第3話 ディルクルム暗黒教団

 町外れにある表札のない大きな武家屋敷が、黎明警衛隊れいめいけいえいたいの拠点であった。政府が所有する物件を利用しており、作戦会議や併設された道場での鍛錬はもちろんのこと、特定の住居を持たない隊員の宿舎としても活用されている。


 藤田ふじた周彦あまねひこは自宅からの通いだが、プルヴィアはこの屋敷で生活をしている。今後どうするかは本人次第だが、上京したばかりで住居を持たない武威むいも、当面の間はこの屋敷で寝起きすることになるだろう。


「お帰りなさいませ、たかむら様、プルヴィア様。お約束の方とはお会い出来ましたか?」


 屋敷に戻ると、屋敷の管理を任され、日常的に居住者の衣食住の世話をしているたくましい女性、鮫島さめじまハツが三人が出迎えた。人柄も良く、若い隊員たちにとっては良き母親代わりにもなっており、皆から女将の愛称で親しまれている。


「女将。彼が新入隊員の伽羅木からき武威だ。東京に出て来たばかりで当面はここで寝泊まりすることになるだろう。一人増えるがよろしく頼む」

「伽羅木武威じゃ。よろしく頼むべ。女将さん」

「あらあら、これはまた逞しい御仁だこと。たくさん食べそうで食事の作り甲斐がありそうだわ」

「はははっ、よく食べて、よく眠るがワの性分だべ。お食事楽しみにしてます」


 人懐っこい武威は、早速女将と打ち解けつつあった。緊張などまるでなく、直ぐにでも屋敷に溶け込めそうな雰囲気だ。


「早速お部屋をご案内しましょうか?」

「ありがとう。だがそれはまた後で。彼とは急ぎ話したいことがあるのでな。居間を使わせてもらうぞ」

「分かりました。お茶をご用意しますわね」


 居間へ向かう三人の背中を見送ると、女将はお茶の用意に台所へ向かった。


「掛けてくれ」


 周彦が座布団を横並びに二枚、向かい合う形で一枚敷き、武威に座るように促した。自分とプルヴィアが隣り合い、武威の話を聞く配置にしたつもりだったのが、武威は隣り合う方の座布団に胡坐あぐらをかき、プルヴィアを手招きした。


「どうしてこっちなんですか?」


 別に嫌がる理由はないので、プルヴィアは素直に武威の隣の座布団に腰掛けた。


「それはプル子の隣に座りたいからに決まっとるべ」

「貴様から話しを聞き取るんだから、普通は貴様がこっちだろうが……まあいい」


 プルヴィアの隣に座れて大そう満足そうな武威の笑顔はかんに障ったが、いちいち指摘していては話しが進まないので、周彦はここは堪えた。


「改めて自己紹介をしておこう。俺は篁周彦。警察局からの出向で階級は巡査だ。隊長が不在の間は、俺が代理としてここを預かっている」


「私はプルヴィア。表向きは明治政府に雇われた外国人通訳という扱いになっていますが、武威様がご指摘なさったように私は、ファーブラと呼ばれる異世界の出身です。異世界の驚異に対応するための相談役として隊に参加しております」


「その辺りの事情、詳しく教えてくれんべか。ワも何年も魔獣退治を続けて来たが、世情には疎くてのう。どういった経緯で、政府が魔獣退治の部隊を作るに至ったんじゃ?」


 魔獣の話題に差し掛かると、これまでの軽薄な態度がなりを潜め、武威の眼光が鋭くなる。常にこうなら苛立たなくて済むのにと、周彦は少しだけ感心した様子で苦笑した。


「それについては俺から説明しよう。貴様も知っての通り、魔獣の存在は古くから確認されている。平安時代に起きた源頼光みなもとのよりみつと頼光四天王による数々の怪物退治や、後年の清涼殿せいりょうでんでの源頼政みなもとのよりまさによるぬえ退治も、異世界からやってきた魔獣退治の逸話だったのではないかと考えられている。その後も散発的に魔獣は出現していたようだが、大きな被害が起きることはなく、いわゆる、妖怪や怪談の類として、一部が現代まで伝わっている。しかし、時代が江戸から明治へと移り変わる動乱の時代を境に、各地で魔獣の目撃情報や被害が顕著に増加し始めた」


