兄弟 ⑥

「はぁはぁ……おし、終わったぜ! 勢いがあったとはいえ、こんなにすんなりいくとはな」


 ぜぇぜぇ息を切らせながら、ヴィージュが最後の一匹の首を刎ねて土に還す。

 高揚感を覗かせる顔には、安堵の色が浮かんでいる。

 皆玉のような汗を浮かべ、こちらを振り向く。子猫組はそうでもないが、どちらも頑張ってくれた。全員で道を切り開いてくれた。


「みんなありがとう。あとは僕に任せて欲しい」

 

 即座の返事はない。こちらの意図を各々察してくれているようだが、こういうことに明るくない者達は理解が遅れている。

 ヴィージュは無論理解していて、駆けてくるやこう言った。


「全員でやりゃ勝ちも掴みやすいってのに、一騎打ちするつもりかよ」

「もちろん、僕はもう誰にも死んで欲しくなくてね。危険な仕事をさせておいてなんだけど」

「すき好んでやってるから気にすんな――って言いたいとこだが、本当だよ。ばか野郎」


 小突いてこようとする彼の拳を、クリムは受け止めた。


「でもやれんのかよ。お前あっさりやられたって聞いたぜ」

「今ならいける。剣の舞踏会を見てきたし」

「意味わかんね」

「すぐに分かるさ。僕に任せて欲しい。あとは僕の仕事だ」


 クリムは改めて太陽の剣を正面に翳し、光の伸びる方角を目指す。

 先頭に立つ彼の歩みを止めようとする者はいない。一匹で行かせる気はないようで、皆ついてくるが、たたっと駆けてきたベリーが彼にこう尋ねた。


「本当に一匹でやるの?」

「ああ、僕のワガママを聞いて欲しい」

「駄目って言ったら?」

「おぶっていく」

「もう!」


 パシンと腕を叩かれて、クリムは笑いを返す。頭の中で渦を巻いていた迷いが今は失せている。心が落ち着いている。


 ただ逢いたい。それだけを胸にクリムは進み続け、砂塵の中をしばらくの間歩いていると、カーマインと思しき骸と邂逅を果たす。

 頭蓋に浮かぶ青白いひとみが、彼を見ていた。


「来る気がした。こいつがざわついてな」


 骸は砂嵐の剣を持ち上げ、そう言う。

 クリムは懐かしげに目を細め、こう返した。


「カーマイン、兄さんなのかい?」

「他に誰がいる」

「骸になってるじゃないか」

「骸……? 私は骸になっているのか?」

「その姿になってから、鏡は見なかったのかい?」

「いや……ぐっ!」


 頭に痛みでも走ったようにカーマインは額を押さえ、その直後、砂嵐の剣を握る手をその手で押さえこんだ。


「勝手に悪さをする手でな。不意を打つ気はなかった」

「ハット先生に直せって言われるくらい真っすぐな兄さんだしね。もしかして、あの頭目に操られてたりする?」

「頭目……、操られる……、分からない、分からないんだよ……! クリム!」


 激昂するように声を荒らげたカーマインが、いきなり砂嵐の剣を振り抜く。

 不意打ちは警戒していた。初撃は剣の軌道を見れば分かり、クリムはタイミングを合わせて身を捻り、すっと後ろに風の刃を流した。


「正気じゃないことだけは分かったよ。今救ってあげる。兄さんがいる場所はここじゃない」

 

 戻ってくる二撃目は音を聞いた。フゥンと聞こえたので横薙ぎだ。クリムは屈みこんで躱すと、地を蹴り抜いてカーマインに肉薄する。

 カキン、と二本の剣がぶつかり合う金属音が響く。


「ここまで来られると風の刃は飛ばせないだろう」

「思い切りの良さは変わってないな。しかし、お前は忘れてやしないか」

「いいや、一つも忘れてない。さっき見てきたとこなんだ」


 風の刃はまだ宙を舞っている。背後から来ることも分かっている。クリムは身に迫る寸前で横っ飛びで躱し、風の刃がカーマイン目掛けて飛んでいくよう仕向けた。

 が、そううまくはいかず、風の刃は主を傷つけることなく立ち消える。

 音が止んだ。恐らく剣の力で消したのだろう。


「しばらく見ない間に随分腕を上げたな」


 カーマインは青白い目を細め、嬉しそうだ。そして、どこか哀愁を漂わせる表情も見せていた。


「そうか、もうそんなに年月が経っていたか……」

「何か思い出せそうかい?」

「いや、頭に翳みがかかったように朧気だ。しかし、心底生きているお前が憎い」

「兄さんが僕とライムを生かしてくれたんだろ」

「ライム……、そうか、そうだったな。そのはずだ」


 なのに、なぜ……とカーマインはまた頭を抱え、憎しみの籠った目をクリムへと向けた。


「なぜお前だけ生きている! なぜ私は死んだ!」


 言っていることが支離滅裂だ。これは重傷だなと思って、クリムは身を前に伸ばし、低い構えの体勢をとった。

 戦場を生きていく中で培われた構えだ。野生的で、くの字に曲げた前足を音もなく前へ出す。

 対してカーマインは教養のある構えを見せる。剣を正眼に置き、すり足の一歩を踏んだ。

 直後、気合の掛け声とともに両者はぶつかった。

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