009.ベッド論争
今日の最初の目的地、家具を中心としたインテリア小売店。
全国各所に存在し、値段もリーズナブルなことから都会に出てくる当時もお世話になったお店だ。
新しく人が住まう事になった今回もそのお店の出番。実家の生活圏にもあったからずいちゃんにとっても親しみやすいことだろう。
店内は土曜日ということもあって家族連れが多く、そこかしこでザワザワと楽しげな話し声が聞こえてくる。
大丈夫かな……ちゃんとずいちゃんの兄に見えてるだろうか。もし誘拐犯とかと見間違えられたらもう……生きていけないっ!
「どうしたの? そんなキョロキョロして」
「いや……ちゃんと兄っぽく見えてるかなって……中学生を誘拐した大人として通報されてないかなって」
「むしろ周り気にするほうが不審に見えて通報されるんじゃないかなって、あたしは思うんだけどなぁ……」
確かにそれは一理あるっ!でも堂々としてるうちに通報されてることに気づかなかったら誤解を解く暇もないじゃん!
エスカレーターの隣で呆れているずいちゃんの姿が見えるが俺は構わず辺りを見渡し続ける。
「む~! それならお兄ちゃん、これならいいでしょっ!」
「わっ……! ちょっとずいちゃん、ここ店内だからダメだって……」
ピッタリと肩を触れさせるくらい引っ付いていた彼女は、突然俺の手を取って自らの手と絡まらせる。
それは店に来る前と同じ状況。恋人同士が繋ぐような手の絡ませ方。
さすがに店内では悪目立ちするからって控えてもらったのに……!
「少なくとも、これだったら誘拐なんて誰も思わないでしょっ!見えてイチャイチャするカップルくらいだし!」
「いや、どう考えても年の離れた兄離れできない中学生の妹の図でしょ」
「え~!そんな事無いよ~! お兄ちゃんのイジワル~!」
俺は年相応に見えるらしいが、彼女は身内の目からしても中学生ってところだろう。
そんな2人が手を繋いでいたら兄妹にしか思われない。高校生に見えたとしても同じ結果だろうけれど。
でも、そんな抗議してくる彼女を見て俺も少し緊張が解けた気がする。
いつの間にか自然体に彼女の言葉を返せるようになっていた。
「ベッドと掃除道具は買うとして……ほか何か必要なものはある?」
「大体あたしは中学じゃなくって高校―――――」
「…………? どうかした?」
話の軌道修正したにも関わらずまだ抗議を重ねようとしていた彼女は、ふと何かに気づいたようにエスカレーター下を振り向く。
不思議に思って俺も視線を向けるも普通に買い物に来たお客さんが数多くいるだけだ。
「いや……なにか視線感じちゃって……」
「視線ねぇ……ずいちゃんがこうやって手を繋ぐから場違いだって怒ってるんじゃない?」
「え~!? そんなことないよぉ!あたしとお兄ちゃんの愛の糸はどこだって場にふさわしいもんっ!」
なんだその理論。
まぁ、いいや。そうこうしているうちに目的の階に着いたようだし、レジが混む前に買い物済ませてしまわないと。
「はいはい、さっさと買い物しちゃいますよ~」
「そんな恥ずかしがっちゃってぇ。あたしにはお見通し――――ってあれ? お兄ちゃん、カート要らないの?」
「えっ、必要だった?」
適当にカゴだけもって奥に向かおうとすると、引き止めた彼女はカートを示す。
そんなに買うかなぁ?掃除道具といってもたかが知れてると思うんだけど。
けれど彼女の考えは違うようで、ギュッと繋いだ手を引っ張りながらこちらに三指を立てて見せてくる。
「お兄ちゃん、女の子について詳しくなさそうだから教えておくね。インテリアと雑貨とお洋服!この3つのお店に行ったら簡単に帰れるとは思わないほうがいいよっ!」
「簡単にって、そんなに買うの……!?」
「あ、お金は心配しなくていいよ。あたしも生活費としていくらか手持ちあるから」
お金の意味ではなく、量的な意味で。
けれどふと視線の逸れた彼女の視線の示す先はクリスマス特設コーナーという明らかに買う予定の無い方向だ。
「さっ、いこっ!お兄ちゃん! 目指すは閉店までにこのお店を余さず見ることだからねっ!」
「これは……結構かかりそうだなぁ」
心做しか今まで以上にテンションの上がったずいちゃんに引っ張られながらカート置き場に向かっていく。
これはただ事じゃ終わらなさそうだと、嬉しそうな彼女を横目に苦笑するのであった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「ふぅ……疲れたぁ……」
「お疲れ様お兄ちゃん。 連れ回しちゃってごめんね?」
彼女に引っ張られてからの1時間弱。
俺たちはあっち行ったりこっち行ったり、はたまたフロアを変えたりして余すこと無く店内を見て回った。
カートの中にはギッシリと小物が乗せられている。
どうも季節品など不必要な物は選ばずに必要なものだけを選んだだけでここまでの量になったらしい。
確かに収納道具などかさばるものばかりだが、こんなに店を見て回ったのは初めてだ。そしてお買い物好きになったずいちゃんの姿も初めて見た。
今は最後に見る予定としていたベッドフレームの選定。
フロアいっぱいに置かれているベッドを試す形で腰掛け息を吐く。社会人数年、これほどまで体力が落ちてしまったか……!
