027.本日の条件


「そういえば聞きたかったことがあったのだけれど」

「ん?」


 ガタンゴトンと揺れる車内。

 わずかながら上下左右に揺れる電車にて、ふと隣の少女が声をかけてくる。


「あなたって結局瑞希ちゃんのことどう思ってるわけ?」

「どう、とは……?」


 臆面もなく問いかけてくる彼女に、一応ながら問い返す。


 ここは電車の中、喫茶店に行った帰り道。

 俺と彼女の家は隣同士、当然帰り道も同じもの。

 飲み会帰りの気まずい会社関係者のような敢えて電車の時刻をずらしたり車両を変えるなどという工夫など凝らすこともなく。

 一緒の電車に乗り、一緒に椅子に座って最寄り駅までの道を一緒していた。


 そんな美汐ちゃんがフワリとその三編みを揺らしながら視線を移動する。

 それはまさに「分かっているでしょう?」と言外に言っているようだった。


「……確かに女の子として意識してるけど、それはあくまでずいちゃんに限ったことじゃないし、そもそも妹って感じだね」

「そう……。じゃあ瑞希ちゃんもおんなじ気持ちかしら?」

「そうだと思うよ? 本人じゃないからわからないけど」


 当然、俺は彼女じゃないからわからない。

 しかし不用心に男の一人暮らしの部屋で数日過ごしたり、一緒のベッドで寝たりするのはどう見ても家族同士のそれだった。

 年の差もあるし、やはり彼女にとって俺は気楽に接することができる兄という位置づけなのだろう。むしろそうでないと年頃の子があんな無防備に接するわけがない。


 でも、会って早々反抗期全開じゃなくてホント良かった。

 気づいたら反抗期真っ盛りだなんて、俺の胃が死んでしまう。


「ほら、ずいちゃんって歳の割にちょっと子供っぽいところがあるし、昔一緒に遊んでた感覚と同じなんじゃない?」

「年の割にって……比較対象は?」

「そりゃあ美汐ちゃんだけど」


 年頃の女の子。

 当時の記憶が鮮明なら多少比較はできたかもだが今の俺には当時のクラスメイトがどんなだったかすっかり忘れてしまっている。その上世代も違えば価値観も違うだろう。


 今の女の子で関わりがあるとすればずいちゃんと美汐ちゃんの2人だけ。

 確かに美汐ちゃんは明らかに大人びているように見えるが、それを差し引いてもずいちゃんの子供っぽさは当時のままだ。たぶん。


 ずいちゃんには悪いが当たり前の事を口にしたつもりだけれど、それを耳にした美汐ちゃんは随分と不思議そうな顔をしていた。


「美汐ちゃん?」

「……いえ、なんでもないわ。 じゃあ次の質問いい?」

「え? あ、うん」


 なんだろ。ちょっと不完全燃焼感。

 彼女が不思議そうな顔をしたのも一瞬だけのこと、すぐに何か理解したように目を伏せた。

 それにしても質問は続くのね……まぁいいけどさ。


「さっきの……私と会う前まで一緒にいたスーツの人は誰? あなたの彼女?」

「彼女ぉ!?」


 唐突な、思いもよらぬ問いかけについ声を上げてしまう。

 ここは喫茶店でもなければ自宅でもない。電車という密室で声を上げたせいで多数の目がこちらに向けられるが、すぐに興味を無くしてスマホに落とす。

 危ない危ない……びっくりして変な声出ちゃった。電車なんだから気をつけないと。


「なっ……なんでそんな、彼女にだなんて……」

「だって下の名前呼んだりして仲良くしてたじゃない。 瑞希ちゃんが違うならあの距離感、まさしく彼女って感じだったわよ」

「いやね、あれはただのイタズラだから。あの人は今日会社に入ってきた新人。完全に初対面だよ」


 同郷という共通点はあったけど。

 それでもあの子に見覚えはない。殆ど学生時代の記憶はないが、ちょくちょく話した女の子の顔くらいは見れば思い出すくらいの頭をしているつもりだ。


 ありもしない話に肩をすくめて否定すると彼女は何か考えるように唇に手を当ててみせる。


「おかしいわね……あの距離感は明らかに恋人のそれだったのだけれど……」

「美汐ちゃんが見たのって駅での一瞬でしょ? イタズラなのだし見間違えたんじゃない?」


 一日見ていたならともかく、あの一瞬を切り取ったのなら見間違えというのも十分あり得るだろう。

