哀れな誘拐犯

第47話

 5泊のところを2泊にして恵は別荘から瑛斗とともに帰宅する。

 理由は動物園のパンダ並みに視線が集まったことで恵がそのストレスで不眠症の上に部屋から出られなくなったからだ。

 瑛斗、奏、恭弥、美弥が訪ねてきた日、なぜか気安く接するようになった瑛斗以外の3人に流されるようにして夕食は宴会場で食べることになる。そして、そこでは一門の紹介から始まり色んな人が楽しませようと異能を見せてくれたのだが、その間もずっと恵の一挙手一投足を見逃すまいとする強い視線があり、そちらの方が気になって気が気ではなく、結局耐えられず早くに退散した。その席もなぜか末席ではなく当主である敏明の隣であり、彼女は呆然とする。上座のほぼ中心に座るものだから左右からの視線が集中するのは当然だろう。

 そして、そんな状況に慣れていない恵は30分が限度でちゃっちゃと自分の分を食すとすぐに部屋を出ていき、ふて寝した。しかし、あの時の視線が忘れられず眠れなくなってしまい、部屋から出るのさえ怖くてできず、瑛斗に言ってそのまま帰宅。


 これが帰宅までの大まかな流れだ。

 瑛斗は残っても良かったのだが、彼自身が帰ると判断したため恵と一緒に帰ってきた。帰り際に新塚にきちんとお礼を言えたし、ジャージと一張羅の服は返してもらえたので恵としては満足だ。


 十分、非日常を味わえたし。これ以上はお腹を壊す。

 別にそんなものを望んでいないんだけど。


 恵は家、自分の部屋で当たり前の天井が恋しく感じていて、それを見てホッと一息つけたのは、当たり前がうれしかったからだろう。恵はそのまま誘われるようにして眠りにつく。眠れなかった昨夜が嘘のように彼女は眠れた。


 それからは特に問題なく恵は夏休みを満喫し、ほとんど家で過ごしていたし購入された服はクローゼットにしまわれたまま出てこなくても瑛斗は何も言わないので、部屋でゴロゴロと過ごせた。時々、家に訪問客がいるぐらいで、対応するのは瑛斗なので恵は知らず存ぜぬを通して部屋にいれば問題なく、いつもの休みだ。


 やっと、休みが明けてまだ暑さは残っているがそれでも家から学校まで歩いても汗が額に玉のように浮かぶことはない。


「恵さんは種目は何に出るのですか?」


 始業式後のホームルームで早速休み前に鳴海教師が告知していたように体育祭の種目決めが行われる。課題集めはそれぞれの教科の授業の時に実施されるので、こういう時に集めることはしないようだ。ただ、作文だけは集める。

 そんな時に隣の瑛斗が話しかけてくる。


「全員でなければならない100メートル走のみです。」

「そうなんですね。では、私もそうします。」

「いや、桜井さんは無理だと思いますけど。」

「なぜですか?」


 学生時代を長く過ごしているだろうこの見た目詐欺師である男は察しが悪いと恵は初めて気づく。呆れてはいるが彼女は決して彼に対して何かを言わない。


「まあ、見ていればわかります。」


 恵はあとはクラスに丸投げし、瑛斗は残念そうに黒板のほうを見る。


 1年が参加をするように言われている種目が並んでいる列。そこに、100メートル走だけが境界線を引かれているのは全員必須種目だからだ。

 そのほかに、騎馬戦、綱引き、玉入れ、障害物競争、学年別対抗リレー、代表リレーの6種目だ。それらはすべて人数が決められ体育の授業で行う体育測定の上位者を選抜する。体育測定は入学してすぐに実施されるので途中転校をした瑛斗とレイドリックには結果がない。しかし、彼らの運動神経が優れていることは授業での様子をみるだけで明らかだろう。


