第7話

 ゴールデンウイーク


 それは学生にとっては1つのバカンスだ。

 慣れない学生生活を1か月だけした後に少し体を休められる憩いの1週間ほどのお休みである。

 通常、家族と旅行したり友達とプールに行ったりショッピングしたりするし、カラオケなどの娯楽に使ったりする。恵が住んでいる場所にはそういう場所が多くあるから天国だろう。

 ただ、彼女にとっては違う。

 恵はいつも家で過ごすことにしている。なぜなら、この時期に人の出が多くなり、人混みをあまり好まない彼女にとっては最悪な期間だからだ。ちなみに、洋服など小学校から身長が変わらないので着ているものを買ったことがないし、平日は制服、休日はジャージ(小学校の時の体操服)なので必要性も感じない。

 駅ビルに用事がある際に着る服は一着だけワンピースを持っているのでオールシーズンそれで通している。長袖のワンピースで生地はそんなに厚くないが、冬は下にタイツ、上に冬用のジャンパーで問題なく、夏はそもそも出かけないので着る必要がない。

 そんなことで、例年より暑い29度ある外に行くこともなく、冷房のついた家の中で彼女はパソコンをしながらダラダラと過ごしている。

 快適な空間を満喫していたのに、そんな中に響く不快な音。


 ピンポーン


 来訪を知らせる呼び鈴に恵はため息を吐く。


「最後通告みたいなのはもういいんだけど、この1か月ぐらいで一体どんな恨まれることをしたんだ、私は。」


 もはや、誰かの恨みを買っているとしか思えないほどに非日常出来事が続くので、涼しい日があれば本格的にお寺にでも行こうかと考えながら、恵はドアの覗き穴から覗くと、そこにはおばさんという年齢だが、色白でひな人形のような女性が立っている。十人中八人は美人と評して振り向くほどにきれいだろう。

 しかし、彼女から発せられるなんとも言い難い、そう、たとえるなら小説で言うところの悪女に見えるのだ。一度開けたら雪崩のように家の中にあがりこみ、そのままここに住み着いてこき使われそうな未来が恵には想像できてしまう。


「うん、見なかったことにしよう。」


 恵は知らないふりを決め込んで以前のアフタヌーンティーのあまりで作ったクッキーをほおばりならが、パソコン画面に向き直る。

 リビングのドアは防音だが玄関のインターホンの音が直接届くようになっているため、連打されて騒音被害に遭うことは必至であったので、恵はすぐさま必要なものを持って2階にある自分の部屋に避難していたので夕飯の時間になるまで本当に放置していた。


 太陽が沈みかけている時になり、インターホンも聞こえなくなったのだが、玄関の前を通った際に玄関のドアの方から言い争う声が聞こえる。


「近所迷惑だな。」


 ご近所付き合いなんてしたこともなく、いや、会ったことも小さい頃しかなかったので、どんな人がいるかわからないが、この家で出た騒音で苦情が来たら対処は起こした本人にしてもらいたい。

 恵はそう思い、ドアの覗き穴から覗くと先ほどの女性とその隣に娘のような年齢だがあまり似ていない派手な童顔の女性に向かい合っているのは、以前やって来た男性とその隣にいた少年だ。

 

「知り合いかなんかなんだ。複雑だな。」


 自分の家庭環境が複雑であることなど、よく知らないが親ではない人に育てられた時点で察するだろう。

 どんなに鈍感な恵だとしてもそれは子供心に察していたし、苦労せずに生きられるのなら親の有無も複雑な家庭環境でさえもどうでもよいと考えていた。


「そういえば、買い物行こうと思っていたんだった。」


 あの修羅場のような場所に立ち会いたくないので、あの集団が解散したら出かけようと思っていたのだが、日が暮れてもまだ続いている。その間に待っているだけなのはもったいないので、冷蔵庫の中には夕飯は問題ないので、夕飯を作り食べ終えて再度確認すると、もう集団はいなくなっている。


「ナイスタイミング。」


 恵はエコバッグと財布を入れた鞄を持って意気揚々と出かける。


 ・・・・しかし


  恵は騙されていたことを知る。


 なんと言い争いはまだ続いていて、恵の家から少し離れた場所で行われていたのだ。女性陣たちのほうには大きなキャリーバックのほかに旅行鞄のようなバックがあり、どれだけの旅行をしてきたのか、と思うほどに大荷物で、タクシーは車からその荷物たちを下ろして代金を受け取るとさっさと帰っている。


 それはこんな他人の家庭の修羅場にいつまでも居たくないよね。


 タクシーのおじさんの行動に納得する恵もまた同じ考えなのでそそくさと歩き出そうとしたところで見つかる。


 早いわ!!と心の中で突っ込んだものの、見つかったのなら挨拶ぐらいはするべきだろうとこちらを指さす童顔の女子に「こんばんは。」と普通に挨拶をして去ろうとする。

 しかし、それは許されないらしい。

 歩きだそうと足を出せば、そのつま先のほうに静電気のような感覚を覚えて慌てて足を引っ込める。


「娘なのに母親に背を向けるなんて礼儀がなっていないわね。」


 そこで初めて聞く人形みたいな女性の声だ。

 彼女の言葉に驚く恵は驚愕で固まる。


 娘?母親?


