第3話

 いつも行くスーパーに目当てのものがなく、泣く泣く少し距離のある駅ビルにある高級スーパーまで足を伸ばして見つけ、トホホと思いながらいつもの1.7倍ぐらいの値段で購入する。

 なるべく節約を心がけているいる恵にとっては痛い出費であるが、ほぼほぼホワイトシチューにはまっているので購入しない選択は彼女にはなかった。


「まあ、いいか。」


 彼女はとりあえず家に帰ることにする。

 しかし、歩けど歩けど、なぜか家に着かない。それどころか、なんだが同じところをずっと回っているような気がする。


「なんだか、空気が重い感じがするし、不気味。空間に閉じ込められたみたいな感じもする。そんな漫画みたいなことないよね。」


 自分で言いながら自分に言い聞かせて歩こうとしたのだが、歩いてもまた同じ場所に出てくる気がするので、建物の中に行こうとすぐ近くのアパートらしい建物に向かって歩く。

 すると、その瞬間地面からぬおっと白い手が現れる。それが1本や2本ならまだ、見間違いかな?、と目をこするのだけど、恵の周囲を囲むように何十本も生えてきたものだから呆けたことさえ言えなくなる。

 見ていて気持ちいい光景ではなく、むしろ、ホラー映画になりそうなシーンだ。いや、今まで映画自体見たことがないから分からないが、たまに行く駅ビルの中に設置されているテレビでそんなホラー映像が流れていたのを思い出す。


「これは気持ち悪い。叫ぶのもわからなくもない。」


 逃げ場がないが、しかし、その手はこちらに向かってくるわけでもないので、その場に立ち尽くして手の動向を見ていると、


スー、スー


 息遣いが聞こえる。

 その音がする方向を目で探すと上空のほうに壁があるわけでもないのに、人の顔が付いた8本の脚で立ちこちらを見下ろしている、今まで見たことのない生物がいる。


「えっとこれはどういう状況?」


 さっきから今までにない現実が目の前で起こりすぎているために私の方では全くどう対処していいのかわからず、混乱状態だ。

 よくこういう状況に遭遇した人は悲鳴を上げるというが、そういう行為ができるのは心に余裕がある人だけだと、この時恵は実体験を通して知る。


 本当に遭遇したら人は固まる


 のだと。


 とりあえず、恵はそのよくわからない生物を見上げることにする。そのついている手と自分の周囲を囲む手が似通っているので、その生物がどういった仕組みかわからないが操作しているのだろう。

 そんな予想を立てて、その生物の目的もわからない以上、こちらを攻撃してくる可能性の高い方を注視するのは当然だ。


『お前、お前、ああ、やっと現れたか。』


 急に生物は話し始めた。ひしゃげた声ではあるが聞き取れない音ではなく、日本語であることに驚く。


「なんだ、話せるんだ。」


 生物のことはよくわからないが、言葉が通じそうなことになぜか安堵する。


「あの!よくわからないけど、クモさん!ここを通してもらってもいいですか?」

『なぜ・・好機、逃さ・・・ない。』

「いや、そんなことを言われても・・・こうき?何それ。」


 あだ名クモさんからの返答に意味が分からず首をかしげると、急にその生物は足を1本前に出して振り下ろす。その瞬間、周囲を囲んでいた手が一斉に恵に向かってものすごいスピードで向かってくる。


「ええー!そんなのアリ?」


 あまりの行動転換に驚いたものの、一斉に向かってくるので手の背後の空間があいたところを見逃さず、逃走ルートを確保とばかりに向かってくる手の後ろに向かって思いっきりジャンプする。帰宅部ではあるが運動が得意ではあったので、こういうのは簡単だ。


「じゃあ、もう会わないことを祈る。」


 手を振ってそのまま颯爽と少し恰好を付けて逃走する。

 そう、逃走する気満々だった・・・・のだが。


 クモさんがどうやって上空に浮いているのか、そして、今まで同じ場所をぐるぐると回っていたことを恵はすっかり忘れていた。

 そのまま逃走しようとしたら、途中で何かに額をぶつける。


「痛い!」


 その衝撃で持っていた大事な牛乳が入った袋を地面に落とし、そのうえ、額のあまりの痛さに手で押さえてしゃがんでしまう。


「イタタッ。なんだ、これ。」


 当たった場所ぐらいに手のひらで触ってみると、目では見えないけど壁のような何かがある。ノックをしても音が鳴らない。


『ハハッ、馬鹿な・・・娘だ。そう簡単に・・ここを抜け・・られる・・わけがない。』


 クモさんから見おらされ、かつ、馬鹿にされる。今まで周囲の評価は普通だったので、それほどあからさまに言われたことがなかった。

 人でない何かに言われるとショックが大きく、恵は打ちひしがれる。


「そうだね。馬鹿なんだよ。だから、帰りたい。」

『さっき・・・から・こっちのいう・・・ことを無視・・している。明らか・・にな・めている。』

「いや、無視していないしなめていないよ。私は早く帰りたい。君がなぜ私を帰さないのか教えてくれたら、私は解決方法を探すから。」

『お・・前が我・らの脅・・威であるから、なめているんだ。』

「いや、は?何のこと?」


 本当に相手の言っていることがわからなくなった恵は混乱している。しかし、そのあたふたしている態度が向こうを苛つかせたようだ。

 クモさんが急に厳つい顔をして


『奪・・って・やる!!あのお方・・の・ために!!』


 とキレたようにこちらに向かって突進してくる。ついでに、先ほどかわした手もこちらに向かってくるし、壁で逃走は無理そうだ。


 あー、これ、私は摘んだな。


 とやけにゆっくりと進む映画のワンシーンを見ているような感覚で思う。


「もう少し生きたかったな。」


 小声で恵は願いを口にする。

 その瞬間、視界いっぱいに光でおおわれてしまい、そのまぶしさに目を閉じる。


 やっとその光が収まったと思い目を開けると、そこは見慣れた家の前だ。生まれた時から住んでいる家なので見間違えるはずがない。


「あれ?どういうこと?今の白昼夢??知らない間に寝ていた?夢遊病かな??」


 恵は混乱していたが、外はすでに暗くなっていることに気づき、考えるのも馬鹿らしくなったので慌てて夕食づくりに取り掛かる。

 

 あんな奇妙な生き物が出てくるような夢はゴメンだな


 なんて、夕食を食べながら思った。

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