011.秋の味覚フェア
「このイチゴたっぷりショートケーキとぉ……チーズケーキ! あとオレンジジュースとホットコーヒーくださいっ!」
「――――かしこまりました。 少々お待ちくださいませ」
メニューを持ったずいちゃんの言葉に、店員さんが復唱した後一礼して去っていく。
店内は、シックな雰囲気と音楽で心地の良い空間へと仕上がっていた。
辺りを見渡すと客こそ多いもの、メニューのラインナップからか少々若めの客層が多く、内装は少し古めのノスタルジックなもので統一されていた。
華やかなメニューに昔ながらの雰囲気。そのギャップからか色々なところで写真を撮っている音が聞こえてくる。
「お兄ちゃん見てみて!秋の味覚フェアだって! モンブランにさつまいもパフェ……スイートポテトもある!」
肩を寄せながら見せてくるページはどれも確かに美味しそうな写真で敷き詰められていた。
ずいちゃんが言ったデザートに加えてアップルパイやかぼちゃプリン、果てにはきのこパスタまでも。
なるほど、たしかに季節モノとはいえ凝っている。特にデザートが力強いのか。どれも美味しそうだし、これは客が来るのもわかる気がする。
「ホントだ……。でも、ずいちゃんが注文したのは限定じゃなくて普段売ってるやつたけどよかったの?」
「あたしもまさか季節メニューがあるだなんて知らなくってびっくりしちゃった。結局評判の良かったショートケーキにしちゃった! でもちょっとこっちにしたほうが良かったかなぁって思っちゃったり……」
えへへ……と頬を掻きつつも視線は食い入るように特集ページを見つめている。
可愛い妹のため、できれば全部堪能させてやりたいが……
「全部頼んでもいいけど、太っても知らないよ?」
「わっ……わかってるよぉ! わかってるもん……全部食べられないことくらい……」
きっとこのページのデザート全部となると、俺でも胃袋的にキツイ。
彼女もカロリー的な意味でも胃袋的な意味でもそれが分かっているようで一瞬影を落とすが、フッと息を吐きながら今度は楽しげな表情に変わっていく。
「でも頼んだケーキだって楽しみだよっ! まだかなぁ・・早く来てくれないかなぁ……」
ブラブラとメニューを眺めながら足を揺らす姿はまさしく昔と変わらない。何か楽しみがある時の動作だ。
何年ぶりに会ったというのに昔と変わらぬ姿を見て微笑ましく見守っていると、ふと正面からの視線に気づいて俺も目を向ける。
「ねぇ……」
「うん?」
「コーヒー、好きなの……?」
「……えっ?」
ジッと俺たちを見つめていた声の主である正面の少女は、静かな声でそう問いかけてきた。
ビックリした。まさか話しかけられるとは。
マスクでうまく表情を読み取る事はできないがおそらく無表情で、こちらの様子を伺うようなそんな気がする。
「コーヒー頼んだのはあなたでしょう? だから好きなのかなって……」
「あぁ、そうだけど……。 好きかどうか聞かれたら普通かなぁ」
別に、毎日コーヒーを飲まないと支障をきたすようなカフェイン中毒でもない。
ただ眠気覚ましを兼ねて飲んでいるだけだ。
しばらく一人で過ごしてきた社会人生活。
朝の弱い俺にとって週5で毎朝早く起きなければならないのは、遅刻が許されないのはなかなか苦痛だった。
そんな折、眠気覚ましにと手を出したコンビニコーヒー。最初はカフェイン目的で砂糖をドバドバ入れて飲んでいたが、慣れた今となっては無事ブラックで飲めるように。
だから好きか嫌いかと言われたら若干好き寄りだがそれでも普通圏内。それを聞いたということは、彼女は好きなのだろうか?
