第11話 絆

「そんなに腹ペコなら、これでも食らうべ!」


 強靱な顎で噛みついて来たアゲルドラコを正面から向かい撃ち、武威むいは大口目掛けて鉄塊を突き出した。アゲルドラコの牙が鉄塊を咥え、武威ごと持ち上げ振り回そうとするが、武威は自慢の怪力でアゲルドラコの持ち上げる力に抗い、地面に足をつけて踏ん張っている。武威の狙いは自身と力比べをさせることで、アゲルドラコの足を止めることにあった。


「ルーメン・ラクエウス」


 プルヴィアの魔術によって、アゲルドラコの足元に精製された光のトラバサミが閉口し、強烈な足枷となってその場にい付けた。攻撃範囲が限定的な分、その威力はこれまでの比ではない。光の爪が食い込む激痛に、アゲルドラコの動きが一瞬鈍る。その隙を武威は見逃さない。


「先ずは下顎!」


 武威は、アゲルドラコの顎ごと鉄塊を渾身の力で振り下ろし、アゲルドラコが地面まで一気に頭を垂れた。鉄塊と地面に潰され、アゲルドラコの下顎が完全に砕ける。それでも魔獣であるアゲルドラコの生命力は驚異的で、出血しながらも強引に光のトラバサミから脱しようとしている。だがこれ以上の抵抗を許すつもりはない。相手は頭を垂れた状態だ。今なら確実の脳天から潰せる。


 武威は地面にめり込んだ鉄塊を強引に引き抜き、アゲルドラコの口から返り血と牙の欠片が飛んだ。そのまま最大まで鉄塊を振り上げ、腕力と重力に任せて振り下ろす。


「まだ潜んでいたの?」


 突如、伏兵として潜んでいた最後のスケルトンが地中から出現し、武威の動きを止めようと背後から飛びかかった。プルヴィアは光のトラバサミの維持に手一杯で直ぐに対処出来ない。それでも武威はスケルトンには構わず、この一撃に全てを懸けた。二人で戦っているのではない。自分たちは三人で戦っているのだ。


「駆けつけてみたら、もうほとんど終わっているじゃないか」


 武威とスケルトンの間に割って入った周彦あまねひこが、強烈な刺突でスケルトンの頭蓋骨を粉砕した。


「おう、これでしまいじゃ!」


 武威の振り下ろした鉄塊の一撃が、アゲルドラコの頭を叩き潰し、地面が大きく陥没した。頭部を失ったことで、光のトラバサミへと抵抗を続けていたアゲルドラコの体が脱力。損傷が激しい部分を中心に体が消し炭のようになり、徐々に消滅していった。


「こったら巨大な魔獣と戦ったのは初めてじゃ。流石に疲れたべ」


 何度も渾身の一撃を振るったことで腕力が限界に近づいていた。武威はその場に鉄塊を置くと、大の字になって寝そべった。直撃は回避したとはいえ、周彦も爆風や光の銃弾が掠めて負傷している。らしくないと自嘲しながら、武威の隣に腰を下ろした。


「お疲れ様でした。治癒魔術をかけますので少しお休みください」

「助かる。プルヴィアも魔術の使用で疲弊したろう。背負ってやるから下山中はゆっくり眠っていろ」


 魔術の行使は体力以上に脳への負担が大きく、多用後は睡眠による休息が必要となる。プルヴィアは武威を援護し強力な魔術を何度も使用した。アゲルドラコ撃破の立役者は間違いなく彼女だ。


「抜け駆けは許さんべ、ヒコ。プル子はワが抱っこして帰る」


 寝そべったまま、武威が眉間に皺を寄せて威圧した。


「これでも貴様の体も気遣ってやっているというのに。心配して損したな」

「あだっ! 酷いべ、ヒコ」


 周彦が鞘で武威のパンパンに張った右腕をつつくと、疲労が溜った腕に痛みが走り、武威が短い悲鳴を上げた。


「お言葉に甘えて、帰りはゆっくり休ませてもらいます。公平にお二人の力をお借りしましょうかね。喧嘩せずに交代で運んでください」

「一番手は絶対に譲らんからな、ヒコ」

「そこで争う気はないから好きにしろ」

「そろそろ魔術を始めますよ。クーラーティオ」


 プルヴィアが肉体の治癒能力を高める魔術クーラーティオを発動。三人が休む地点が、淡い緑色の光に照らされる。木漏れ日のような温かさに包み込まれ、細胞レベルで生命力が湧き上がってくるのを感じる。


「ヒコはやっぱり強いの。約束通り魔術師を倒して駈けつけてくれた。ワだったらああはいかん」

「お前程の使い手が謙遜か?」


「謙遜じゃなくて事実じゃ。ワだば魔術師を倒すのにもっと時間ばかかってる。ワは小さい頃から魔獣ばかりと戦ってきた。魔獣の動きはなんぼでも読めるし、始めての相手でも直ぐに慣れる。だども、人間相手では魔獣相手ほど上手くいかん。対人戦の経験が圧倒的に不足しとるんじゃ。これまでに黒服と遭遇し戦ったこともあるが、どれも時間をかけての辛勝じゃった」


「少し意外だったよ。お前は何もかも力技でねじ伏せてきたものだと思っていたから」


 苦笑する武威に対して、周彦は真面目な表情で話しに聞き入っていた。魔獣や教団との戦いにおいて、圧倒的な熟達者だと思われていた武威にも自覚する弱点があり、それをこうして打ち明けてくれた。共に戦った者としての確かな絆を感じる。


「それを言うなら俺だって、立場が逆だったなら、あの巨大な蜥蜴とかげをお前ほど迅速に仕留められた自信なんてない。俺は本来警察官だ。獣害に対処することもあるが、やはり人間の悪意や暴力と対峙する機会の方が圧倒的に多い。人間である魔術師相手の方が上手く立ち回れているという自覚は以前からあった。お前の表現を借りるなら、魔獣相手では人間相手程上手くいかない」


「なんじゃ、どこまで行ってもワとヒコは対極じゃな」

「まったくだ。だが裏を返せば上手く補い合えるということでもある。今の俺らは同じ隊に属する同士だからな」

「ヒコにそう言ってもらえると嬉しいの」

「……今のくさい台詞は忘れろ。月夜のせいで妙なことを口走った」


 日が完全に沈み、代わりに美しい月明かりが世界を支配しようとしていた。つい感情に流されてしまったが、武威の飄々とした態度は今でも気に入らない。全ては月の魔力のせいだと、周彦は慌てて否定する。


「私もいますから……ね……三人なら……向かうところ……敵無し――」


 魔術をかけながら船をこぎ始めていたプルヴィアが、ここに来て完全に落ちた。二人はお互いの顔を見合わせ、プルヴィアの寝言を肯定するように頷いた。プルヴィアの意識が途切れると同時に治癒魔術も強制的に終了したが、回復量は十分だ。


「プルヴィアも眠ったところで、そろそろ下山するか」

「じゃな。道案内は任せておけ」


 武威がプルヴィアを抱え、周彦は念のため、取りこぼした魔獣がいないか村中を探索した。異常はなく、この村で起きた事件は完全に決着した。周彦と武威は目を伏せ、事件で犠牲となった人々の冥福を祈ってから、冠百村かんびゃくむらを後にした。


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