004.お風呂上がりの


 さて――――。


 突然のことだったが、昔遊んでいたずいちゃんが俺の家に泊まることが決まって1時間ほど経過した。

 今の状況としては何もすることがなくベッドに座ってジッとしている。


 あの後、彼女が食器を洗っている間に俺は風呂に入った。

 いつもはシャワーで適当に5分程度で出ていたのだが、久しぶりに張られていた湯船のお湯。

 もう数年という長い期間入ってなかったそれを堪能していると、思った以上に時間掛かったのか40分も経過してしまった。

 そうして入れ替わるように彼女が入っておよそ20分。俺は何をするわけでもなくただジッとベッドに座って時が経つのを待っているのだ。


 昨日まで……俺が一人でいる時は何をしていただろう。

 …………そうだ。ベッドに転がりながらSNSや動画を巡回し、気づけば朝ということを毎日していたのだ。


 なら今もそれをすればいい……そう思ったが食指が動かない。

 何故だろう。兄貴分としての見栄か、それとも緊張か。

 その正体こそわからないがスマホに触れる気が毛頭起きなかった。



 さっきまで。俺はずいちゃんに流されるままに受け入れてしまったが、こうして一人で考えてみるとやはり年頃の男女で狭いアパートは無いのではなかろうか。

 流されに流されに流され。もはや3つ重なる勢いでの流されっぷりだったが、これはマズイだろう。

 確かに今日は一晩受け入れるしかないが、これが何日も何日も重なるとどうなってしまうかわからない。


 兄貴分だからそういう感情は無いと言いたいところだが、それを破壊するほど魅力的に成長していた。

 小学生以来の、第二次性徴期に入ったずいちゃんは、それはもう可愛くなっていた。

 庇護欲を掻き立てる人懐っこさはそのままに、幼さを残しつつも女性らしく、可愛らしくなった容姿は街を歩けばスカウトにあいまくるだろう。

 身長こそまだ中学生と見まごうほどだがそれとは対称的に成長したスタイル。しかしバランス良く配置されたそれは身内とはいえ直視するのが眩しいほどだった。


 きっと彼女も8つ上の人なんて都会に出るのに都合のいい兄くらいにしか思ってないだろう。さっき好きって言ってたのもおそらくそういう意味だ。

 だからちゃんと自制しないとっ!ずいちゃんは妹!邪な気持ちは抱かない!!


「ふ~! いいお湯だったぁ!……って、何してるの?」

「…………なんでもない」


 運悪く布団に顔を押し付けていたのが見られたようだ。

 不思議そうな声を上げる彼女に俺は平静を取り繕ってベッドに座り直す。


「……そっか! それより一緒にアイス食べない?お兄ちゃんが帰ってくる前に買ってたんだよね~!」

「アイスか。いいねぇ…………あっ」

「? どうしたの?」


 ふと声を上げると、彼女は取り出そうとした手を止めてこちらを覗き込んでくる。

 そういえばずいちゃんって昔…………


「ずいちゃんってアイス、苦手じゃなかった? ほら、噛んでも食べれないって言って」


 そういえば昔棒アイスを食べてた時、いくら噛んでも噛み砕けなくって泣いてたのを思い出した。

 その後しばらくアイス自体に拒否反応示してたなぁ。


「も~!それ1年生の時の記憶でしょ~! もう食べれるよぉ!……あのアイスだけはムリだけど……」


 そんな前の話だっけ。いかんいかん、年を取るとどうしても昔の記憶が曖昧になってしまう。

 少なくとも取り出したアイスは固いやつではないようだ。普通に掬って食べるカップタイプ。


「はいっ、食べよお兄ちゃん!」

「うん、ありが……ってあれ?アイス一個だけ?」


 持ってきたアイスを受け取ろうと手をのばすも、握られていたのは1つだけということに気づいて思わず手を引っ込める。

 もしかして食べようって提案してたけどその実自分が食べる用しかないとかそんなオチ?


