010.カフェ。そして再会


「――――はい。問題ございません。お届け予定は明日の午後となっております」

「明日か……早いな。 ではそれでお願いします」


 買い物を終えた俺たちはそのまま配送カウンターにて必要書類を書いて依頼を行う。

 結局ずいちゃんが買ったベッドは、あの時言い争っていた時に俺が座っていたベッドを選択した。


 お値段控えめの、コスパ重視のシングルベッド。

 ダブルでないことに心底ホッとしたが、タンス付きの多機能ベッドじゃなくて良かったのだろうか。

 買う直前に問いかけても「あたしあんまり物欲ないから」と言われてしまったが人は時が経つと自然に物が増えていく。いずれ俺の元から去って行くことも考えているんだろうか……それは自立するという意味で嬉しいことなんだけど、なんだか寂しいな。


「どうしたのお兄ちゃん? また辛そうな顔してる……。やっぱりあたしが住むの迷惑だった?」


 どうやら寂しい気持ちがまたも顔に出てしまったようだ。

 ふと視線を下げると心配そうに見つめるずいちゃんの見上げる顔が。

 そうではないと、俺は小さな頭に手を乗せる。


「全然、むしろ嬉しいよ。 ただいつかはずいちゃんも卒業して、俺の部屋を巣立つのかなぁって寂しくなってね」

「なになに? もしかしてあたしと一生暮らしたいって?もうっ、お兄ちゃんったら欲張りなんだからぁ。でもそこまで言うなら――――」

「あぁ、美味しい料理が食べられなくなるからね」

「――――別に一生でも……………って、料理!?あたしの役割って料理だけなの!?」


 本音を言ったらそう返って来るのが分かっていたからあえての返事。

 そんな俺の言葉に目を丸くした彼女は確かめるように念押しして問いかけてくる。


「ほらっ、もっとこう……一緒に居て楽しいとか!幸せな気持ちになるとか、料理以外になにかない!?」

「料理以外か……あ、まだあった」

「よかったぁ。 お兄ちゃんったら、あたしのこと大好きなんだか――――」

「ほら、昨日見た時掃除もすっごく綺麗になってたからさ、そういうのとか」

「も~~~~!!!」


 この流れでは当然出すであろう、期待を裏切るような言葉を受けて彼女はポカポカと俺を叩いてくる。

 あぁ、痛いどころか気持ちいい。もっと横……そ、そこっ! あ~、いいマッサージだ。


「えっと……よろしいでしょうか?」

「あ、はい。すみません」

「では、こちらが控えになります。何かございましたら記載されている電話番号におかけください」

「はい。ありがとうございました」


 ずいちゃんから抗議の拳マッサージを受けていると、ふと話しかけてくる店員さんから控えをもらう。

 さて、これでこの店でやることも終わりだ。小物も全部送ってもらえるみたいだし、あとは手ぶらで帰るだけ。


「それじゃあずいちゃん、帰ろっか」

「む~……。 あたしはまだ怒ってるんだからねぇ~」

「ごめんごめん。 ちょっとからかっちゃった」

「きゃっ……! えへへぇ…………」


 いつの間にか拳が止まっていたずいちゃんに話しかけると、その視線は睨みつけるように見上げてくるも、いかんせん慣れていないせいかただ可愛いだけだ。

 そんな彼女の頭に手を再度乗せて優しく撫でると気持ちよさそうに目を細める。


「って、そうじゃないっ! お兄ちゃん、あたしは怒ってるんだよっ!」


 けれどすぐに我に返って頭の手が降ろされてしまった。

 失敗か。小学生の頃はこれでどうにかなったんだけどなぁ。


 でも、これでもダメならどうやって機嫌直してもらうか……


「あたしの機嫌を直したかったら……これっ! ここのケーキを奢ることっ!」


 俺がこれからどうしようか考えたのも束の間。彼女は自らその答えを提示してくれた。

 ポケットからスマホを取り出して見せつけてくるのはお店の紹介サイト。そこはここからほど近い喫茶店だった。俺も入ったことはないが、評判も悪くなさそう。


「ここに……行きたいの?」

「うんっ!」

「しょうがないなぁ。 ケーキも一個だけだからね」

「やったぁ! お兄ちゃん大好きっ!!」


 さっきまでの怒り心頭から一転。パァッと花咲く笑顔になった彼女はそのまま人の目をはばかること無く俺の腕へ。

 またも目があるうちにと、離れるよう言おうと思ったがその笑顔を見て何も言えなくなってしまい、俺も彼女とともに喫茶店へ向かうのであった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「うっわっ…………」


