002.絶対に忘れない
津野 瑞希は最初、内向的な少女だった。
出会ったのは10年とちょっと前。彼女が小学校に入ろうかというところ。
隣に引っ越してきた津野家の母親が母さんと意気投合したのもあって、俺の家に遊びに来たところ初めて会うというよくある流れ。
最初は当時中学生というのもあって、暇な時間に面倒をみるだけだった。
俺がどこか行こうとするとその背中をトコトコと歩いてきて振り返ればどこかに隠れる。そんな性格の子。
しかしどこかで俺も気にかけていただろう。しばらく2人で遊んでいるうち、ただ付いてくる彼女が、いつのまにかと一緒に歩くようになり次第に引っ付いてくるようになった。
そうして2人で歩んできた道のり。時が経つのは早いもので彼女はどんどん成長し、内向的だった性格はいつしか天真爛漫という言葉が似合う女の子へと成長した。
学校の女友達と遊ぶことはほとんどなく、暇があれば俺のところに突撃するようになり、気づけば俺も彼女と遊んでいる時間のほうが長いほどになってしまった。
遊ぶことも公園でキャッチボールやゲームなど、俺が提案した男の子が好きそうなものばかり。
今思えばよく彼女は嫌な顔1つせず遊んでくれたことだ。もしかしたら彼女の面倒を俺が見るより逆になっていたのかもしれない。
そう思うほど楽しい日々を過ごした。
しかし、それでもいつかは別れがやってくる。
俺が短大を卒業し、都会の会社に就職が決まる頃には彼女も中学校に入学する年齢になっていた。
引っ越す当日、彼女は勉強の合間を縫って見送りに来てくれたが、もう会えない事を悟るや泣きに泣かれて困り果てた覚えがある。
そうして言った言葉が『絶対に忘れない』――――
きっと彼女もその言葉を受け、覚えていてくれたのだろう。だからこそ、今こうして会いに来てくれたというのだ。
「はい、どーぞっ!」
時は戻って現代。
押されるままリビング……正確にはちょっと広めのダイニングキッチンに足を踏み入れると、そこには暖かな光景が俺を迎えてくれていた。
買った当時から使うことのなかったお皿に盛られる、暖かな料理の数々。
パンにシチュー、サラダにガレット。ちゃんと温めてくれたのかシチューからは湯気が立っていて彩りもよい。まさに理想の夕食だ。
「えっ……?あれ?なにこれは……?」
完全なる理想。これまで冷めた目で見続けてきた光景。
しかし、だからこそに一瞬冷静になり、この光景に疑問を呈す。
まず、何故昔なじみで妹みたいに接していたとはいえ彼女がここにいるのだろう。その上何故俺の部屋に?鍵は一体どこから?
「何ってお兄ちゃんのご飯だけど…………あぁそっか!ごめんね勝手に入っちゃって!おばさまから今日の為に鍵貰ってたんだっ!」
無意識に怪訝な目をしていたのか、それを問いかける前に彼女は自ら答えを示してくれた。
ポケットから取り出して見せるのは確かに部屋の鍵。そこに付随するキーホルダーも実家で見たことがある。母さんのだ。
一瞬空き巣やら不法侵入者やらマイナスなことばかり考えていたけど、ちゃんと母さんの許可を貰っていたのか。俺に連絡が来なかったのはアレだが、それなら一安心。
「ささっ、冷たくなっちゃうから食べて食べて!」
「ありがと……」
促されるままに渡されるスプーンを手に取り、目の前の料理と向き合う。
彼女の料理なんて初めて見た。以前会った時は小学生。その時は練習してるとは一度も聞いたことがなかったのに。
香りは……普通にいい香りだ。軽く回してみても変なものが入ってるとは思えない。さて、味は…………
「…………美味しい」
「ほんとぉ!? よかったぁ……」
本当に……本当に美味しかった。
これまでの数年間、コンビニかスーパーでしか食事をしてこなかった自分にとって、手料理とはこれほどまでに美味しいものかと感動さえした。
レンジとは違うあたたかさ。野菜などがバランスよく取り揃えられた、いつも食べていたものが無機質に感じるほど込められてる心遣い。
それはこれまで冷え切っていた心を何かが溶かしてくれているような気がした。
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「ふぅ、ごちそうさま」
なんとか、目の前に出されたものは全部完食できた。
学生時代はこれくらい余裕だったのに、今となってはだいぶ辛い。コンビニ弁当ばかり食べてきた弊害か、いつも以上にお腹が満たされた気分。
大盛りといえるほど盛られた食事を完食することができたのもその味のお陰。まだおかわりがあるみたいだが、それは別の機会にしよう。
「お粗末様。片付けはやってあるからお風呂入ってていいよ。お湯沸かしてあるから」
「あぁ、ありがと。そうさせてもら…………じゃなくって!」
あまりの献身ように、そのいたれりつくせりの状況に思わず実家にいるような感覚に陥ってしまった。
確かに疲れた身体にお風呂は最高だし、湯船なんて全く浸かって来なかったから甘美の響きだが、それよりもまず考えることがある!
