第7話 柔と剛と魔

「この沢を越えれば、目的の冠百かんびゃく村まであと少しじゃな」


 冠百山へと入山した一行は、武威むいを先頭に順調に冠百村へと向かっていた。魔獣の襲撃も起こらず、日もまだ持ち堪えている。夕暮れ前には村へと到着出来そうだ。


伽羅木からき、貴様よく地図も見ないで迷いなく進めるな」


 武威の行軍には迷いがなく、地元住民のように最短かつ安全に山道を進んでいく。グイグイ進む武威に当初は周彦あまねひこも不安を覚え、武威の行動が正しいか逐一地図で確認していたが、まったく問題無かった。武威の先導が近道だと確信し、今では地図を確認する手間を省いている。これで到着もかなり早まりそうだ。


「地図くらい一度見れば頭さ入る。山や森の移動は朝飯前じゃしな」


 ディルクルム暗黒教団の侵攻に伴い、昨今は人里に魔獣が出現することも増えたが、それ以前は山奥や深い森といった大自然の中に出現するのが常だった。父親と日夜自然の中で戦い続けて来た武威にとって、地図があり、元来人の出入りも頻繁な山の攻略など容易い。


「プル子は大丈夫か? 疲れてきたら何時でもおぶってやるべ」

「ご心配なく。この程度で音を上げる程、やわじゃありませんよ」


 プルヴィアの足取りも軽快で表情も余裕十分。魔術師といえども戦場に身を置く以上体力は必須だ。プルヴィアも日々鍛錬は欠かしていない。


「その意気じゃ。ここから先は少し激しい山登りになりそうじゃからな」

「やはり、そう易々と到着させてはくれぬか」


 冠百村に程近い沢に立ち行った瞬間、始めて武威の足が止まり、背負っていた鉄塊の布を解いた。ほぼ同時に、周彦もいつでも抜刀出来るよう、腰に帯剣したサーベルに手をかける。


「お手並み拝見といくべ、ヒコ」

「それは新人の貴様ではなく、俺の台詞だ」


 木々の間から二体の魔獣が飛び出してきた瞬間、武威と周彦はそれぞれ魔獣へと駈けた。


「奇妙な猿だ。キマイラの一種か?」


 沢を挟んで周彦と向き合うのは、二メートル近い大猿の全身から、植物のつたが生えた奇妙な姿の魔獣だった。複数の異なる生物の特徴を併せ持った魔獣はキマイラと総称されている。魔術による使役が容易で、ディルクルム暗黒教団は雑兵としてキマイラを投入する傾向にある。雑兵とはいえ、讐満帯刀アダマンタイトウ織治魂オリハルコン製の武器以外が通用しないという、ファーブラの魔獣共通の特性は持ち合わせており、一般人はもちろん、一流の武人であっても対処は難しい。大量に攻め込まれたら人里などひとたまりもない。


「ワの方は蜥蜴とかげ人間の骸骨がいこつじゃ。何度見ても魔獣というのは異様じゃのう」


 沢を挟んで武威と対するのは、元はリザードマンだったと思われる、特徴的な頭部と尾を持つ骸骨であった。肉の代わりに全身に硬質な金属製の鎧を纏い、片手剣と丸盾を装備している。動く骸骨はその形状を問わずスケルトンと呼称され、キマイラ同様にディルクルム暗黒教団が雑兵として送り込むことが多い。他の魔獣とは異なり、これはディルクルム教団が死体に魔術を施し、自在に動き回る傀儡として利用している、言うなれば死体を利用した人工的な魔獣である。死体を利用する魔術は倫理的な問題から異世界ファーブラでも長年禁忌とされてきたが、教団にとっては無数の兵士を生み出せる便利な魔術程度の認識でしかない。


「骨になった後もこき使われて、難儀な奴じゃな」

「武威様?」


 いつでも魔術で援護出来るよう、後方から展開を伺っていたプルヴィアの視界から武威の姿が消えた。次の瞬間には、武威は沢を越えてスケルトンの背後に立っていた。完全に布が解かれた鉄塊の全貌が明らかとなる。巨大な讐満帯刀の塊に柄だけをつけた無骨な鈍器は、標的を叩き潰すことだけに特化した非常に暴力的な武器だ。


「さっさと通らせてもらうでの」


 気配を感じたスケルトンが振り返った時には、武威がすでに鉄塊を片手で振り下ろしていた。強烈な一撃は一瞬で地面にまで到達し、地響きを鳴らす。スケルトンの体は鎧ごと粉々に砕け散り、土煙と完全に同化していた。衝撃で吹き飛ばされた骨の手足は胴体の粉砕と共に終焉を迎え、消し炭のようになって霧散していった。


