第45話

~娯楽室~

 恵がいなくなったところは娯楽室にいた人全員が確認している。

 それは当然のことだ。彼らは顔を見ることすらかなわないと思っていた本家の姫を見られるのだから、よそ見をしているふりをして視界の端には必ず彼女を捉えている。いや、視界に収める必要さえない。それは訓練をしていない恵だからなのだが、彼女は常時異能によるオーラを纏っているのだ。そのオーラは微々たるものだが、彼女が今まで目の変化があった幼いころから無事だったのは、彼女の周囲にはそれによって惹かれながらも触ったら焼かれる太陽のごとく逃げてしまう小物の人ならざるものばかりだったからだ。

 そのおかげで彼女は無事だったのだが、佐久良家にとっては発見が遅くなり良かったとは言えず複雑な心境だろう。

 そして、恵はこの奥多摩にある別荘でわずか2日で彼女自身の人を超えた力を見せる。その目をつぶりたくなるほどの眩しさに誰が手を伸ばさないでいられようか。あの光景と伝わって来る彼女の異能の波動に別荘にいたもののみならず、おそらく異能を持つ者すべてが感じたはずだ。

 以前、瑛斗が彼女の異能発現の場に居合わせた間も、彼女からの異能による波動は全国に散らばる佐久良家一門の身を震わせた、という。

 そんなこの別荘で一度も姿を見せなかった恵が突然娯楽室に現れたのだ。しかも、露出の多い姿で、整った容姿をしてスタイルの良い恵に異能を持たない者でも振り向くなというのは無理だろう。誰も彼もが彼女に注目するのは当然のことだろう。


「瑛斗さん、姉さんを怖がらせてしまったかな。」


 瑛斗の近くに来た奏が不安げに言う。彼らの言葉には耳を傾けるものばかりだ。


「いいえ、恐怖ではなく面倒を避けたかっただけでしょう。あの方は注目されることが苦手で学校でも顔を見られないように俯いて生活していますから。慣れれば少しずつ会話をしてくださいますし、根は優しい方ですしね。」

「そうなんだ。早く少しでも仲良くなれればいいんだけど。」


 父親が次の当主に決まっているとはいえ、将来的に当主になることが決定している奏には祖父母や両親から厳しくも温かく当主になるための教育がされている。彼は自分の気持ちを律することを知っており、いつも穏やかながらも冷静に判断できるので年齢よりも大人に見える。

 そんな彼がこんなにも年相応の顔をするのを瑛斗は初めて見るので苦笑が出てしまう。


「それはあなた様次第かと。まあ、部屋を訪ねてもいいと私は思いますけど。」

「え?そんなことをしたらますます嫌われるんじゃないか?」

「入ってしまえばこっちのものです。あとは、何とか駄々をこねて向こうが折れるのを待てばいいんです。私なんて最初『帰れ!』でしたからね。契約書を作ってもらって雇用関係で最初は数日だったのですが、横にいるのが自然だと思わせて彼女の傍にいられる権利をいただきました。奏様は年齢も近いですし、腹違いとはいえ、弟になるのですから、そこを利用して傍にいて良いと彼女に思わせるようにしてはいかがですか?」

「・・・・・。」


 瑛斗から聞かされる話はまるで詐欺の談義を聞かされた気持ちになった奏は黙ってしまう。それを聞いた周囲も一瞬音を無くしたようにシンと静かになる。


「うん、考えてみるよ。」

「そうですか。」


 考えあぐねたすえに奏はそんな結論に至る。


「瑛斗、今度あの方の部屋に尋ねる際は俺もついて行ってもいいか?」


 瑛斗の肩に手を置いて提案するのは恵が言伝を頼んだ相手でもある春日野恭弥かすがのきょうやだ。

 静岡に居を構える春日野家の嫡男ではあるが、彼は異能を持たずに生まれた。

 他一門では異能を持たないことは居ないものとして扱われることが多いが、表向き大企業の創始者の顔を持っているため、そんな彼らは佐久良家一門では異能の世界を知りつつも他の才能を開花させて貢献する存在になる。

 恭弥は18歳でアメリカ留学を果たし経済を学んだすえに、帰国後は佐久良家一門が持っている会社の1つに配属されてわずか2年で売り上げを伸ばした経歴を持つ。

 瑛斗はそれほど関わりがないのだが、恭弥は話がうまく瑛斗が付き合いやすい人種であるため、仕事上の関わりがなくてもこういった場所ではよく話す。


「いいですよ。あの方に服を買ってもっていかないといけませんし。」

「は?なんで?」


 瑛斗の話題に恭弥は食いつく。彼だけではなく誰も彼もが驚いた様子を見せる。


「あの方、ここに5泊するのになぜか2着と先ほどの部屋着しか持ってこなかったんですよ。その2着も手元になくて部屋着で過ごしています。」

「そうか。まあ、汚れるなんて思わないよな。こんな2日で。」

「まあ、服にもっと拘ってほしいという思いからでもありますが。」

「どういうこと?」


 ますます興味をひかれたのか奏が話に入って来る。


「あの方はとにかく面倒を嫌います。彼女が持っている服なんてジャージと部屋着と制服と出かける用の上下が2着分のみです。つまり、出かけるといっても買い物のみなので、家ではジャージで過ごしているんですよ。『もう少し服に興味を持たれた方が』とやんわりと言ったときなんて眉間にしわを寄せて『嫌ですよ。浪費なので。』なんて言うんです。」

「・・・・・・。」


 瑛斗から聞いた年頃の娘とは思えない発言と行動に誰もが黙る。

 恭弥は励ますようにポンと悔しそうに手を握る瑛斗の肩を叩く。


「分かった。俺も手伝おう。そんな顔をするなよ。だが、女性の服を男の俺たちが見に行ったら変じゃないか?」

「そうなんですか?」

「女性たちがいる場所に男性2人で入ったら変態だと思われて通報されかねないな。普通は。」

「はあ。」


 恭弥の忠告にいまいちピンと来ていない瑛斗は生返事をする。


「よし、ここは美弥みやに頼むか。あいつと一緒なら洋服を見に来たんだって思ってもらえるだろう。」


 美弥は恭弥の双子の妹だ。

 恭弥は異能を持っていなかったが春日野の異能はすべて美弥が受け継いだ。彼女が春日野を継ぐことはすでに決定している。

 行動の早い瑛斗と恭弥はすぐに娯楽室を出る。それに便乗するように奏も手を上げたために彼ら3人は姿を消す。

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