仕事を終えて家に帰ると、田舎に残した幼馴染がJKとなって出迎えてくれました
春野 安芸
001.家に帰ると
ガタンゴトンと――――
揺れる身体を腕一本で支えていく。
スマホから顔を上げれば名も知らぬ誰かが一様にして首を下に傾けていた。
右から左。ざっと見渡してみると横長のソファーには空きなど一切無く、立ち上がろうとする気配も一切無い。
それは今日も座れないという証左。
現に揺れが止まって近くの扉が開くも、座っている者は誰一人として動くことはない。
今日も目的地まで立ちっぱなしか……快速で次の駅まで残り10分。今日も座ることができなかった。
もう…………この生活をはじめてどのくらいの月日が経ったのだろう。
5年もしくは10年をも越えた気もするがそれほども経っていない。しかし精神的には20、30年くらい経った気がする。
学生というモラトリアムを終え、社会人として歯車になってから早数年。
俺は新卒で入った会社にて、馬車馬のごとく働き続けてきた。
何年も何年も、毎日毎日同じことを繰り返してすり減らしていく精神。
出てきた当初は目にするものすべてが新しく、どんな仕事も楽しいものだったが、今となれば仕事をして帰るだけ。休みは寝て体力を回復し仕事に備える。そんな日々となってしまった。
顔をあげればモニターにとめどなく流れるCMが目に入る。
自然に商品の紹介をしていく見目麗しい俳優や女優、アイドルやタレント。
あんなふうになれれば毎日が楽しいんだろうなと思いつつ、自分には関係ないことだと切り捨てて窓へと視線を移す。
その大きな窓から見えるのは移り変わる夜景という、人々の営み。
きっと、見える光すべてにそれぞれの生活があり、家庭があり、暖かな団らんがあることだろう。そして、周りにいるこの人たちも帰れば暖かな夕食が待っていることだろう。
しかし、それすらも遠く過ぎ去った過去のこと。家に帰ればコンビニ弁当が俺を待っている。
無感情に無感動に、目にして浮かんでくる暖かな想像を破棄していくと、アナウンスが目的地を告げていた。
徐々にスピードを落とし見えてくるは駅のホーム。今日も家に帰ってご飯を食べてお風呂に入り、寝るだけだ。
帰りがけお弁当を買うために、一歩を踏み出して思い出す。
あぁ、そういえば洗濯用の洗剤と柔軟剤、両方切れてたっけ。それなら高くつくからスーパーに変え…………まぁいいか、コンビニで。スーパーだとレジ並ぶし。
「ありがとうございましたー」
コンビニ店員の挨拶を背中で受け止めながら外に出る。
出ると同時に身体に吹き付けるは冷たい風。まさしくそれは今の俺の心を表しているようだった。
春や夏を越え、秋に入り、冬に入ろうかというような11月後半の寒空。
空を見上げればとっくに太陽は沈んでおり月が輝いている。
そっか、今日は満月か。
真っ暗な闇にポッカリとまんまるな月がいつも以上に明るく輝いている。
闇しか無い世界に1つだけ輝く月の光。それは見る者すべてを吸い込むような気がして――――目を伏せた。
別に月が嫌いなわけではない。ただ今の陰鬱な気持ちとは対照的だったから。
俺は少し奥の地面を見ながら再び足を動かし始める。家まではもうちょっとだ。
徒歩10分、築35年の2階建て4室のアパート。その階を上がった最奥、2DKの部屋が俺の住まう場だ。
1つの部屋は物置として季節モノの家電やもう遊ばなくなったゲームなどを押し込み、もう1つの部屋で寝る。
もはや最近は寝るためだけに使っているようなもの。最初はやろうとしたキッチンも道具だけ揃えてそれきりだ。
今日も当然家で眠るため、いつものようにポケットから鍵を取り出し、いつものようにドアを開ける。
……あれ、今日電気付けっぱなしで出かけたっけ? まぁいいや、たまにあるし。明日からまた気をつけよう。
「――――なさい……!」
「…………ん?」
「おかえりなさいっ!」 お兄ちゃんっ!!」
「…………」
バタンッ!!
