兄弟 ⑦

 立て続きにキンキンと二本の剣が音を打ち鳴らすが、まだどちらも様子見だ。

 クリムは太陽の剣から光を伸ばさず、カーマインも風の刃を飛ばさない。

 剣をぶつけ合うことで、両者は語り合っていた。思いの丈をぶつけていた。


 どうして寝返ったとクリムが問い掛けると、分からないという剣が返ってくる。

 どうして私は死んだ、今国はどうなっていると問い返されたら、覚えていないのかと怒りの剣をクリムは返した。


 剣を交えるだけで全てが伝わる。横に振られ、縦に振られ、命を刈り取ろうとする刃が物語っていた。

 思った通り、カーマインは正気じゃない。

 大好きな兄が変わってしまったこと、そして頭目屍の王の犬になってしまったことを嘆きながら、クリムは後ろに跳躍して、太陽の剣から光を伸ばす。兄を光差す天へと導く為に。


「今日初勝利を上げさせて貰う。さようなら、兄さん」

「私に勝つと……? お前が?」


 面白い冗談だと続け、カーマインは風の刃を舞い踊らせる。

 一つではない。五も十も飛んだ刃が、クリム目掛けて殺到し、ピンと耳を立てたクリムが、身を軽く捻ってそれらを悉く躱していく。


 驚愕、青白い目を大きく見開いて、それを浮かべるカーマインの懐にクリムは飛び込み、太陽の剣を振るった。


「ニャウッ!」


 横に走った光をカーマインは上身を後ろに沈み込ませるスウェーで避け、不完全な体勢のまま、砂嵐の剣を斜めにかちあげる。


「ぁぐっ!」

 

 その有り得ない体勢からのカウンターにクリムは対応できなかった。体を浅く斬られ、後ろに飛び退く。

 驚愕の一言に尽きるが、命を刈り取るほどの重たい一撃ではなかった。それに痛みもこない。思わず声を上げてしまったが、マロンから貰った痛み止めが効いているようだ。


「流石は剣の申し子。一筋縄ではいかないか……」


 カーマインは上身を起こし、こう告げる。


「苦し紛れの一発だ。驚かされたぞ」

「驚いたのはこっちの方さ。逆に斬られるなんてね」

「ハット先生が頭に浮かんでな。お前のように動きを真似た」

「今の僕らが一緒にやったら、勝てると思う?」

「あれは正真正銘のモンスターだ」


 モンスターか……と続けてこぼし、カーマインは尋ねた。


「覚えているか?」

「昔僕が兄さんに言った」

「そのモンスターに肉薄するほどの力をお前も持っていた。血は争えんな……」

「今は僕が上だと思ってる」

「抜かせ」


 軽いやり取りを終えるや両者は再度ぶつかり合う。骨肉の争いは見る者に華やかな舞踏会を思わせ、踊る兄弟が剣を突き出すたび鮮烈な赤花とくすんだ骨の欠片が舞い散る。


 両者の力は互角――――いや、徐々に兄が押し始めた。疲労の色を一切見せない彼とは打って変わって、クリムは肩で息を切らし、濃い疲労の色を覗かせていた。


「はぁ、はぁ……、疲れないってのは、ずるくないかい……?」

「そうでなければ押されていないような言い方だな」

「もちろん、僕の方が強い」

「お喋りな口がもっと達者になったか。さようならだ、クリム」


 直後、カーマインが鋭い踏み込みを見せ、一気に懐まで侵略するや剣を横に薙ぐ――――いや、そうするような動作で誘いをかけ、引っ掛かったクリムの剣をすかして跳ね上げた剣を振り下ろす。

 その時、振れない剣の代わりにクリムが脚を振り抜いた。


「おごっ――――」

「ごめん兄さん。僕は演技も達者でね。将来は役者になろうと思ってる」


 腹を蹴られ、土の上をごろごろと転がったカーマインは、即座に立ち上がり、鋭い眼光を彼に向ける。


「狡いことをするようになったな」

「兄さん、戦いは何でもあり。ハット先生にそう教わったじゃないか」

「……覚えている。鼠にでも喰わしておくようにと言われたな」

「砂の国と違ってこっちには沢山いるから、喰わせておくように」

「そうだな。もう油断はせん。全力でお前を葬ろう」


 カーマインは砂嵐の剣を持った手を真っすぐ突き出すと、横に曲げ、逆側の手を刃に添えた。

 直後、暴風が吹き荒れて、身を掬われたクリムは宙に舞い上がった。


「うわっ――――」


 きゃぁああと甲高い悲鳴が聞こえる。殿下、殿下と近衛達が呼ぶ声もだ。


「ばっかやろう! 退避だ退避! 巻き込まれるぞ!」


 ヴィージュが怒号を飛ばしているが、状況がまったく分からない。飛び交うつぶてが顔にとんできて、目が開けられない。

 鍋に放り込まれ、かき回されるような感覚がある。

 この感じは二度目だ――――迫りくる魔の手から、兄が逃がしてくれたあの夜と同じ。


 懐かしさを覚え、当時の記憶が脳裏を過った瞬間、クリムは投げ出されるような感覚を覚え、目を開く。

 

 綺麗な星空が見えた。大きな月も綺麗だ。前に巻き上げられた時は、意識を失い見ていないはずなのに、あの時も同じ景色を見ていた気がする。


 今度は助からないだろう。この高さから落ちて、どうして前は生きていたのか分からないが、地面に打ちつけられた衝撃できっと身体がバラバラになる。


 また負けた。終ぞ兄に勝てなかった――――。

 様々な思い出が頭に浮かんでくる。

 苦しかった思い出、楽しかった思い出、そして悲しかった思い出も。


 全てはあの日、あの夜から始まった。冥府の軍勢が砂の国に押し寄せてきて、勇ましく父が立ち向かい、太陽の剣の力を引き出そうと飛び上がって、空に翳したその刹那――――そこまで思った瞬間、クリムの脳裏に閃きが走る。


 やってない。父のように太陽の剣を空に翳したことはない。

 高く飛び上がってのジャンプ斬りは何度もやってきたが、全部弓のように身を振り絞って、大きく剣を振りかぶっていたはず。

 

 もし今ここで父のように空に向かって掲げたなら――――どうなる。やってみる価値はある。


 僅かな希望を見いだし、クリムは太陽の剣を上に突き出し天に掲げた。

 次の瞬間、太陽の剣が目もくらむような光を発し、紅い刀身を覗かせる。


 熱い。まるで炉から取り出されたばかりの赤熱した剣。いや、この熱さはもっと親しみのあるものだ。

 砂漠に降り注ぎ、大地を焼いていた灼熱の太陽。その力を纏ったのだとクリムは思い、同時にいけると思った。


 風で熱は防げない。風が吹いていたって、砂漠は暑かった。

 勝てないまま死んでたまるか。地面に落ちる寸前でこの纏う熱を飛ばして相打ちに持ち込む。

 

 カーマインの砂嵐の剣のように、ニャルキュリアの光の槍のように、この剣にもそういう機能があるはず――――あるはずだと自分に言い聞かせながら、晴れた空から砂塵の中へと彼は飛び込んだ。

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