第6話
~佐久良家~
都内とは思えないほどの広大な日本家屋の中にふさわしく、時間が切り取られたかのように美しい姿のまま残された花や木がある日本庭園はまさに見たものの中に驚愕と感動を与える。
ここは国の頂点に立つ佐久良家の本家であり、当主とその家族、世話をするものや彼らを補佐する精鋭、訓練場も敷地内にあるため特別な訓練を受けるものが住まう。当然、当主とその家族は彼ら以外とは分けて、そして厳重な結界が張られた場所に暮らしている。
当主とその家族が暮らす屋敷の一画、庭園を一望できそのまま庭に出られる作りになっている和室には、この屋敷に住まう当主家族が勢ぞろいしている。
藤色の着流しを着ている白髪だが顔は青年のような顔をしていて、いたずら好きを隠せない男性、その右側には山吹色の着物を着て朗らかに笑う白髪を結い上げた異国のような青い瞳を持つ女性、その反対には働きざかりの筋肉はついているが細身に認識できる黒髪黒目のスーツを着た男性、その横には水色の着物を着た黒髪黒目ですっと鼻筋の女性を前にするのは1人のまだ高校生ぐらいの男子だ。
同じ瞳を持つその緊張した面持ちの男子に祖母である異国からの女性は尋ねる。
「
祖母の優しくこちらを気遣う言葉を聞いた奏は、ふうっと息を吐き、一度頭を下げて彼らと向き合う。
「今日は皆さんにお尋ねしたいことがあって来ました。」
「何かしら?」
「今日、先ほど僕はある女性にお会いしてきました。名前は西寺恵という人です。」
奏が名前を出した途端、これまでにこやかだった祖母は顔を固くし、他の3人も眉間にしわを寄せたり、口を一文字にしたりして一気に表情を変える。
「奏、その話は出さないよう言ったはずだ。お前が気にする必要はない、と。」
と、彼に苦言を呈したのは父にあたるスーツの男性だ。
そんなことを言われるのは想定内だった彼はそこで引き下がることはしない。
たまに分家たちと集まった際、異母姉にあたる
ただ、その時必ず陰でささやかれるのはもう1人、奏とは3か月しか誕生日の違わない異母姉がいるらしい。名前は”けい”だとは知っているが彼女は一度も顔を出したことはなく、彼女のことを家族や他の人に聞いても今のように一蹴されてしまって終わっていた。
だから、今回、立花が彼女に会いに行くと聞いて、彼女に一目会いたくてついて行った。家族のみならず、分家たちまで口を閉じる存在なのか。何がそうしてしまうのか気になって。途中、側近で幼馴染の豪と彼の妹の美香に見つかり彼らもついてきてしまったが、気にしなかった。
小さな一軒家の玄関があいたと同時に顔を見せた初めて会うその異母姉の姿に奏の心は震える。その瞳、以前、祖母から一度聞いたことがある彼女の出身である香港の一族、李家。その最初の当主が持っていたとされる
この瞳は色が多いほど異能は膨大であり、7色を宿ったとされる初代はその力で災厄を1人で薙ぎ払い、枯れた土地を蘇らせおおよそ人が成しえたとは思えない、もはや神の御業と称されることをやり遂げた、と聞く。
それほどの力を持つ彼女が、2色を宿した奏でさえこれまで大切に育てられてきたのに、こんな小さな場所に捨てられたようにしてひっそり暮らしていることを信じられずにいる。そのショックはあまりに大きく、隣の2人も同じようで、立花も驚愕しているが、彼は当主に命令されたことをこなすほかない。
すぐに帰宅して家族に確かめずにはいられなかった。本来ならば多くの人に祝福されるべき人がどうしてそうではない扱いを受けているのか、を。
「どうして、父さんはそんなことを言うのですか?あの人の瞳をご覧になったことは?おばあ様から昔聞いたあれは七色瞳に違いありません。いえ、たとえそうでなくても、僕にとって姉であるあの人をあんな場所に閉じ込めていいわけがありません!」
これほど家族に向かって声を上げたことはない。
でも、それを制御できないほどに奏の心は荒れている。
彼の発言に4人の大人は固まり、少しの沈黙の後に祖母がふうっと息を吐く。
「奏、それは本当なの?七色瞳を持っていると。」
「はい、間違いありません。光の差し加減ですでに5色は拝見しました。一緒に行った立花に聞いていただいても構いません。」
確認をする祖母に奏は確信をもって頷く。
奏が出した名前の人物はすぐに祖父の声により呼び出され、立花は扉の脇に片膝をつく。
「当主、お呼びでしょうか?」
「ああ、立花。先ほどの用事ご苦労だ。」
「いえ、とんでもございません。」
「それで、奏が言うにはその女性は七色瞳を持っていたとか。本当か?」
「私が拝見したのは5色だったと思いますが、おそらく7色持っているかと思います。あれだけのわずかな光であれほど色が変わる人に私はお会いしたことがございません。」
「そうか。お前までそう言うならそうであろうな。わかった、下がってよい。」
立花が下がると、4人の大人たちは怒りと呆れの曖昧な表情をする。
「僕にも説明をお願いできませんか?」
「ええ、そうね。あなたが生まれる前、あなたの母の前の妻にあたる
「はい。何度もお会いしたことがあります。」
「その方があなたの父と離婚したのは彼女の男遊びが激しかったからなの。当然、第二子が生まれた際に百合香とともにDNA鑑定をしたわ。その時、第二子で生まれた女児だけがあなたの父、貴明と血がつながらないことが分かったの。」
「それは。」
信じがたい事実に奏は言葉が続かない。
祖母の血筋でしか七色瞳はあり得ないことにより、恵が祖母の血、つまり父と血のつながりがないことはあり得ない。
その結果に行きついた大人たちは困惑を通り越して怒りを感じている理由がわかる。
「2人を生んだのは確かに亜希子。でも、2つの結果では1人にしか貴明との血のつながりがなかった。私たちは大きな間違いを犯したことになるわね。」
事実を知った祖母は大きなため息を吐く。
そこで、じっとこちらの会話に耳を傾けていた当主である祖父が口を開く。
「貴明、三条との取引はすべて白紙にしろ。そちらに派遣している支援もすべて。あと、李家に連絡を取り三条家への支援をすべて打ち切るように伝えろ。」
「御意。」
彼の言葉にすぐに父は頷く。
祖母の実家である李家はあらゆるものを言霊により制することができ、それは言葉だけでなく文字でも可能であり、彼らの作った札のみで多くの人ならざるものから人々を守る結界を作ったりもできる。
三条家は昔から変化することがなく異能の使い方も古いものを受け継いでいるだけだが、異国からやって来る人ならざるものが増えたことで対応が難しくなってきた。そこで、佐久良家との縁を作るために三条本家の姫だった亜希子を佐久良本家の長男である貴明の嫁としたことでそれらに対応できる術を支援してもらっていた。それができなくなれば、三条が拠点とする西側が沈みかけるのは間違いないだろう。しかし、それを考慮してもいいほどに彼らにとっては怒りが大きい。
「李家のほうには私から言います。姪の
祖母の提案に父は頭を下げる。
方針は決まり、そこで家族会議は解散となるが、奏は父に呼び止められる。
「どんな娘だった?」
「不思議な人でした。金銭面の心配をせずに済んだからお礼を伝えておいてほしい、と言っていましたね。」
「そうか。」
きっと、彼女に家族だと言ったところで彼女から何の感情ももらえないのだろう。
奏はあれだけ鮮やかな色に反して淡々とする瞳を思い出し、その事実に心が痛んだ。
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