兄弟 ③

天国うえの話だよ。生きて戻るぶんには構わない。勝つ自信があるんだろう?」

「……ああ。ああ! 必ず勝って帰る。約束は守るよ」

「結構。もう私は行くよ。露払いくらいはしてやりたかったけどね」


 スカイもそう言うとこの場から立ち去ろうとする。が、その前に一声掛けていった。


「ヴィージュくん、君は子猫くん達を引率しながらこっちに残って貰って構わない。道を切り開いておあげなさい」

「……旦那。いいんすかぁ? こいつ多分死にますよ」

「その時は薬品漬けにして私の書斎に飾るとしよう。ああ、目に浮かぶようだ。クリム、目いっぱい可愛がってあげるからね」


 その言葉に皆はゾっとしながら、彼の後ろ姿を見送る。

 どういうことなのか詳しく理解できなかったプチィすら、狂気の笑みを目の当たりにして戦慄を覚え、声を震わす。


「ク、クリムの兄貴! 大丈夫なのかよ」

「大丈夫じゃない。下がびしょびしょになるところだった」


 分かる。俺だってそうさと肩を竦めながらヴィージュが同調して、メスネコ組は顔を見合わせていた。


「あれ、やっぱりそういうこと? サンセット卿ってやっぱり……」

「ああ、今ので確信を持てた」

 

 お前はどう思うと、クリスタに尋ねられたのはマロンで、びくと震える。

 自らのことを僕と呼び、オスネコのように振舞ってはいても、メスネコ特有の毛が生えているせいで皆にはバレバレ。


 貴族の子であることも丸わかりで、クリスタは、彼女が何者であるかも引き連れてきたスカイから聞いていた。


 太陽の国には強大な力を持った三大貴族がいる。


 筆頭は大穴に蜷局を巻くキャットホール侯爵。


 次が、鉱山から産出される数多の宝石、それを財宝守る竜ファフニールのように囲い込むバスケットキャット侯爵。


 そして最後、広大な森の恵みを享受し、財を成すキャットツリー侯爵が続いて、そこの放蕩息子が色んなメスネコにちょっかいをかけまくり、生まれてしまった子。


 顔の特徴的なハチワレ模様から、スカイはそう睨んでいた。


 マロンも父親の顔は知らない。母親も子を蔑ろにして遊び回る猫で、嫌になって家を飛び出し、路頭に迷っていたところをヴィージュに救われた。


 スカイが先に見つけたのだが、「俺に任してくださいよ」と、駆け出していった彼が話をつけ、連れてきたのだ。


 自身で保護せず、あんな下劣なオスに任せて大丈夫なのかと、クリスタはスカイに問うたことがあるが、その時の返答はこうだった。


「下劣って、可哀想に。ああ見えてヴィージュくんはかなりの紳士だよ? 淑女の扱いも心得てる」

 

 全くもって信じられない。あのサバ黒は、頭でものを考えるタイプではない。欲望に忠実、向けてくる視線は卑猥以外のなにものでもない。


 そういう奴を嫌というほど見てきた。この身を好きにしたい、思うまま貪りたいと顔に書いてある。最低なオスの一匹だ。


 当初の印象だ。今は違う。そんな下劣なオスなら、懐いてべったりいる訳ない。

 マロンに向けられる眼差しは、優しい色に彩られ、マロンも緊張を解いて、クリスタにこう告げていた。


「多分、違うと思います。今のニャルキュリア様のように優しい目をしておりました」

「どこがだ」


 クリスタが諸に不満を顔に出したことで、マロンはまたびくと震え、後退る。

 ――――しまった。もう少し言葉を選ぶんだった。斬首かも!

 なんて心の中で大焦りしていた彼女の頭に、軽く前へ出たクリスタがポンと優しく手を置いた。


「お前と一緒にいるあのサバ黒が、何かちょっかいをかけてきたら、すぐに私に言うといい。首を刎ね飛ばしてやる」


 えぇ……、と困惑するマロンから、ベリーへと、クリスタの視線は移った。


「死ぬなよ」

「えぇ、確かにここは戦場だけど、縁起でもない。やめてよ」

「お前の彼はもう向こうへ歩き出してるぞ。止めないでいいのか?」


 ベリーはハっとし、和気藹々とした雰囲気で、会話を弾ませる三匹の真ん中にいる大阿保の背中目掛け、駆け出し飛びついた。


「こらクリム! どこ行くの!」

「ぃぅ――――つつぅ……、ベリーっ! いい加減にしてくれ!」

「クリムが行かないって言うなら、私も降りてあげる」

「ああ、そう。じゃあおぶって行くよ」


 言うや否や、よいしょと両の太ももを同時に掬い上げられ、ベリーはきょとんとしてしまう。まさか本当にするとは思ってなかった。


「ちょっと、本気ぃ!?」


 冷静な状態で耳元で大きな声を出されると、芯にまで響く。

 クリムは少々顔をしかめながら、彼女にこう返していた。

 

「本気だって。言っただろ。おぶってでも行くって」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る