「はい、あ~んっ!」

「…………えっ?」

「あ~んだよ、あ~んっ!」


 それは読んで字の如く、あ~んだった。

 満面の笑顔でアイスを掬い、こちらに促してくる姿はそれ以外の何者でもない。

 俺が戸惑って凍ったかのように何もしないでいると、彼女は理解を示したのか「あっ!」とつぶやきその手を引っ込める。


「ごめんごめんお兄ちゃん。こうじゃなかったね」

「う……うん、そうだよ! 俺の分がないならそれはずいちゃんが全部――――」

「――――さっきのご飯からしてお兄ちゃんの一口ってこのくらいだよね! ごめんね、あたしの一口分掬ってたよぉ」

「…………」


 ……どうやら理解を示したのは間違いだったようだ。

 再度突き出されるのは確かに俺が食事をしていた際の一口分。まさかそんなところまで見られていたとは。

 今度は黙っていてもその笑顔と腕を引っ込める素振りを見せない。これはまさかホントにやれというのか。


「あっ……あ~ん……」

「あ~……んっ! ど~お?美味しい?」

「お、美味しいよ……」

「やったっ!。 これね、あたしのお気に入りなの。お兄ちゃんも好きでよかったぁ」


 あっ……あ~んなんて兄貴分でも普通のことだしっ!俺が変なふうに思い込んでるだけでずいちゃんにとっては自然なことだろうしっ!!


 そう脳内で自分自身に言い訳していると、彼女は俺に使ったスプーンのままもう一口分アイスを掬って自らの口の中へ。

 目を閉じ美味しそうな素振りを見せた彼女は俺の視線に気づいたのか、はにかんだ笑顔をこちらに向けて…………


「えへへ……間接キス……だね?」

「っ――――!!」


 その笑顔は反則だよ……!

 ただでさえお風呂上がりの薄い格好。膝ほどのロングシャツを着ている彼女はさっきまでの制服とは一味違った女の子らしさを前面に引き出している。

 年相応の格好から、色っぽさも兼ね備えた妹の枠を超える格好へ。そんな彼女が頬を赤らめつつはにかむ姿はホント……反則……。


「さ……さてお兄ちゃんっ!そろそろいい時間だし寝よっかっ!」

「あ、あぁ!そうだねっ!!」


 彼女も恥ずかしかったのか、何かが限界に達したらしい様子を示した後は話題を切り替えるようにアイスに蓋をして寝る提案。

 それがいいよねっ!まだお互い一口しか食べてないけど、まだ寝るには早い時間だけどそれがいいよねっ!!


「じゃあ歯を磨く前に……ずいちゃん、俺毛布もらうね」

「ほぇ? 毛布?なんで?」

「なんでって……俺が床で寝るためだけど……」


 ウチのベッドはシングルの1つだけ。客用の布団なんてものも存在しない。

 だけど寒い冬、それを乗り越えるように温かい羽毛の掛け布団と温かい毛布の準備はバッチリだ。

 ずいちゃんは掛け布団1つで少し寒い思いをさせるかもしれないがさすがに毛布がないと床で寝る俺がヤバいから譲らせてもらう。しかし彼女はそれすらも看過できないようで首を大きく振って声を上げた。


「ダメだよお兄ちゃん!そんなんじゃ風邪引いちゃうっ!」

「でもそうじゃないとずいちゃんの寝る場所が無いでしょ?」


 ホテルもダメ、ベッドも1つとなれば取れる手段は1つだけだ。

 どちらかがベッドを使い、もう片方は床で寝る。床からの冷気に少し寒さも感じられるが着込めばきっと大丈夫だろう。

 もちろん、床を選ぶのは俺。さすがにずいちゃんを床で寝かせるわけには行かない!


「えっ?あたしとお兄ちゃんが一緒のベッドで寝たら解決じゃないの?」

「…………えっ?」

「…………ほえ?」


 「何を当たり前のことを」そんな言葉を言外に含んだ彼女の言葉は、俺が聞き返すには十分の衝撃だった。

 しばらく無言で見つめ合った俺たちは揃って破顔させる。


「「…………」」

「「あはははは…………」」


 お互い、「何を言っているんだ」と言わんばかりの静寂と笑み。

 その噛み合わなかった話し合いは、またも全面的に俺が折れたことなど言うまでもないだろう――――。

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