第5話 異世界の血を引く者
「ワはファーブラ出身の親父と、この世界の母親との間に生まれた子供じゃ。母親はワが小さい頃に病気で亡くなってしまったがの。それからは親父と二人で生きて来た。プル子の雰囲気や匂いは親父とよく似とって、一目見て親父と同じ世界の出身だとと分かったべ」
「……驚きました。まさか
今になって思えばプルヴィアも、初対面とは思えぬ親近感を武威には感じていた。あそこまで積極的に迫られたら、普段ならもっと警戒しているところだが、信じられる人間だと直感的に受け入れていた。
「武威様が各地で魔獣退治をしていたということは、師はお父様ですか?」
「んだ。親子で魔獣退治の旅を続けながら、親父はワに稽古をつけてくれた。さっきも言ったように、親父は元居た世界のことはあまり語らんかったが、戦い慣れている様子じゃったし、魔獣の名称や特性、
「お父様がこちらの世界へ渡ったのはいつ頃ですか?」
「ワが生まれる二年前と聞いてるから、二十二年年前じゃな」
「
「息子のワにも教えてくれんかった。
話を聞く限り、武威の父親は一般人でなく、相当な手練れであったことが伺えるが、ファーブラでの名前が不明な上に、二十二年前となるとプルヴィアが生まれるよりも前の出来事。流石にその正体は確かめようがなかった。あるいはファーブラに戻れば行方不明者や戦死扱いの兵士の名簿を探すことが出来るかもしれないが、明治の日本にいる身ではそれも出来ない。
「その、お父様は現在は?」
「ワが十の頃、魔獣との戦いで命ば落とした。以降は親父の意志を継ぎ、各地を巡って一人で魔獣退治を続けて来た。
「すみません。無遠慮に立ち行ったことを」
「プル子はすぐ謝る。ワが気にしているように見えるべか? 親父が死んだのは十年も昔。すでに過去の話じゃ。まあ、一つだけ心残りがあるとすれば、親父をプル子に会わせることが出来なかったことだべか。決してワの前では口に出さんかったが、親父は時々遠くを見つめていることがあっての。こっちで生きていく覚悟を決めていたとしても、不意に故郷を思い出すこともあったんだべ。もし健在なら、きっとプル子との出会いを喜んだろうに」
「そうですね。私も是非お会いしてみたかったです。いずれ墓前にご挨拶させてください」
「んだな。機会があれば案内する。墓前にはワの嫁だって報告してもいいべか?」
「それは流石に飛躍し過ぎです。お父上の墓前にご子息を𠮟ってくれと報告しますよ、もう」
頬を膨らませながらもプルヴィアはどこか嬉しそうだった。自分だけじゃない。過去にもこの世界を生きたファーブラの民がいて、その血を引く武威とこうして、これまで誰にも話せなかった胸の内を語れる。こんな気持ちはこの世界に来てから初めてだった。
「伽羅木武威。お前の事情は概ね理解した。正直最初は面倒な奴がやってきたと呆れていたが、そこしか見ていなかった己を改め、反省させてもらう」
やり取りは静観していた
「なんじゃ、なんじゃ。改まって。というか、ヒコはワのことそんな風に思ってたべか?」
「思っていたではなく、今もそう思っている。日本男児たる者、そのような軽薄な態度は如何なものかと今も苛立ちは隠せんが、それは魔獣と戦う戦士であることとはまた別の話だ。父の代から魔獣と戦い続けて来たお前の言葉には確かな矜持と覚悟が感じられた。力量はまだ未知だが俺とて武人だ。その鍛え抜かれた肉体が飾りではないことは分かるし、実戦を知る者特有の佇まいもひしひしと感じている。藤田さんが見込んだ男でもあるし、今後の戦力としての期待が大いに――」
「まどろっこしいの。言いたいことは短く言えじゃ。さてはヒコ、
「余計な世話だ! くそっ、どこまで話したんだ俺は!」
周彦は図星を突かれて赤面し、どこまで話したか自分でも分からなくなってしまった。話が長い自覚はある。しかし、モテるモテないは完全に余計なお世話だ。
「……つまりだな。隊に歓迎するぞ、伽羅木武威」
「なんじゃ。分かりやすいじゃないべか」
ぶっきら棒に言い放つ周彦に、武威は満面の笑みを浮かべた。やり取りを見つめていたプルヴィアも、普段はあまり見られない周彦の一面を見て微笑んでいる。
「……それと、プルヴィアのことも礼を言っておくぞ。あんなに嬉しそうな彼女を見るは初めてだったからな」
本人の耳に入るが気恥ずかしかったのか、周彦は武威にだけそっと耳打ちした。プルヴィアの置かれた境遇については周彦自身、ずっと思うところがあった。しかし、この世界に生まれ、家族も健在の自分ではプルヴィアの心境に強く踏み込むことが出来ず、どこか無力感を募らせていた。そんなプルヴィアに、新しい風を吹き込んでくれた武威の存在には感謝している。
「ヒコは不器用なだけで良い奴なんじゃな。ワはヒコが気に入ったぞ」
「暑苦しいから引っ付くな。貴様のそういうところが好かんといったばかりだろうが!」
暑苦しい武威を力づくで遠ざけようとするが、武威は怪力でなかなか離れない。周彦とて日々厳しい鍛錬を続ける現職の警察官だ。妙な対抗心が芽生え、回した手を維持するか、振り解くかの静かな力比べが始まった。一体何の時間なんだろうかと、プルヴィアは苦笑している。
「お話し中失礼いたします。
その場に緊張を呼び戻したのは、出迎えの時の快活な印象とは異なる、女将の落ち着きある伺いだった。
「会議室へとお通ししてくれ。俺たちも直ぐに行く」
「
女将にそう告げると、周彦は武威との力比べで乱れた制服を整えた。
「何じゃ、客人か?」
「
「なんじゃ。ワも会わんといかんべか?」
「言っただろう、会議室にお通ししろと。成桝さんの任務は各地から収集した教団や魔獣の関与が疑われる事案の精査だ。そんな彼が現れた意味は分かるだろう?」
「なるほど。それは気を引き締めんとな」
周彦が言い終える前には、武威も重い腰を上げて着流しの前を整えていた。口元には不適な笑みが浮かんでいる。
「喜べ伽羅木。貴様の初陣だ」
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