 予想は簡単にあたり、檀上に立つ委員長の男子は当然のごとく言い放つ。


「では、まず、代表リレーと学年別対抗リレーは桜井さんに出てもらうとして・・・。」

「ちょっと待ってください。」


 それに間髪入れずに反応したのは言わずもがな瑛斗だ。


「そんなに勝手に決定されては困ります。」

「え・・・しかし、一番走るのが速い人が種目に出るようにと3年から言われていて。」

「走るのが速いだけなら私でなくてもいいでしょう。」


 反論されてたじろいでいる委員長に対して瑛斗は言い放ったうえで視線を横にずらして1人の人物を見る。


「レイドリック・オールウィンも同じぐらいだったはずです。。」


 やけに最後を強調する彼に隣で聞いてる恵は苦笑いをする。

 レイドリックはとぼけた顔でその嫌味に答えるようだ。


「え?僕ですか?まだ転校したての僕が出るには荷が重いですけど。それに、彼と同じぐらいだけどこの体育祭には燃えないからな。優勝したら何かもらえるの?」


 レイドリックもまた同じ言葉を強調する。

 つまり、記録は同じぐらいでも実際には自分の方が速いと言いたいのだろう。

 似たもの同士だ。


 そのバチバチとした表面上は静かなやり取りが繰り広げられ、そのピリピリとした空気を感じ取ったクラスの生徒および鳴海教師は空気と化している。それほどに彼らは息をひそめて彼ら2人が落ち着くのを待っているのだ。

 それはレイドリックの疑問を振られた委員長を贄にしての平穏だ。

 彼は真っ青で声が震えているが、この状況で解答できるのは責任感が強いからだろう。


「はひ、優勝はその色所属のクラス全員を焼肉に招待するそうです。教師たちの自腹で。」


 そんな景品がついているなんて恵は初めて知り内心驚きつつ横目で瑛斗の顔を盗み見る。


 普通の男子生徒なら喜ぶだろうが彼らにとってそんな食事程度は対象にならないのだろう。


 恵は彼の変わらない表情で察する。


「焼肉ね。僕は心惹かれないからパス。桜井さんが出ればいいんじゃないかな。」

「私もそうですね。」

「あと、高校で一番美人でモデルでもある三ヶ島美鈴みかじまみれいさんと後夜祭でファーストダンスを踊れます!」


 微妙な反応の2人を何とかやる気にさせたい委員長は勇気を振り絞り叫ぶがそれも空振りに終わる。

 三ヶ島美鈴とは高校生モデルとして活躍していてモデル雑誌の表紙になるほどに人気があり、彼女に告白する男子が後を絶たない、らしい。

 恵が特定の誰かについてこんなに詳しいのは彼女のことを話すクラスの生徒が多いからだ。

『〇〇に告白されていた。』

『テレビに出ていた。超かわいい。』

『〇〇と付き合っているんだって。』

 などなど、聞いた噂は数知れず、だが、恵はまだ一度も彼女を見たことがない。

 3年と1年、接点などないに等しいので仕方がないだろう。それより、そんな状況なのに、それほどに知っている彼らのほうがおかしいのだ。


「三ヶ島美鈴って誰?」

「誰ですか?」


 そして、ここには恵以上に情報に乏しい人がいる。

 その言葉にクラスは呆然としており、恵さえも驚愕でポカンと固まる。

 瑛斗は恵の表情を見て、え?ていう顔をする。


「その人は有名な人なんですか?恵さんがご存じなら相当な有名人ですよね?」


 ちょっと待って。

 なんで、そこで私基準なの?

 そして、そんなに情報乏しいって思われちゃっているの?

 いや、言い訳はできないけど、普通だよ?


 恵は不遜な彼の言い分に対して異議申し立てを心の中で行っており、それは相手に伝わるはずもない。そして、もっと解せないのは彼の言葉に委員長と他のクラスの生徒たちまで同調していることだ。

 

 なんていう人たちだ!

 私ってそんな風に思われているの??

 まあ、確かに、私は陰キャの部類だからそう思われても仕方ないし、情報があまりないことも少しは当てはまっている・・・・いるけども。


 グッと悔しさを手を握ることで何とか彼女は堪える。


 その間も話は進み、三ヶ島美鈴の説明を聞いた瑛斗とレイドリックの反応は無反応だ。特に気にするような人物ではないのだろう。「ふうん。」「へえ。」とか相槌と変わらない。せっかく委員長が彼女のことを力説しているのに、彼のほうがみじめになってどんどん顔色が興奮の赤から羞恥の真っ白に変わっていく。


 かわいそう。


 恵だけではなく当事者以外の全員の心は一致していただろう。


 結局、2人を釣ることは委員長には荷が重すぎたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る