029.見られたくない写真


 少し時を重ねた週末の土曜日。

 ずいちゃんがウチにやってきて1週間ほど経過した土曜日だ。


 たかが1週間、されど1週間。

 俺はこの重ねた時で、かなり暮らしが変化してしまった。


 特に変わったのは食生活。

 これまで朝は菓子パン、昼は外食かコンビニで買ったもの、夜はスーパーまたはコンビニ弁当と、勝手気ままな食生活だった。

 しかし今となっては、朝は先に起きてきたずいちゃんの手料理に、昼はずいちゃんお手製のお弁当、夜は一緒に手料理と、食事の全てを彼女に任せてしまっている。

 文字通り、完全に胃袋を握られてしまっている状態だ。もちろん遠慮はしたが、「やりたいだけだから」などと言われたら任せるほかない。


 それによって、俺の身体にも変化が生じた。

 まず目覚めは良くなったし普段気にしていた口内炎がなくなった気がする。

 何より変わったのが、毎日の食費だ。

 まだ1週間程度で計算するには時期早々だが、もし今の状態を続くとなったら相当な食費の削減となる。

 おのれ自炊め……まさかここまで違いが出るとは思いもしなかったぞ……。



 そんなこんなで迎えた1週間ぶりの土曜日。

 俺は一人、いつもどおり電車に揺られてそこそこ大きな街へと繰り出していた。

 ずいちゃんといえば土曜日なのに学校へ。どうやら転入した学校での事務作業が残っていたらしい


 寒さがどんどん増してきた12月の上旬。

 まだ12月に入って2~3日しか経過していないが街中はすっかりクリスマスムードへ早変わりしてした。

 ところどころ店に緑色のリースが飾られていて、少し気の早いところではもうクリスマスツリーまでもが置かれている。


 そんな光景を横目に歩いていると見つかる、シンプルな看板が立てかけられたお店。

 茶色いシックな看板を確認して中に入ると、制服を身にまとった店員さんが迎えてくれた。


「いらっしゃいませ! お一人ですか?」

「いえ、待ち合わせをしてまして。……橘と申しますが」

「はい、橘様ですね。 伺っておりますのでどうぞこちらへ」


 スムーズな進行でグングンと店の奥へと進んでいく。

 いくつもの個室を抜けた最奥地。店員さんはそこで止まり俺に入るよう促してくる。ここか……。


「失礼しまーす……よかった。ちゃんと居たんだね」

「あら、早いじゃない。 まだ時間には余裕があったのに」


 開けた扉の目と鼻の先。目当ての人物はそこに居た。

 俺が店員さんに促されるまま扉をくぐると、こちらに背を向けるような形で座っている美汐ちゃんの姿が。

 彼女は俺の存在に気がつくと、読んでいた本を閉じて振り返る。


「思ったよりも早い電車に乗れてね……。 あれ?メガネ?」

「これ? 勉強するときとか読書する時はどうしてもね。ネット活動の影響かしら……最近視力落ちちゃったのよね」


 振り返った時に見えた彼女は、いつもと違うメガネ姿だった。

 細い、シンプルな形の赤いメガネ。普段から美人な彼女だ。メガネまでかけられると理知的な雰囲気が増して仕事をバリバリこなすような印象を受ける。


 俺が向かいの椅子に座ると眼鏡と本を片付けいつもの姿に。

 今日の彼女の私服は随分と楚々としたものだ。

 フリルデザインの黒いブラウスに膝丈までの白いタイトスカートと、以前見た格好と比べても一段と大人っぽい格好。


「……あなた、よく私をジッと見てくるわね。」

「えっ? あ、ごめん!随分と大人っぽいなって思って……」


 思わずその姿をジッと見つめすぎていたようだ。

 慌てて視線をそらしつつ水を口にすると、彼女の含み笑いが聞こえてくる。


「ふふっ……。そう言ってもらえるとオシャレしたかいがあったわ。 だって年上の男性とデートですもの。ちょっとは大人っぽく見せなきゃね」

「なっ…………!? デートだなんて!そんな……!!」

「冗談よ。冗談。 でも、あなただってちゃんとオシャレしてくれてるじゃない。 格好いいわよ」


 まさかの”デート”との言葉に驚いて思わず席を立つも、すぐに訂正が入って落ち着きを取り戻す。

 まったく……。そんな気はないとあれだけずいちゃんに念を押したのに、美汐ちゃんから言われるとこっちもドキッとするじゃないか。