 そもそも初対面で女の子が恋に落ちるなんて都市伝説、俺に適応されるのなら24になる今まで告白回数すら0になるわけがない。

 だから、彼女のそれは勘違い以外ありえない。


「私の勘って結構当たるのだけれど……まぁ、そういう時もあるかしら」

「そうそう、気のせいでしょ。 ほら、駅ついたよ」


 彼女の予感は気の所為だと結論づいたところで徐々にスピードを下げていく電車。

 それは我が家の最寄り駅に着いた合図。後は数分歩いて家にたどり着くだけだ。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 暗い、寒さを伴う闇夜の下。

 雪が降るほど寒いというわけでもなく、かといって厚着をしなければ凍えてしまいそうなほど寒い12月直前の世界。

 仕事が終わった時は辛うじて見えていた太陽はどっぷりと沈んで街頭がなければ歩くのもままならないほど。

 俺たちは無言で部屋までの数分を歩いていく。ずいちゃんが待っている、あの部屋まで。


「……ねぇ」


 話すことも無くなった結果静かに、それでも付かず離れずの距離を着いてきていた彼女は、あとは階段を登るだけというところで話しかけられる。


「どうしたの?」

「帰り着く前にどうしても言いたいことがあって……」


 そう下を向きながら話すさまは、何やら深刻そうなもの。その雰囲気に圧されて思わず俺も足をかけていた階段から離れて彼女と向かい合う。

 えっ……なに?突然、最後の最後でその雰囲気……。何か隠してたことでもあったの?


「えっと、言いたいこと……って?」

「ホントは喫茶店入る前に言っておくべきことだったんだけど、ここまで引き伸ばしにしちゃったわ。 だから帰る前に、言わなきゃ……」


 顔を上げたその表情は真剣そのもの。決意に満ちた彼女は一歩、また一歩と足を踏み出して俺の目の前へとたどり着く。


 古くなったライトの下、真っ直ぐ俺の瞳を見つめてくる彼女。

 その茶色の瞳が一瞬ブレ、逡巡したかのように思えたがすぐに見つめ直して決意を新たにする。


 彼女は一体何を言おうとしているのか――――まさか、告白か?

 告白。好きな相手にその気持を伝えること。出会って数日、まだ初対面にほど近いが無いとも限らない。

 さっき宇納さんに対してはありえないと断じたものの、そのまさかの感情に思わず俺の心は一段と高鳴る。


 そして彼女が言葉を発しようと口をゆっくり開くのを俺は固唾を呑んで言葉を待つ――――


「――――あのね、その……今日喫茶店行ったじゃない?」

「あぁ……」


 ホントはその時に告白を……という流れか!?


「ホントはね、行くにあたって瑞希ちゃんに許可もらったって言ったんだけど、実はね……」

「…………ん?」


 ずいちゃんの、許可?

 確かにそんなこと言ってた気がする。だから俺も普段より遅い時間までゆっくりしてたけど。

 なんだか、不穏な流れが……


「その時の交換条件として、あなたには今日から1週間瑞希ちゃんと一緒のベッドで寝るのが条件だって言われて……その……ごめんね?」

「…………? いっしゅう……?」


 あまりに予想からかけ離れていた言葉に、思わず語彙が消失してしまった。

 えっと……つまり、許可もらったって言ってたけど、その交換条件として俺がずいちゃんと一緒のベッドで寝ると……?


 あれ、つまり今日も昨日と同じく、ずいちゃんは俺のベッドで?しかも条件として履行された以上、拒否権なし?


「昨日も一緒に寝たって聞いて驚いたわ……。 女の子として見てるっていうあなたにとっては辛いかもしれないけど……そういう優しいとこ、格好いいわよ」

「…………」


 「お休み!」と。

 控えめに笑みを浮かべられ俺の脇を通り過ぎていっていく彼女はそのまま部屋の扉をくぐる。

 取り残されるのは俺一人。


「まじかぁ…………」


 反抗期の気配すらなく、ひたすらに甘えてくるずいちゃん。

 俺は今も自室で待っているであろう甘えん坊の彼女を思い出し、恥ずかしさと嬉しさの入り交じる複雑な感情の中、自室へと向かっていった。

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