兄弟 ⑤

 日が沈んだ。わらわらと青白い光が浮き始め、砂嵐が吹く。

 その時、クリムが声を上げた。


「少し斜めに行く! この光を辿ってくれ」


 クリムが抜き放った太陽の剣からは細い光が伸び、その先に砂嵐の剣があることを告げていた。なら、そこには兄もいる。

 軽いどよめきが起きて、近衛達が進み始めたことで、クリム達も後ろに続く。


 地響きが聞こえてくる。屍達の進軍の音だ。

 しかし、今度は誰も怯えた様子は見せない。

 皆顔を引き締め、武器を握る手に力を込めていた。


 しだいに音が近付いてきて、ほどなくその時はきた。


「ぶぅおおおおお」

「ばぉ、ばぁお」


 死体の群れの影が映る。まだはっきりとは見えないが、シルエットからして牛だろう。体高は近衛達が跨るネコグリフをも凌ぎ、重量級の厄介な相手だ。


「今こそ我らの真価を殿下にお見せする時だ! 者共、構えっ!」

 

 近衛達を率いていたオスが声を上げると、彼らは一斉に長槍を構え、突撃体勢をとった。そして、屍共の姿がはっきりと目に映るや、ランスチャージで迎え撃つ。


「おおおおおおおおおっ!!」


 勇ましい雄叫びと共に彼らは津波のように押し寄せてくる屍の大群に真正面からぶつかっていき、前足を狙って次々と長槍を突き立て、転ばしていく。すると後ろからきた屍は、前の屍に蹴躓いて派手に転び、突撃の威力を大幅に殺すことができた。


「さっすがニャルキュリアんとこの近衛騎士! よっしゃ、俺らも続くぜ!」


 ヴィージュも駆け出し、剣を振るって起き上がろうとする屍の首を刎ねる。すぐにプチィとマロンが短剣片手に続いて、「僕らも行こうか」と、クリムはベリーに言った。


「オッケー、でもクリムの出番はないかも」

「だと嬉しいね。なるべく体力は温存しておきたい」

「任せて。この未来の大魔法使いストロベリー・マジカルブラウンが、道を切り開いてあげるっ!」


 ベリーはそう言うや、杖を掲げて唱え始めた。


「魔法の杖よ、空で輝く火の星を写し取れ。猫火星キャットマーズ


 杖の先端に飾られた水晶に赤い星が浮かび、ぶんぶん振り回される杖から火球が乱れ飛ぶ。


「そーら、燃えろ燃えろ。一頭残らず燃やし尽くせっ!」


 火球をぶつけられた屍達が次々と燃え上がり、炭となって、「おぉっ」と彼女の魔法を初めて目にする近衛達から驚きの声が上がる。


「見惚れている場合ではないぞ! ブラウンの姫に手柄を全て持っていかれる前に、我らの価値を示すのだっ!」


 隊長がそう声を上げると、「おぉーっ!」と近衛達は一斉に声を上げ、突き立てた槍の代わりに腰の鞘から剣を抜き放ち、次々と斬りかかる。


 この調子なら、一波目は問題なさそうだ。

 人間が陣頭指揮をとっていない限り、屍共が足並みを揃えることはなく、足の遅い屍は後から来るのが定番だ。


 粗方土に還すとすぐに二波目が来た。超重量級のサイや象だ。

 足元に突き立てた長槍は、踏まれ、潰され、そのほとんどがへし折れてしまって転ばせる作戦はもう使えない。

 となったら小回りの利かない奴らの足元をうろちょろして脚を斬り落とすか、魔法使いにお願いするに限る。


「ベリーっ! 大岩をぶつけてやってくれ」


 しかし、プチィが大声を出して彼女の返事を遮った。


「ちょっと待ったぁ! おいらに任せろってんだ!」


 プチィは自信満々の笑みを見せ、二波目の群れに飛び込んでいく。

 そして、目の前をコバエのように跳ね回って、引っ掻き回した。


「パァオアッ! パオっ!」


 象が長い鼻を振って、鬱陶しそうにしている。横のサイもそっちに目がいって、象のどでっぱらに突撃していた。

 俊敏な動きで、群れの中を飛び回るプチィの手によって、あちこちでそんな光景が見られ、群れが大混乱をきたすと同時、頃合いを見計らったようにマロンの声が飛んだ。


「プチィくん! 下がって!」

「あいさ! 後は任せたぜぇ!」


 プチィが飛び退いてきた瞬間だ、マロンが丸い砲弾のような物に火を点け、放り投げる。

 なんだあれと見ていると、爆風とともに爆音が響いて、クリムは耳をペタンと落として目を点にする。


 びっくりしたなんてものではない。まさか炸裂弾を持っているなんて思ってなかった。爆風を浴びた屍共が粉微塵に砕けている。


「相変わらずマロンの爆弾はすげぇや。耳がキーンてしやがる」

「今のが最後なので、あとは皆さんお願いします」


 周りを見ながら、申し訳なさそうにマロンはぺこっと頭を下がるが、誰からも返事はない。皆クリム同様放心したように固まっていて、いや、彼女の世話をしているヴィージュだけは別で、肩を叩いて「よくやった」と告げる。


「おら、てめぇらっ! 子供ばっかにやらせて立ち尽くしてんじゃねぇ! 千載一遇のチャンスだろうがっ!」


 その声に皆はハっと我に返り、剣を突き刺し、杖を振るって、第二波の群れを仕留めに掛かる。

 もう屍共が来る気配はない。地響きは止み、怒号や唸り声、それに剣や槍を打ちつけるような音が後方から聞こえてくる。


「みんな頼りになるね。僕も自分の役目を果たさないと」


 やる気を覗かせ、クリムは殲滅作業を見守る。

 初っ端のランスチャージの際に吹き飛ばされ、多くの負傷者が出ていたが、まだ誰も死んではいない。奇跡に近い。誰かしらは運に見放され、気付くと天国にいるのが戦場の常だというのに。


 幸運が降り注いでいる。いや、皆の生きたいという意思が、こちらを呑み込もうとする死に勝った。そんな気がした。

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