「大丈夫大丈夫。 それでよさそうなのは見つかった?」
「うぅん……お兄ちゃん、シングルじゃないとダメ?」
「というと?」
「アタシね、家ではずっとママとダブルベッドだったから、なんだかシングルに慣れてなくって……」
へぇ、それは初耳だ。
少なくとも俺が居た時は一人部屋でシングルベッドだったのに。
でもダブルかぁ……さすがにあの狭い部屋じゃサイズがなぁ……。
「ダブルだとサイズがちょっと入らないかも……。入れたら俺のベッド置くスペースが無くなっちゃう」
「えっ? あたしは別にダブルでお兄ちゃんと一緒に寝てもいいよ?」
「えっ?」
いやいやいや。 それはマズイでしょう。
いくら妹分といっても年頃の男女。昨晩は緊急で仕方ないとはいえそれが日常化するのはいかがなものかと。
もし何かあってからでは遅いでしょう。
「あたしは……お兄ちゃんとなら……いいよ?」
「っ――――!」
両手を握られ潤んだ瞳で見つめられてしまい思わず怯んでしまう。
それって言葉の空白に(信頼してるから)が付くよね!?決して間違いを受け入れるわけではないよね!?
「だっ……ダメだダメだ! ちゃんと一人でシングルサイズで寝なさいっ!」
「え~! お兄ちゃんのケチー!」
「ずいちゃんの為を思ってるんだから、それくらい我慢なさい!」
なんだか母さんみたいな口調になってしまったが、それほどまでにここは譲れなかった。そんな事になったら俺が耐えられない!
「そんなこと言ってぇ、今朝あたしのこと抱き枕にしてたのに~」
「そ……それはずいちゃんのほうから――――」
「――――すみません、ちょっといいですか」
俺たちでベッドの言い争いを始めようとしていると、ふと隣からそんな声が聞こえて二人して振り返る。
そこにいたのは大人びた女の子だった。
おそらく高校生。ずいちゃんよりかは背が高く茶色の短髪を一部三編みにした女の子。
しかし顔の下半分はマスクを着用しているようでうまく表情を読み取ることができない。
何事かと思って思わず身構えていると、俺たちを見つめていた薄茶色の瞳が閉じたと思ったら間を割るように入り込んでくる。
「それを取りたいだけですので。 失礼します」
「えっ…………? あっ、ごめんなさい」
少女の目的は丁度俺たちの間に位置していた先にあるベッド購入用のお札だった。
それを一枚手に取った彼女は小さく一礼してその場を後にしていく。
そっか、ここは家じゃないんだ。他の人の迷惑になるんだし、こういうのは控えないと。
「あの子……どこかで…………」
「ずいちゃん、知り合い?」
今度は建設的に話し合いを進めようかと気を取り直すと、何やら思い出そうと頭を捻るずいちゃんの姿が目に入る。
「ううん。そうじゃないけど、どこかで見たことあるような……う~ん…………」
考えても考えても見覚えのあるらしいその記憶は出てくる気配を見せない。
ならばさっさとベッドを決めてしまおうと、俺は去っていく彼女の後ろ姿を見送りながらずいちゃんに声をかけた。
「じゃあ、ウチに泊まる条件。 ずいちゃんのベッドはシングルにすること」
「へっ…………? え~!?ズルいよお兄ちゃ~ん!」
突如告げられたその宣告に、ずいちゃんが俺の肩を掴んで抗議してくるがそんなもの知ったこっちゃと右から左。
結局今回の交渉は、彼女が折れてくれてシングルになるのであった。
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