第5話 ボクからみんなへ「アイ・ラブ・ユー」
事故から1年数か月が経った。ボクは会社勤めをしながら、その間に高齢者の運転免許返納に関するシンポジウムに、ゲストとして呼ばれる生活をこなしていた。もう余計なことは考えたくなかった。だからいつもできるだけスケジュール帖をびっしり埋めるようにしていた。そうすれば忙しさで少しは気がまぎれるから。
ひとりでご飯を食べることにもなれた。食事の時はできるだけ味覚に集中し、食材たちと対話するような気持で味わって食べる。そうするとひとりぼっちで食事しているさみしさを、少しは和らげることができた。
そんな頃。む区役所から、事故現場に慰霊碑を建てたので、その除幕式に来てほしいと連絡があった。どんな慰霊碑か見てみたい。そう思って式に出席してみた。区議長さんや区議会の人。警察官や消防署員。大勢のマスコミの人たちも来ていた。その人の多くは初夏の日差しに照らされて、汗をかいているのか、それとも今でも涙を流してくれるのか、手に手にハンカチを持って参列してくれていた。
ボクは何も言葉にできず、素敵でかわいい慰霊碑をただ、ただ目を閉じて拝んでいた。
すると近くの保育園の子供たちの声だろう。「キャーキャー」とはしゃぐ声が風に乗って聞こえてきた。
その声がボクにはだんだんと、真子の声に聞こえてくる。そしてまぶたの裏に、道路の向こう側、サルビアの花が咲いている植込みの辺りから、瑠梨と真子がボクを目掛けて駆けてくる姿が浮かんでくる。瑠梨はスラリと長い腕を大きく振りながら、真子はお菓子の箱を抱えて、チョコチョコと走ってくる。
「真子、転ばないでね」とボクは心配するけれど、真子は意外としっかりとした足取りで走る。
ボクは「そうか、そうだよな。真子はもう3歳だもんな」と思う。そして、
「瑠梨はあの夜。一生のお別れみたいなこと言ってたけど、意外と簡単にまたこうやって会えるじゃないか」
と考えていた。
ボクたち家族3人はいつも一緒。誰にも関係を壊すことはできないのだ。
天国からのアイ・ラブ・ユー 嶋田覚蔵 @pukutarou
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