「……ここはね、ケーキの他にコーヒーも初心者に飲みやすくって人気なの」
「へぇ、そうなんだ」
「舌の肥えた大人たちには物足りないだろうけど、それもあって若い人たちには人気みたい。 まぁ、私も初めて来たけどね」
「それは良かった。随分と詳しいんだね」
「別に……調べたらすぐ見つかっただけよ」
彼女は少し恥ずかしそうに、スッと視線を外して窓の外を見る。
コーヒー美味しいのか、よかった。
何も考えず、ちょっとだけずいちゃんへの見栄でコーヒー頼んじゃったけどマズイって評判だったら悲しいことこの上なかった。
常連かと思ったが初めて店に来たのか。随分と下調べをしてきたらしい。
ジッと窓から外の景色を眺める横顔。
その思いは憂いなのか退屈なのか、アンニュイな表情を浮かべていた。
きっと彼女は可愛いより美人と表現するほうが適切なのだろう。下半分の見えない顔だが、それでもそう思わせるような雰囲気と印象を感じ取った。
しかし、あまりに俺が彼女を見ていたせいか、チラリと外を見ていた視線がこちらへと向く。
茶色の真っ直ぐな目に少し戸惑ってしまったが、彼女はそのまま顔をも動かして再びこちらへと向き直る。
「……結局、あなた達はどのベッドを――――」
「ねぇねぇ! あなたは何を頼んだの!?」
目の前の彼女が問いかけようとした瞬間、かぶせるように口を開いたのはずいちゃんだった。
前のめりになりながら輝かせた目で。もうケーキが待ちきれないとばかりにテンションもかなり高くなってしまっている。
「わっ……私……?」
「うんっ!」
「私は……別に普通よ。ケーキとコーヒー、それだけ」
少し戸惑いながら答えたからか、少女の口調は少しぶっきら棒気味。
一方でずいちゃんはその答えに驚きを示したのは「はぇ~」と息を巻いた。
「すごいなぁ……コーヒー、飲めるんだぁ……」
「……親の影響でね。 クラスでも飲めない子が大半だしあんまり気にしなくていいのよ」
「うん……でも凄いよっ! ねぇ、あなた名前は!?」
「私……?
凄いな……。
ずいちゃんの距離の詰め方がすごい。
名前聞こうと思ってはいたものの、相席になっただけだし次会う機会もないからと思って口に出さないでいた。なのにこうやって真っ先に聞いてくるとは。
これがボッチとそうでない者の差か……!!
「美汐ちゃんかぁ……。これからよろしくねっ! あたしの名前はねぇ――――」
ずいちゃんが自らの名前を告げようとしたが、それは彼女の手によって遮られてしまった。
手をこちらに掲げてずいちゃんの言葉を止めた彼女は、フッと笑みを浮かべながらその続きを告げる。
「――――ずいちゃん、でしょ? よろしくね」
おぉ……。知っていたのか。
てか、さっきまで目の前で会話し、更にベッド買うときも話していたからそりゃ当然か。
先回りするように言い当てられてずいちゃんが驚くのも束の間。すぐに首を横に振って「も~!」と怒りの様相を表してくる。
「その呼び方はダメだもんっ! あたしの名前は瑞希!津野 瑞希だからそう呼んでっ!」
「……瑞希ちゃん?」
「うんっ!」
「……あぁ、そういうこと。 わかったわ。よろしくね、瑞希ちゃん」
突然の怒りを目にした少女は一瞬だけ面食らったが、すぐに何か理解したように本来の名を口にする。
え、ずいちゃんって呼び方ダメなの?俺あんなに散々呼んでたんだけど、もはや許されざる存在になってない?
「うんっ! それでベッドだけどねぇ……美汐ちゃんと同じベッドを買ったよ!」
「あら、そうなの? てっきり言い争ってたダブルベッドにしたものかと思ってたわ」
「それがあたしも良かったんだけど聞いてよっ! お兄ちゃんったらねぇ――――」
「――――お待たせ致しました」
ずいちゃんがさっき店で会った出来事をプリプリと怒りながら愚痴りそうになったものの、スッと横に現れた店員さんの声で止められた。
店員さんが伴ってきたのは商品を乗せるおしゃれなカート。そこには沢山注文が入ったのであろう季節限定の商品が所狭しと並んでいる。
「ご注文の品をお持ちしました」
「すっごぉい……秋のケーキもすっごく美味しそう……! 美汐ちゃんはモンブランを選んだんだね!」
「いえ……私は…………」
店員さんがテーブルに置いたのはホットコーヒーとモンブランとシンプルなもの。
なるほど、実物でも写真と変わらない、凄く美味しそうだ。
しかし少女は何かを言いかけるに留まった疑問は、この後すぐに解けた。
店員さんはモンブランだけに留まらず、さつまいもパフェやスイートポテト、最終的にはパフェまで。まさに季節限定のデザート類をコンプリートする勢いでカートからテーブルへと移し替えていく。
「お二人のご注文はもうまもなく届きますので、少々お待ち下さい」
一礼して去っていく店員さんの声を聞きながら俺たちの視線はテーブルに敷き詰められたデザートと少女の顔へ。
彼女は自ら着用していたマスクを引っ張って目元まで持っていきながら、顔を赤くして覇気のない睨みを向けてくる。
「何よ……!私だって気になってたもの……全部食べちゃっていいじゃない……!」
それは間違いなく、彼女一人で全てを注文したという証左。
俺はただ呆然と、その光景を見ているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます