3 - b - 2 自称未来人Ⅱ ーシュレディンガーの猫ー
「私に?」
「うん。理由は禁止だけど」
それが最も知りたい。世界変革でも起こすのか、私は。
「それは、未来に重大な事象をもたらす何か原因のようなことを、この時代の私が為すということでしょうか」
「それも禁止」
ふむ、困ったな。
「では、話を変えます。未来について、なにか証明できることとか、話はありますか? 私はあなたの話を信じたいと思いますが、今のままでは証拠がない」
「証拠?」
「ええ。たとえば2000年に現れたジョンタイターで言えば、2038年問題とか、核戦争の回避のためとか、セルンがどうとか、様々話してますよ。真偽はともかく」
「ああ、なるほど。そっちね」
彼女はそう言うと、スプーンを置いて話しだした。麻婆豆腐はまだ四割しか食べられていない。
「私が未来についていくら話しても無意味よ。証明にはならない。この時代だと、そうだな、多世界解釈って言って通じる?」
「ええと、量子力学か。超弦理論とかの?」
「当たらずとも、遠からず」
「シュレディンガーの猫?」
「まあ、それが一番わかり易いかな」
彼女は再び麻婆豆腐を食べ始める。
「箱の中に猫を入れる。猫は半分の確率で毒によって死ぬが、毒が作動しない確率も同じく半分。蓋を開けるまで猫の生死はわからないってやつ。これは量子力学の観測問題なんだけどーー」
「ごめん、わかりやすく頼む」
「あら、秘密結社同好会さんは世界の秘密は観測してないのかしら」
ニシシ、と彼女は笑った。
「物理学は専門外。難しいんだよ、なるべく平易に頼む」
「わかったよ、ヘイさん。じゃあ、理論とかすっ飛ばしてちょーう簡単に行くね。矛盾とか抜きで。簡単に。一応未来の話に関わるから」
「お願いします」
「猫の話はとりあえずわかった?」
「箱を開けるまで生死がわからないってやつ?」
「そう。そのとおり。これには幾つか考え方があるのね。古典物理学、ニュートンとかの考えだと結論は初めから決まっていることになる。りんごは熟すと木から落ちる、みたいに猫の生死は初めから決まっている。見ている人間が生死を決める変数を知らないだけ。変数っていうのは、毒ガスが発生する仕組みのことだと思えばいいわ。毒ガスの仕組みがわからないから猫の生死がわからないように思っているだけ。仕組みがわかれば生死わかるでしょ、って考え」
「なるほど」
「他の考え方もできるよね。りんごは熟したけど木から落ちなかった場合。例えば猿が食べちゃったとか」
「ふむふむ。毒ガスの仕組みがわかっていても、箱の外から救出作戦を行えば、たとえ猫が死ぬという結末に定まっていても変えられるってことか」
「そう。外からの干渉を考えた場合ね。じゃあ、これは? どっちもありって場合」
どっちも? 生きている場合も、死んでいる場合もあるということ?
「どっちもありのときは世界が最低二つ必要になるの。これが、私が未来を語っても仕方ない理由になる」
※ ※ ※
「世界が二つ?」
「うん。たとえば、私の親とか先祖をこの世界で殺したとするね。そうすると、私は未来に生まれてくることはなくなると思う?」
「はい」
「正解はどっちもあり。生まれない世界もあるし、生まれる世界もあるの。先祖が死んでそのまま時間が経った世界を新しい世界とすると、そっちにあたしは存在しない。この世界だけだと私が世界から消えちゃうわけだけど、現実は私のいる世界もある。それが元の世界。あたしとヘイさんのいる元の世界と、新しく生まれた世界の二つが最低あるって考え」
なるほど、そうか。つまり、玖瑠実氏の生きてきた世界と時間遡行してきたこの世界が同じでは無いということか。未来について話しても、それは別の世界の話。現実に限りなく近いけど、ファンタジー世界、異世界の話と同じ。でも、だとすると……。
「あたしがタイムリープしてきた意味がないじゃないってね? あたしの未来が変わるのでなく、ヘイさんの世界の未来が変わるだけじゃないかって。うん、これには理由があるけどそれは禁止。言えないの」
「まあ、そうだよなぁ」
「そこは秘密結社同好会の皆さんの想像に任せるわ。理屈は概ね簡単にだけど話したし」
「ええ。ありがとうございました。とても興味深い話でした」
「いえいえ。あたしもヘイさんにはまだまだ用事あるから、これからも連絡するね!」
「最重視最重要課題人物、ですしね」
話のすべてを鵜呑みにして受け入れたわけではないが、嘘だと決めつけることのできる証明もない。面白そうならば、暫く付き合ってみるのもいいかと思ったのである。
結論:保留。今後も調査を継続する。
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