「あなたが私の母親?」

「そうよ。」

「本当?」

「ええ。あなた、自分の顔を鏡で見ていないの?似ているでしょ?」


 ・・・・・・・


 胸を張って言い切る母親らしい女性を前にして恵は驚いている。でも、それは母親がいることに対してではない。


「そうなんですか。へえ、母親。居たと知っても何も感じないな。親ってこんなものか。」


 そう、本当に何も感じなかった。どこか他人事のように感じもするし、あ、そう、と流せる世間話程度であることに恵は驚いている。

 親が現れた時を想像すると、小さい頃に同い年の子たちが親という存在に嬉しそうにしているのを思い出して、ああいう風にうれしくなるのだろうと勝手に膨らませていた。

 しかし、実際に会ってみると感動がないどころか、全く心が動かない。


「何、その顔は。せっかく母親である私が会いに来てあげたのに、もっと嬉しそうな顔をしたらどうなの!?」

「え?16年も放置されていたのに、親というだけでそんな風に受け入れてもらえると思っているんですか?それは頭の中お花畑過ぎません?いくつですか?私というか、そちらの女性もいるから40代?少女というには年増すぎますね。」


 素で驚いた恵は思わず心の中を漏らしてしまう。

 それほどに目の前の母親らしい大人に見える人は滑稽に映る。


「では、私はこれで。」


 もう付き合うのも面倒になり振り返ると、また静電気が起こる。

 そういえば、そんな現象でさっきもこの場をされなかったことを遅ればせながら恵は思い出す。

 ちょっと、静電気が起きた場所を触れると電気の柱が一瞬見え、その発生源はクモさんではなく可愛らしい子狐が宙に浮いている。


「良かった。クモじゃなくて。流行っているんですね。こういうの。前は大きな人面クモでしたけど、今回は普通の狐で安心しました。」

「待って、恵さん、クモってまさか大きくて手を操るクモのことですか?」


 恵の感想に驚いて反応したのは母親とその娘と対峙していた男性である。隣の少年は目を丸くしている。


「はい、驚きましたよ。なんか漫画みたいに空間に閉じ込められてクモさんにキレられて襲われてしまいますし。でも、学校でこんなの流行っているって聞いたことがないのですけどね。私が友人少ないから情報がないだけかもしれませんが。」


 アハハと笑った恵をその場にいる全員が唖然とする顔だ。


「よく。」

「いや、私も良く分からないのですけど、一斉に手と本体に襲われかけた時に光で視界が封じられたと思ったら自分の家の前だったんですよ。白昼夢ですね。」

「そうですか。」


 なぜ恵が逃げたことを目の前の男性が知っているのか、と不思議に思いはしたものの、彼女にとっては今ここから一秒でも早く去ることが重要だ。だから彼女はここから出られる突破口を探す。

 すると、よく見れば通路すべてに静電気が通っているわけではないことがわかる。それは上も同じでせいぜい3メートルもないだろう。都合がよいことに家の前で家の柵はちょうど3メートル程あり、確認すると柵の上には電気が通っていない。

 そこで、恵は閃く。


「私が母親であることには変わらないわ。おとなしくこちらに来なさい。」

「えっと、別に行かなくても不自由ありませんからお断りします。今の私には期限付きですが、この人が仕えているご主人様というパトロンがおりますし。」

「な!?なんて失礼な娘なの!!」


 男性を指さしていう恵の言葉に一瞬母親が言葉に詰まるがそのあとに馬頭の嵐だ。それを右から左に流しつつ柵の上によじ登り静電気ゾーンを超える


「では、私はこれで。あまり騒がないでくださいね。近所迷惑ですから。大人ならそれぐらいの分別を付けてください。」


 恵の行動に唖然とする一同を置いて彼女は走ってスーパーに向かう。


 時刻は19時。スーパーが閉まるまであと1時間。

 恵には時間がなく心の中で集団に悪態をつきながら全力で足を動かす。

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