「そうじゃな。各地を巡りながら、ワもそれは実感しとった」


 武威が斗南となみ藩で斎藤さいとうと出会う少し前から、魔獣による被害は明らかな増加傾向にあった。去り際に斎藤に意味深な言葉を残したのも、状況の変化を肌感覚で捉えていたからだ。


「そして一年前、事態は大きく動いた。異世界からやってきたプルヴィアと明治政府の接触だ。当時は懐疑的な意見もあったそうだが、彼女からもたらされた情報は、これまでに確認されていた不可解な事件とも合致し、各地での魔獣の目撃証言も続出。以前から藤田さんが魔獣との遭遇を報告していたこともあり、明治政府は異世界の脅威は喫緊きっきんの問題であると認識した。そうして現在の体制へと至るわけだ」


 ここから先の説明はプルヴィアが適任だろうと、周彦が目線で続きを促した。


「異世界の驚異は魔獣だけではありません。武威様は魔獣の背後にいる者たちの存在をご存じですか?」

「魔獣を使役する、黒服を着た連中だべ。何度か出くわしたことがある。連中が何者なのかまでは知らん」


彼奴きゃつらは異世界ファーブラから侵攻してきた、邪教ディルクルム暗黒教団所属の魔術師たちです。こちらの言葉で表現すると、悪神を祀る呪術師たちといったところでしょうか。彼奴らは特殊な術で魔獣を使役し意のままに操る。各地で魔獣による被害が増加し始めた時期は、ディルクルム暗黒教団がこの世界への侵攻を開始した時期と一致します。ただし、全ての魔獣がディクルム暗黒教団の配下にあるわけではなく、野生の魔獣が偶然、ファーブラから日本へと迷い込んでしまう場合もあります。これまで散発的に確認されていた個体に関してはこの、いわば野良の魔獣ではないかと考えられています」


 斗南藩で武威と斎藤が遭遇した牛頭の魔獣ミノタウロスも、ディルクルム暗黒教団とは無関係の野良の魔獣の一体であった。ミノタウロスは凶暴な魔獣だったため人的被害にまで発展したが、異世界ファーブラと異なるこの世界の環境に順応出来ず、人知れず朽ち果てていく魔獣も少なからず存在する。魔獣は死ぬと同時に跡形もなく消滅するので痕跡が残らず、結果として奇妙な生き物の目撃情報だけが残る。これが一部の妖怪や怪談話の正体ではないかと考えられている。


「しかし、黒服共はどうしてこの世界に侵攻してきたんじゃ?」


「それについては、私達ファーブラの人間にも責任があります。異世界ファーブラでは、我が祖国であるメルクリウス王国を中心としたファーブラ連合軍と、ファーブラ征服を目論む、ディルクルム暗黒教団との戦争が何百年も続いていました。そんな長きに渡る戦争にも終わりが見え、ファーブラ連合軍はついにディルクルム暗黒教団に壊滅的な損害を与えることに成功しました。しかし、敗戦濃厚と悟ったディルクルム暗黒教団は密かにファーブラと異世界とを繋ぎ、自由に行き来する術を完成させていた。そしてファーブラ征服に見切りをつけた教団は、新たな征服地の候補を見つけまたのです」


 教団による異世界を繋ぐ術の開発は古くから行われており、平安時代にも教団の魔術師が実験的に当時の日本へと渡り、魔獣による襲撃を繰り返していた形跡がある。そしてそれは、源頼光と頼光四天王の逸話や、源頼政による鵺退治の逸話と次期が一致している。当時は異世界からの襲撃という認識があったか定かではないが、間違いなく時の武人たちによって、この世界の平和は守られていたのだ。


「それがこの明治の世と。確かに黒服共からしたら、この世界の方が征服しやすいかもしれんな」


 魔獣の驚異はこの世界に存在する野生動物を遥かに凌駕している。それを意のままに操り、怪しげな術まで使ってくるとなれば、それはさながら鉄砲伝来を彷彿とし、相手側の優位性を感じさせる。

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