第4話

 翌日、クモさんとは会わずに帰宅まで過ごせ、一週間ほど様子を見ていたが、あの日以降、そういったことに遭わないので、白昼夢だと考えることにした恵は休日にゆったりアフタヌーンティーを楽しんでいる。

 3時のおやつとして久しぶりにクッキーを焼いたのと、賞味期限が近い紅茶のパックがあったからだ。いつもはおやつも食べずに家でゴロゴロしていることが日課だ。

 こんな他人の支援で極楽な生活も残り少ないという危機的状況ではあるが、恵は楽天的なのか、いつものようにのんびりと過ごす。

 しかし、高校生になってから資格試験の勉強とかネットでできる仕事なんかを検索している。就職を見ないのは、恵は自分が外で働くことに向いていないからだ。それは容姿に関係している。

 黒い髪は国のほとんどがそうなので特に目立ちはしないが、目は光の差し加減で色が変わる変わった色彩を持っている。それが生まれつきならよかったのだが、ここにいた女性がいなくなった小学校の高学年ぐらいからジョジョに生まれつき持っていた黒からだんだんと変化を始めたのだ。

 この変化に周囲は奇妙なものを見るような視線を向けてきた。そして、以前よりもますます恵に対して態度が悪くなったり、距離を置いたり悪口を言い合ったりしてしまった。健康診断では目のことを訊かれたし、自分も知りたくて尋ねたのだが、視力も精密検査をしても異常がないとのことだったので、色のことはそれ以来何も言われなくなった。


「家でできる仕事を探すのも大変なんだ。」


 家に女性が、古くなったから置いていく、と言っておいて行ったパソコン画面を見ながら恵はつぶやく。彼女がおいて行ったものは化粧道具とかブラシとかドライヤーとか調理器具などがあったが、化粧道具は一番いらないのに一番場所をとっていたので、速攻捨てた。

 パソコンはわからないレシピを探すことに役立っていたし、ニュースも見れたりするので便利だ。これが彼女がおいて行ったもので一番役に立ったものだと思う。調理器具は100均で揃えられるので古くなってタッパーとかは捨てた。

 彼女がおいて行ったもので残っているのはドライヤーとパソコンのみだろう。


 ピンポーン


 3時のおやつを食べながらパソコンでネットサーフィンをしていると、家のチャイムが鳴る。

 来訪を知らせるベルが鳴るなんて、女性が出て行って初めてのことだろう。

 玄関に向かいながら、何かの勧誘かな?と思っている。

 ドアの前まで行き覗き穴から確認すると、スーツを着た品の良い30代ぐらいの男性と同い年ぐらいの少年2人と少し年下の少女が立っている。

 勧誘なら子供が同行しているのはおかしい、と思った恵はドアを開ける。


「こんにちは。どちら様ですか?」


 恵が来客なのでにこやかな笑みを見せると、来訪者は一様に固まる。

 口下手なほうだと自負している恵だが、向こうもそうである場合、キャッチボールなんて無理難題だろう。何かを言うべきか迷っていると、自分を取り戻したらしい男性が話し出す。


「初めまして。こんにちは。西寺恵さんですか?」

「はい、そうですが、うちに何か御用ですか?」

「大事な話があります。」

「中に入れた方が良いのでしょうか?」

「いえ、こちらで結構です。」


 子供もいるので中に招いた方がよいか尋ねた恵だったが、あっさりと男性に断られる。


「それでお話というのは?」

「はい、私は佐久良家に仕えるものなのです。」

「さくらけ?えっと、存じ上げないのですが?」

「そうでしょうね。いえ、それを知る必要はございません。」

「はい。それで、そのさくらけ?が何の御用でしょうか?」

「実は恵さん名義の通帳に毎月お金の振り込みをさせていただいているのは、私がお仕えている旦那様、つまり、佐久良家の当主なのです。」

「なるほど。ええっと、もしや、援助を打ち切る話でしょうか?」


 不穏な空気に嫌な予感がよぎり、思わず前のめりになって恵は尋ねるが、それを聞いた男性は一瞬驚いた顔をしたので予想が外れたらしく安堵する。


「いえ、恵さんが高校を卒業されるまでは継続させていただきます。」

「そうですか。良かったです。話はそれだけですか?」

「ええ、その話をしようと思ってこちらにうかがわせていただきましたから。恵さんはご存じだったのですか?」

「はい、通帳を小学校の中学年まで育ててくれた女性からもらう際に高卒までしか援助はない、と言われていましたから。」

「そうですか。では、私が訪ねる必要はありませんでしたね。」

「いいえ、そんなことはありません。今まで援助がなければ、きっとバイトばかりで大変だったと思うのでありがたかったです。そのさくらけ?という家の人にもお礼を伝えておいてください。」

「かしこまりました。では、私たちはこれで失礼いたします。」


 そういって男性は帰って行った。そして、3人の子供はチラチラとこちらを見ていたものの、男性に呼ばれて後ろ髪をひかれたようにゆっくりと男性のほう歩いていく。

 彼らが乗った車が見えなくなるまで見送り、ガチャンと扉を閉める。オートロックなので閉めれば勝手にロックがかかる。


 急な来訪に驚いたし、世界の違う家が関わっていることにも驚愕したが、高卒までは援助してくれるので恵は一安心だ。


「さて、続きしようかな。」


 援助があることに安堵した恵はいっぱいに伸びをした後に、パソコンに再度向かう。

 すでに冷めた紅茶とクッキーは甘味と苦みがちょうどよかった。

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