【03】

「ねえサリア、ほんとにあの人が勇者様なの?」

「えっ……そうだと、思うけど」


 広場の外縁を囲むように集まった人々の中、サリアに声をかけてきたのは同年代の友人だった。


「勇者リュクト様って、最強の勇者って噂じゃない?  ……あんまり強そうじゃないし、たしかに噂通りの美形ではあるけど、どっちかというと美少年カワイイ系だし……」


 確かに、友人の疑念もわかる。


 彼が落ち着いた濃紺色ネイビーのジャケットの下に身につけているのは、自分のとさして変わらない革鎧だったし、体格もどちらかと言えば細身で、鍛え上げられているようには見えなかった。

 まあ、あんなに異様な巨大おおきさの荷袋をこともなげに運んでいたから、実際は見た目によらないゴリゴリの細マッチョなのかも知れないけれど。


 でもやっぱり、金髪に鳶色レッドブラウンの瞳は凛々しいというより気弱げで、自分の弟との間に大きな違いがあるようにも思えなかった。


 手を繋いだときちょっと照れた様子が可愛らしかった。


 そして、彼の手の感触を思い出す。

 普通の男の子と少し違うとしたら、表面がまるで石壁のように堅くて、でも温かくて、握り返す力はとても優しかったことだ。

 だから、ついずっと握っていたくなってしまって、ここまでずっと手を引いてきたのだ。


「でも彼の手を握ったときね。なんだか、すごく安心したの。勇者だからとか関係なく、この人ならなんとかしてくれるって思えた」

「……そっか。こないだまで女神様の巫女だったサリアがそう感じたなら、そうなのかもね」


 ひと月前。二十歳を迎えて巫女を引退する直前の彼女は、神殿で祈りをささげている最中、神から託宣おつげを授かった。

 周囲が白い光に包まれて、威厳に満ち満ちた声が頭上から響いてきたのだ。十四歳から巫女として勤め上げたなかで、初めての経験である。


『この街に魔蹂将が現れる。その目的は街に伝わる秘宝を奪うこと。阻めなければ世界は滅び、渡さなければ街は灰燼と帰すであろう』


 十九歳がひとりで背負うには、あまりに大き過ぎる二択。

 そもそも、街に伝わる秘宝の話などというものは一度も聞いたことがなかった。

 街で最年長の曾祖母ひいばあちゃんに聞いても、それは同じだった。


 絶望する彼女に翌日、ついでのように告げられたもうひとつの託宣おつげ


『そうそう、同じ日に勇者リュクトもこの街を訪れる。だから、そのへんうまくやるべし』


 なんだそれ、ふざけんなよ神様。思いつつも彼女は、その話にすがるしかない。

 そうして熟慮の末にひねり出した起死回生ダメもとの一計が、魔蹂将に「勇者との決闘に勝てば秘宝の在処を教える」と持ち掛けてみよう、というものだった。


 今──彼女の描いた筋書きシナリオ通りに、勇者対魔蹂将の戦いが始まろうとしている。


 勇者が勝てば、とりあえず街も世界も救われる。負けたら……まあ、そのとき考えよう。


「うん、きっと大丈夫! だから、みんなで応援しよ!」

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