう既に目の前に剣を振り下ろすマレがいた。
どう足掻いてもこの攻撃は避けられない。
初めての勝ちを確信し笑みを浮かべるマレ。
完全に死角をついたと思われたその攻撃はレイナには届かなかった。
レイナは一瞬にしてマレの剣を弾いた。
マレには何が起きたか理解する事が出来なかった。
「え…?」
「私の勝ちね」
「参りました…」
あの攻撃で勝てなければもうマレに勝ち筋はなかった。
「危ないところだったわ。マレ、貴方本当に強くなったわね。貴方なら剣の頂点を目指せるはず。諦めず頑張りなさい」
「はい」
マレは深く頭を下げ最後の稽古を終えた。
レイナの服に一つの切り傷があるとも知らずに…。
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