 俺の格好はコートを脱げばシンプルにチノパンとシャツとシンプルなもの。しかしそんな事を言われたら勘違いしてしまいそうになる。



 今日、俺は土曜日という休日を利用して街中のとある喫茶店を訪れていた。

 その目的はもちろん、目の前にいる美汐ちゃんとデート……ではなく以前交わしたカフェ巡りの一環。


 本当はずいちゃんも来たがっていたが、どうしても学校に行かなければならず断念。

 「デートじゃないよね?」と何度も念押しされるずいちゃんを宥めつつ、なんとか家を出たのがさっきのことだ。



 俺がメニューを見て注文するものを決めると、彼女は既に決めていたようで現れた店員さんに手短に伝えていく。

 そうして向かい合った個室で2人きり。無言の空間になんだか気恥ずかしくなって辺りを見渡していると、ふと彼女の瞳がジッとこちらを捉えていることに気がついた。


「…………美汐ちゃん?」

「ん?」

「その……なんでジッと俺の方を?ご飯粒でも付いてた?」


 今日の朝ごはんはシンプルにご飯と焼き魚等という、ザ・和食。

 ずいちゃんの手によって昨日までよりご飯が1.5倍くらい多くよそわれた気がしたが、きっと偶然だろう。


 冗談交じりで問いかけると彼女は苦笑しつつ首を横に振る。


「いいえ、瑞希ちゃんが学校で散々言ってるものだから、どんなものかなぁって」

「散々って、なんて?」

「えっと、『洗い物してくれるお兄ちゃんがかっこいい』とか、『よだれ垂らして寝てるお兄ちゃんが可愛い』とか。写真付きで」

「――――!?!?」


 ちょっとずいちゃん!!!

 なんてこと教えてるの!?


 一応月曜夜に知ったことだが、ずいちゃんと美汐ちゃんはなんと同じ高校の同じクラスだったのだ。

 もちろん知り合いだった2人は学校でもすぐに打ち解け、今では行動を共にする仲らしい。


 クラスメイトな以上ある程度俺のことも伝わっているのは覚悟していたが、まさか写真まで撮られていたとは……!帰ったらすぐ消してもらおう!


「そんな頭抱えなくても言うほど変なものじゃ無かったわよ」

「いやでも、ヨダレ垂らして寝てる写真って、変すぎるでしょ」

「そうかしら……可愛かったわよ?」

「美汐ちゃん……」


 口元に指の腹を当て妖艶な笑みで向けられるさまは、明らかに何か含んでいるようだった。

 女の子の言う可愛いって色んな種類があるからなー。昔はキモカワなんて言葉も流行ったし、可愛いの一言に色々な意味が込められすぎる。

 その上寝てる俺なんて、絶対アホ面晒してる自身がある。だから単純な可愛いではないという自身はある。


 真意の分からぬ笑みに冷や汗を垂らしながら苦笑いを浮かべていると、ふと扉がノックされやってくる、商品を伴った店員さん。


 テーブルに並べられるのは今日の目的であるコーヒーと、それに合うデザート。

 どうやら彼女が選んだのはチョコケーキのようだ。俺の選んだフルーツタルトも両方、写真と違わぬ美しさで思わず喉が鳴る。


「まぁ写真のことはいいじゃない。 ほら、食べましょ。それとも、また”あ~ん”してほしい?」

「い、いらない! また口利いてもらえなくなるし!」

「ふふっ。 あれについてはごめんなさい。つい口が滑っちゃったわ」


 火曜日。

 俺が仕事を終えて家に帰るとふくれっ面のずいちゃんが俺を迎えて……くれなかった。

 何故か怒っているずいちゃんと意味のわからない俺。なんとか理由を聞き出すとどうやら学校で”あ~ん”をしたことを美汐ちゃんから聞いたらしい。

 そしてしばらく1時間口を利いて貰えなかったあの寂しさ。あの日はなんとか許してもらえたがまた同じことになったら、今度はどれだけ口利いて貰えなくなるかわからない。


「いいよ。許してもらえたし。 ほら、早く食べよ」

「そうね。 でも一切れ貰えないかしら。そっちもなんだか興味が出てきたわ」

「はいはい」


 俺は空いた皿をこちらに差し出されるのに合わせて一口大に切ったタルトを置いていく。

 そして同じく切られたチョコケーキを受け取った俺たちは、互いにデザートとコーヒーに舌鼓を打つのであった。

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