 巨大で重量のある鉄塊を持ったまま一瞬で背後を取る俊足と、片手で巨大な鉄塊を振るい、相手を粉砕する圧倒的な膂力りょりょく。伽羅木武威の身体能力は人並外れている。


「あんな巨大な讐満帯刀の塊を軽々と。大口を叩くだけはあるということか」


 武威が一瞬で終わらせたことに触発され、周彦の闘争心にも火が点く。キマイラは周彦を拘束しようと、伸縮自在の蔦を差し向けた。蔦でからめ取り、動けなくなったところを剛腕で殴り殺すのがキマイラの戦術だが、黎明警衛隊の隊員である周彦がそれを許すはずがない。周彦は巧みなサーベルさばきで全ての蔦を切り落としながら、真正面からキマイラへと迫った。易々と切断しているが魔獣の体の一部である蔦はかなりの強度を持っており、讐満帯刀のサーベルだからといって簡単に切断できるものではない。周彦の剣技あってこその戦術だ。


 周彦が間合いまで迫ると、キマイラは肉弾戦に切り替え剛腕で殴り掛かったが、低い姿勢から切り上げたサーベルの斬撃が両腕を一瞬で切り落とした。キマイラが怯んだ隙に問答無用で首を跳ね上げ、大猿の首が宙を舞った。肉体の限界を迎え、体は霧散し消滅。頭部も空中で消滅した。


「やるべ、ヒコ。無駄のない見事な太刀筋じゃ」

「そういう貴様はハチャメチャだ。一体どういう鍛え方をしたらそんな風になる」


 初めて目の当たりにした戦い振りは、表現の違いこそあるものの、お互いに評価に値するものだった。流れるような太刀筋で確実に相手の急所を裂く周彦と、驚異的な身体能力と怪力による一撃必殺を得意とする武威。二人の戦い方ははそれぞれ柔と剛であった。


「お互いを認め合っているところに水を差して悪いですが、私のことも忘れないでくださいね」


 咳払いをすると、プルヴィアが重ねた両手を二人の上方へと向けた。魔力の発動を表す光の粒子がプルヴィアの周辺に漂い始める。


「ルーメン・グランス」


 呪文を唱えると、プルヴィアの両手に眩い光が集まり収束。光の銃弾となって射出された。光の銃弾は武威と周彦の頭上を飛んでいた魔獣の胸を撃ち抜き、その後自然消滅した。飛行能力を失った空の魔獣は力なく墜落。地表に衝突する寸前に肉体が限界を迎え、霧散し消滅した。魔獣の正体は鋭利なくちばしが特徴の人間台の飛竜、ドレイクであった。


「空の魔獣を一撃で。プル子は凄いの!」

「べ、別にこれぐらい。大したことはでありません」


 プルヴィアの芸当に感心し、武威が惜しみない拍手を送る。満更でもなかったのか、プルヴィアは恥ずかしがりながらもどこか嬉しそうだ。


「空や遠方の敵は私にお任せください。魔術による射撃には自信がありますので」

「それは助かるべ。ワとヒコは白兵戦に集中出来る」


 無論、空からの奇襲程度で遅れを取る武威や周彦ではないが、攻撃が当たりにくい以上、撃破には地上の敵以上に手間取り、それが隙に繋がる可能性は否定できない。魔術による狙撃が可能なプルヴィアのおかげでその心配はなくなった。


 讐満帯刀や織治魂は希少な素材で、回収出来る保証がない矢や、完全使い捨ての銃弾への転用が難しい。例外として、「讐満帯刀、織治魂おりはるこん、魔術」以外で魔獣に傷を与えることが可能な、山鳥の骨を素材とした矢が黎明警衛隊本部に貯蔵されている。山鳥の骨が魔獣に有効なのは、源頼政みなもとのよりまさぬえ退治の逸話によって証明されている。しかし、当然ながら素材を無尽蔵に調達出来るわけではないので、あくまでも大量の魔獣が攻めて来た場合などを想定した、緊急用の装備としての扱いに留まっている。


「魔獣がこれで全てとは思えない。教団の魔術師も控えているし、気を引き締めて行くぞ」

「言われるまでもないべ。全員、ワの鉄塊でぶっ潰してやるでの」


 沢から冠百村まではもう目と鼻の先だ。平和な日常を突如として奪われ、敵陣と化した冠百村へと、いよいよ一行は足を踏み入れる。

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