ヤバい。失敗した。
完全に無意識で動いていたから部屋間違えた。
もはや引っ越しの挨拶も交わさなくなった現代において隣人が誰かのかも知らない。そもそも住んでるかどうかすら知らなかった。
だから今日はじめて知った。お隣さんって兄妹がいるんだな。
きっと兄だと思って迎えに行ったら知らない人で、向こうも面食らったことだろう。今度お菓子でも持って謝りに行かないと。
俺は頭を掻きながら廊下の奥に向かおうとする…………も、失敗した。
「あれ……?」
……おかしい。
お隣さんと間違えたから再度自室に向かおうと思ったのに、奥がない。ここが俺の部屋のある奥側の部屋だったのだ。
ならば建物自体を間違えたか…………そう思って廊下を降り、外観を見るも間違いなく俺の住まうアパートだ。近くに似た建物は存在しない。
だったらと、もう一度間違えた部屋へ駆け上って見た表札は、俺の名字が刻まれていた。
「間違いない……よな?」
そもそもだ。
そもそも部屋が間違っていたらこの鍵で開けられないはず。
でもちゃんと鍵で開いたし、今差してみてもしっかりと回ってくれる。
つまりこの部屋は俺の部屋なのだ。
でも、あの子は一体誰……?
あの子自身が部屋を間違えているか、それとも……空き巣!?
いやいやいや!空き巣がわざわざ出迎えてくれるものか!慌てて窓ガラスを割って逃げることはすれ、あんな笑顔で迎えてくることは絶対に無いだろう。
じゃあ…………幽霊?それこそ!それこそありえない!!足はちゃんとついてたし駆け寄ってくる音だって聞こえた。そもそも幽霊なんているものかっ!!
俺は意を決してもう一度ドアノブを掴み、ゆっくりと開いていく。
きっと幻覚幻聴の類か、女の子が部屋を間違えたのだろう。部屋間違いなら優しく指摘して目的の部屋に行ってもららえばいい。
扉が開いていくことで徐々に見えてくる我が家の見慣れた玄関。そしてその奥には、再び扉が開くのを待っていたのか笑顔で待つ少女の姿がそこにあった。
「おかえりなさいっ!お兄ちゃんっ!!」
「…………え~っと」
ちゃんと俺の目を見て言ってくれるが、その姿には一切見覚えなんてなかった。
このような年頃の少女と関わりのある職場ではないし、同僚の家族の繋がりだって一切ない。
そもそもボッチなのだ。プライベートで迎えてくれる人なんているはずもなかろう。
「誰かと……部屋を間違えてない?」
「へっ? ん~ん、ここで合ってるよ。お兄ちゃん」
う~む……。俺に妹なんて居ないし、家を出た後作ったと考えても歳的にありえない。
ならば両親が離婚してできた連れ子!? いや、ありえない。それなら俺にも一報くらい入れてくれるだろう。…………ないよね?
「
「確かにそうだけど…………」
確かに俺の名前は橘 純人に相違ない。
どうやら人違いではなさそうだ。じゃあ、誰……?
制服を着てることからおそらく、中学生か高校生といったところだろうか。
身長はあまり高くなく、後頭部が口元あたりに位置することからおそらく150センチ程度。しかしスタイルは制服越しでも発達していることがわかり、おそらく今の同年代よりも起伏が大きいことが予想される。
髪は少し色の薄い黒色。腰辺りまで届く長い髪は結ぶこと無く垂らしていて毛先が外に跳ねている。
おそらく……というかほぼ確実に童顔。大きく開いた無邪気な目が真っ直ぐこちらを見つめていた。
「あ~! もしかしてあたしのこと忘れたの~!? 酷いなぁ、絶対忘れないって言っておいてぇ」
「えっ? えっ?」
忘れないなんて俺がそんな事言ったの!?ボッチの俺が!?こんな可愛い子に向かって!?
どこの世界線の俺だそれは!?真っ先に世界線を越えてその手腕を伝授してもらう!!
「む~!
「津野……? つの……みず…………あぁ!ずいちゃん!?」
「思い出してくれた!? そうだよぉ。ずいちゃんって呼ぶのはお兄ちゃんだけだけどね~」
津野 瑞希。瑞の字からずいちゃん。
昔、まだ実家に居た時の学生時代によく遊んだ女の子だ。なんだ、知らない人物じゃなくって本当によかった。
「そっか……久しぶりだね。 よかったら上がっていきなよ」
「もう上がってるよぉ。お兄ちゃんこそお疲れ様。リビング行こっ!」
「お、おう。 そうだね」
俺は彼女に促されるまま廊下に上がり、ダイニングに向かっていく。
そういえば何か引っかかるようなことがある気が……まぁいいか。久しぶりの知り合いだ。そんなことは些細な問題だろう。
彼女は俺を押しながら笑顔で告げる。それがすべての開始の合図かのように――――
「これからよろしくねっ!お兄ちゃんっ!!」
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