 そうしてやってきた喫茶店。

 そこは俺たちの想像を超える光景が待ち構えていた。


 茶色を基調としたオシャレな外装。窓から見える店内もシックな感じでスタンダードな喫茶店と言えるだろう。

 店頭に置かれたメニューの書かれた看板もネットで見たのと同じくリーズナブルな商品がいくつか書かれている。

 立地も大通りから一本離れたところでかなり良いと言ってよく、ここは繁盛するなと確信が持てる店構えだった。


 …………しかし、それにしても限度がある。

 俺達がたどり着いた時には既に店内は客でいっぱいになり店の外まで列ができるほど。並ぶ客層もカップルだったり一人だったりと様々だ。

 確かに繁盛するとは思ったが、まさかここまでとは……。


「どうする?ずいちゃん。 このまま行く?」

「もちろんっ、行くよっ!」

「……やっぱりね。 了解」


 わざわざおねだりまでしてくるほどだ。きっと事前に調べて楽しみにしていたのだろう。

 彼女に諦めるという選択肢は無いようで俺の手を引きながら列の最後尾にたどり着く。


「お兄ちゃん、このくらいの列ってどれくらいかかるかわかる?」

「どうだろうね……ラーメン店は並んだことあるけど喫茶店はなぁ……少なくても30分は覚悟してもいいんじゃない?」


 いくら都会でも並ぶ喫茶店は初めてだ。みんなゆったりするのが目的だろうし時間なんて想像ができない。

 前に並んでいるのはおよそ3組。適当だが30分から1時間だろうか。


「そっかぁ……」

「大丈夫?」

「もちろんっ! ここってね、ケーキがすっごく美味しいらしいのっ! 楽しみだなぁ……」


 けれどずいちゃんにとっては並ぶのも一種のスパイスのようだった。

 目を輝かせながらスマホの写真をスライドさせていく。確かに見た目も綺麗で美味しそう。


「ちなみにずいちゃんのオススメは?」

「ショートケーキ! ……なんだけど、お兄ちゃん、チーズケーキも食べたいから一緒にわけっこしない?」

「あぁ、もちろん」

「ありがとっ! それじゃあ飲み物は何が……ってあれ?」


 ふと彼女が俺を通り越して背後、店の扉の方へ向いたことに気づいて俺も振り返る。

 そこには一人の店員さんが。前から一人ひとり話しかけていって何かを説明……いや、交渉しているようだ。


「なんだろ……」

「さぁ、次俺たちの番だしその時わかるよきっと」


 小声で話しているようで声は聞こえないが、前の人が横に首を振ったのを見て店員さんはそっと離れていった。

 次にターゲットにしたのは当然後ろにいる俺たち。店員さんは申し訳無さそうに話しかけてくる。


「すみません。 只今非常に混雑しておりまして2名以下のお客様に限り相席をお願いしているのですが、構いませんか?」

「相席か……」


 なるほど。確かに店内は人でいっぱいだし相席は合理的な手段だろう。でも他の人と一緒にか……。


「ずいちゃん、どう思う?」

「おにいちゃんが構わないならあたしはいいよ~」

「ん。 それじゃあ、相席でお願いします」

「ありがとうございます! それでは、こちらです」


 俺たちは並んでいた列から離れ、店員さんの誘導に従って店の中へと突入する。

 やはり店内も繁盛していた。どこのテーブルを見ても人が一杯で入る隙がない。さて、どこに連れて行かれるのか……


「お客様、相席のお客様を連れてきました。 申し訳ございませんがよろしくおねがいします」

「あぁ、はい。 わかりました」


 店員さんに連れてこられたのは入り口からは死角の、店の隅にあるテーブル席だった。

 4人がけのテーブルに女の子が一人。彼女は俺たちを伴ってきた店員さんに話しかけられるとその視線を俺たちに向ける。


「あなたたちは……」

「へっ? あっ…………」


 彼女が小さく声を上げると、俺も声を上げてしまった。

 相席として誘導されたテーブル席。そこに既に座っていたのは、さっきのお店でベッドを買いに来ていた女の子だったから――――。

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