「なんでずいちゃんがこんなところに!? 学校は!?」
そう、何よりもまず気にすべきところはそこだ。
長期休暇を利用して遊びにくる可能性を考えても、今は11月だからその線は薄いだろう。
ならば大学や就職のための遠征……いや、俺の記憶が正しければ彼女は8個下だから高1。さすがに進路云々は早すぎる。
「ほぇ? おばさまから聞いてないの?」
「母さんから? 聞いてないけど……」
スマホから母さんとのメッセージを呼び出して確認するも、それっぽい連絡は一切無い。
そもそも最後の連絡が新年の挨拶だ。もう次の年が見えてるというのに、全然連絡してなかったな。
「そっかぁ…………ママがお話頑張れって言ってたのはこのことだったんだぁ…………」
「……ずいちゃん?」
何やら小さくつぶやきが聞こえてくるもその内容までは聞き取れない。
ふと気になって辺りを見渡してみれば、なにやら朝と違う雰囲気にようやく気付いた。
使って来なかったキッチンがキチンと利用できるように消耗品等が揃えられているのはもちろんのこと、窓のサッシも秋冬特有の結露で汚れていた部分が綺麗に掃除されている。
その上見覚えの無いタンスが一個増えてるし……なにこれ?
「ううん、なんでもないっ! それで来た理由だけどね…………って、どうしたの?」
「いや、なんだか部屋がやけに綺麗になってるなって思って」
「そうだよっ! 朝部屋に入ったらビックリしたよぉ!ゴミを纏めてイチから掃除してお料理の道具も揃えたりして!も~大変だったんだからぁ!」
「ご……ごめん……?」
それは……謝ることなのかわからないが、とりあえず。
一人暮らしの男の部屋だ。誰も来ることもないからどうしてもズボラなところは出てしまう。料理は一切しないから特にそう。
頬を膨らまして可愛らしく怒る姿に癒やされていると、ふと彼女はテーブル足元にある袋に気付く。
「も~…………ってあれ?コンビニ行ってきたの? 中身見ていい?」
「あぁそれ? 別にいいけど洗剤とかだよ」
正確にはお弁当とプリンと洗剤類。
きっとスーパーだったらもっと安くなったと思うが並びたくなかったから仕方ない。
「あっ!プリンだぁ! いいなぁ……」
「アレなら食べる? 夕食作ってくれたお礼に」
「いいの!?」
ふとした提案に彼女の輝く笑顔がこちらに向けられる。
妹のように接していた子の可愛い笑顔が見れるならそれくらい。わざわざウチまで遊びに来て掃除や料理までしてくれたし。
「あとは洗剤に柔軟剤……って、これあたしも買っちゃった……」
「そう? じゃあ無くなった時用のストックで」
「うん。そうしよっか。 あとは……お弁当? お兄ちゃん、これがいつもの夕ご飯?」
最後に取り出したのは油がいっぱい使われた焼肉弁当。
弁当から移り変わって俺に移されるその視線は明らかに怪訝な表情だ。その様子に思わずたじろいでしまう。
「そ……そうだけど……」
「も~、お兄ちゃんダメだよ~。 毎日コンビニ弁当じゃ栄養も偏っちゃうし高く付いちゃうっ!」
「そんな事言われてもなぁ……」
そんなこと言われても、料理できないんだから仕方ない。
そもそもする気もないし、栄養が偏るといっても俺一人だから何ら問題は無いと思うのだが。
「俺は料理できないしする暇もないから自然とこうなっちゃうんだよ…………うぉっ!!」
肩をすくめて自らのズボラな部分を誤魔化そうとしたところ、突然テーブルに彼女の手がバンッ!と置かれて思わず身体が反ってしまう。
何事かと見上げた彼女は、待ってましたと言わんばかりに目を輝かせたまま――――
「しょうがないなぁお兄ちゃんは! でもこれからは偏った食事からはサヨナラだよっ!なんてったってあたしがちゃぁんとお兄ちゃんの健康状態もしっかりみてあげるから!」
「…………はえ?」
きっと、その表情はだらしないものだっただろう。
呆気にとられる俺とは対称的に、腰に手を当て胸を張る彼女は可愛らしいドヤ顔で向き合ってくる。
そして迷いない口調で、表情で彼女は告げる。ありえない、予想すらしていなかったその言葉を。
「だって私もこれからはこの部屋で、お兄ちゃんと一緒に暮らすんだしね!」
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