陽だまりの夢 ④

「彼女の祈りが通じたんですよ」


 君は、なんて問うまでもない。今いる場所なんて見ればわかる。そこで白衣を着て立っている者など、医者以外の何者でもあるまい。


「ありがとう、助かったよ」

「殿下、貴方の手を握り、祈り続けていたブラウンのご令嬢に言うのが先かと」


 確かにと思い、クリムは医師に向けていた視線を戻した。

 

「ありがとうベリー、君のおかげで戻ってこられた。死神の誘いを断れたよ」

「クリム……」

「それに元気も出た。これならいつでも戦える」


 ベリーが何かを言う前に、医師から鋭い声が飛んだ。


「なりません! そんなお体で戦に出るなど言語道断。殿下は冗談がお好きなようだ」

「冗談じゃないと思ったから、デカイ声で言ったんだろ?」

「――本気ですか」

「本気だって。確かめなきゃいけないことがあるんだ」


 しかしそう答えた瞬間、「ダメよ!」とベリーにも止められてしまった。


「絶対にダメ。しがみついてでも止めるから」

「なら君を背負ってでもいく。いかなきゃいけないんだ」

「――どうして?」

「どうしてもこうしても、僕はいかなきゃいけないのさ。真意を確かめ、場合によっては斬るためにね」

 

 あの骸がカーマインでないことを心の底から祈っているが、現実ってのは甘くない。子供の時分に思い知らされた。斬らねばならぬだろう。


 場合によっては、などと口をついて言ってしまったが、大きな被害をもたらしている時点で倒すべき相手なことは確定している。

 

 他の者には任せられない。身内の恥は身内でそそぐ。


 その前に、少し話をしたいだけだ。どういう経緯で寝返ったのか、それを知りたい。兄の心情を知りたい。

 

 クリムはベッドから降りて、兄から託された剣を探す。しかしどこにもなく、どこだろうと思ったら既に握っていることに気付いた。


 クリムは笑みをこぼし、あの時もそうだったと思う。

 冥府の屍共が押し寄せてきたあの夜、カーマインが砂嵐の剣の力を使って逃がしてくれたが、そこまで気が回らなかったのか、身体を巻き上げた風は暴れ狂ったもので、息を吸うことができずに意識を手放してしまった。


 気付くと妹の手も放してしまっていて、途方に暮れたものだ。しかし、この剣だけは不思議と握っていた。離れようとはしなかった。


 よく覚えている。太陽の剣が示す光の方角に歩き続け、小さな街についた。そこに住む民に事情を話し、一緒にこの太陽の国まで逃げてきた。


 太陽王がいるのは砂の国であり、その象徴を掲げるこの国のことが昔は好きではなかった。

 ソマリ八世という王が父と同じように太陽王を名乗っているのも不愉快で、当たり前のように彼をそう呼び慕うこの国の民にも虫唾が走った。

 

『太陽は一つ、ゆえに太陽王も一匹。父のみがそう呼ばれるに相応しき猫であり、真の太陽王はラー・ペルシャである』

 

 言うだけ無駄だった。こちらの民から反感を買うだけだった。その時、彼らの心を知った。自分がもう何者でもないことも、無力であることもだ。


 それからは自らも民の一匹となった。そうしたら友達も沢山できた。親しい者には王族であることを告げていたが、誰も信じはしなかった。


 この赤毛だ。貴族の血を引いていることを疑う者はいなかったが、どこかの貴族が娼婦に生ませた捨て子と、皆の認識はその程度だったように思う。

 だから、ヴィージュもあの驚きっぷり。今思い出しても笑える。

 

 これから、砂の国の王家の血を引く者としての責務を果たさねばならない。

 カーマインはあの時死んだのだ。大好きだった兄はもうこの世にはいない。あれはもう冥府の者。この大地に生きる全ての者に牙向く敵。

 

 汚点は葬り去る。歴史の闇に消えてもらう。


 非情の決断をくだすには勇気がいった。柄を握る手に自然と力が入る。

 しかし、すぐに緩め、クリムはその覚悟が鈍る前に、野戦病院として使われている大きなテントから出ようとした。

 が、後ろからベリーに飛びつかれ、一際大きく、情けない悲鳴をまた上げていた。


「にゃあああああああっ!!」

「ダメよクリムっ! 行っちゃダメ!」


 カーマインは高い壁だ。一度も勝ったことのない剣の天才。だが、その高い壁を超える前にベリーという障害を取り除かねば、先へは進めないようである。

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