【06】

「吠えたな贋勇者ニセモノ!」


 僕の宣言が聞こえたのだろう、さらに怒りを上乗せした長槍の切っ先がもう数歩先の位置まで迫っていた。

 まともに喰らえば当然、革鎧などあっさり貫通しての串刺し確定だ。

 だから僕はそこで腰を直角に曲げ、思い切り頭を下げた。


「な!?」


 その動きで荷袋リュック上部の天蓋ベロがべろんと前方に垂れ下がる。

 そし暗黒騎士の槍が向かう先は、露わになった荷袋リュックの内部だ。


「なんだ、これは――」

 

 いま僕の位置から内部それは見えないが、暗黒騎士のリアクションは僕がそれを初めて見た時とほぼ同じだった。


 ――そこには、彼の鎧よりなお濃くて深い、真の闇が広がっているはず。


「くっ、離せっ!」


 その闇にずるずると呑み込まれていく槍を引き戻そうとして、暗黒騎士の両脚に力が込もる。それが、頭を下げている僕にはよくわかった。


「このっ!」


 このままでは埒が明かないと判断したか、中腕の黒い双剣で荷袋リュックの下の僕に斬りつけようと暗黒騎士が構えた瞬間――びゅるびゅると奇妙な振動が僕の背中に伝わる。


「なんだ、これは! いったい、何を飼っている?!」


 暗黒騎士の、さっきよりだいぶ切迫した声を尻目に、僕は好機しめたとばかり【浮揚レビテイト】を解除しつつ、両腕を肩紐ハーネスから引き抜きざま暗黒騎士の股の間をくぐって、背後へと回り込む。


 瞬間、見上げた横目にちらりと映ったのは、黒剣にからみつく紅くて長い。ちなみに、それが合計三本まであることを、僕は知っている。


冒険者協会ギルド指定、神話級SSランク稀少秘宝レアアイテム――【暴食の荷袋バッグ・オブ・ケルベロス】」


 暗黒騎士の背後で荷袋リュックの正式名称を告げながら、僕はその広い背中の半ばに、両手の平を優しくそっと押し当てた。


「……なんだと……」


 絶句する暗黒騎士。まあ、冒険者協会なんて組織はとっくの昔に魔蹂将の手で壊滅済みだけど、定められた各種の標準ものさしには未だに権威が残っている。なにかと便利だからね。


荷袋そいつ秘宝アイテムが大好物でね。天蓋くちを開けたら最後、近くにある秘宝アイテムはかたっぱしから貪欲に収納ほしょくするんだ」


 彼が必死に引き離そうともがく背後で、僕は淡々と解説しつつ、両手から【冷却クーラー】の魔法をダブルで放出し続ける。鎧の中は、もうキンキンに冷え頃だろう。


 神話によれば魔族の始祖は、世界の北端に連なる魔山嶺の火口、マグマの底から生まれたとされ、そのせいか魔族は一般的に寒さへの耐性が低い。


 もちろんこれで倒せるとは思っていない。だからこそ自動迎撃も僕に反応しないのだ。

 けれど鎧の中身が僕の予想通りなら、それなりの効果はあるはず。


「……で、収納品の出し入れふくめ、荷袋そいつ自身そいつが認めた『所有者ごしゅじん』の命令しか聞いてくれないんだよね……」


 ちなみにその所有者ごしゅじんは僕でなくて、僕にとっての主人でもある勇者リュクトその人だ。彼の僕へのはじめての無茶ぶりが、「荷袋これを背負って付いてこれるなら、従者にしてやってもいい」だったことを思い出す。

 

「う、お──おおのれえええ!」


 怒りと憎悪と――そしておそらくは寒さに震える雄叫びを上げながら、暗黒騎士が後方に跳躍して離脱するのを、僕は真横に転がりながら避けた。

 そのまま荷袋リュックに駆け寄り、天蓋ベロを戻しつつはみ出した三本の舌も内側に押し込むと、【浮揚レビテイト】を発動させつつ背負って立ち上がる。


 そして、すかさず暗黒騎士の状態を視認。


 初手で下敷きにした右下の手と、槍ごと荷袋リュックに呑み込まれた左下の手は肘から先が手甲ごとない。しかし、そこに覗くのは腕の断面ではなくて、なにもない空洞だ。


 迎撃時しか動かない上腕もあわせて、彼が六本腕の異形の巨人ではなく、巨大な鎧を内部から魔力で操る「魔鎧マガイ使い」だという僕の予想が裏付けられる。であれば、鎧さえ破壊できれば勝機はある。――まあ、鎧破壊それがいちばん難しいのだけどね。


 中段の手の黒い双剣が見当たらないのは、に奪い去られたのだろう。その手ぶらになった中段に、上腕の迎撃用手斧と円盾バックラーを持ち替え――ようとして彼は、寒さに操作てもとが狂ったのか盾の方を取り落としてしまう。

 忘れてはいない。相手は、素手で石像の頭を粉々にする剛力の主だ。まともにやり合えば相手にならないことはわかっている。それでも。


 ――いま、ここで決める!


 僕は【浮揚レビテイト】の出力を上げてさらに重量を軽減しつつ、前傾姿勢で暗黒騎士に向かい一直線に駆け出していた。


「クッ――!」


 兜から洩れる短い嘆息。手斧をかまえて迎え撃つ彼はしかし、再び荷袋リュックの口が開く可能性を考えてしまい、下手に動くことができないのだろう。そこに。


「喰らえっ!」


 僕はショルダータックルの体勢で突っ込む。

 最後の踏み込みに【増強オーグメント】を上乗せしつつ、同時に【浮揚レビテイト】の出力を抑えて重量を上げた背中の荷袋リュックを、暗黒騎士にぶちかます!

 受け止めようと身構えていた暗黒騎士は、想定以上の大質量の直撃を受けてたまらず背中から石畳に倒れ込む。

 荷袋リュックと共にその巨体を押し倒した僕は、そこで再び【浮揚レビテイト】を調した。


 そう、解除リリースではない。荷袋リュック本来の凄まじい全荷重をもってしてもこの鎧を砕くことはできないと、右腕の手甲で実証済みだ。だからここで僕が使うのは。

   

「【浮揚レビテイト】、反転リバース――」


 日々、【浮揚レビテイト】の微調整を繰り返すなか、出力を弱めることで重量を増やす、という操作の応用としていつの間にか使えるようになっていた派生魔法がある。

 それはいわば器用貧乏の向こう側──冒険者協会ギルドなきいま正式な認可は受けられないけれど、おそらくは僕の固有魔法ユニークスペルだ。


「――【加重グラビテイト】!」


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