砂塵の亡霊 ②

「良いもの見せて貰ったし、それじゃ、行って来るよ」


 そう言って鞭打つと同時、「ま、待たれよ!」と声が掛かる。

 慌てて声を掛けたスピアの顔は驚きに満ち、彼には何も言っていなかったことをクリムは思い出す。


「僕は親玉に用があってね。君もくるかい?」


 スピアは絶句の表情をしていたが、来るには来るようで、指示を飛ばして半数を残し、ネコグリフを隣につけて付き従う。

 

 残った護衛はベリーのお守りだ。周囲を固め、蟻一匹通さぬような布陣をひく。

 しかし、当の彼女からは不安げな視線が送られてきて、ここで大人しく待っているよう、クリムは目で伝えた。


 流石に親玉の所までは連れていけない。強力なアーティファクトを振り回す相手だ。危険過ぎる。


 二匹はネコグリフを並走させつつ、こんな会話をしていた。

 

「なぁスピア、気を悪くせず聞いてもらいたいんだけど」

「何でしょう」

「君らのお姫様を囮に使っていいかい? 確実に仕留めるためさ」


 ふむ、と顎を摩り、スピアは物憂げな顔で一拍あけた。


「この砂嵐に乗じて背後へと忍び寄り、姫に注意を向けているクソ共の親玉に奇襲をかけようという訳ですな?」

「ああ、話が早くて助かるよ。ニャルキュリアはそれをしたって気を悪くするようなタイプでもないだろうし」


 やっていいかと態々二回も口にはせず、クリムは目で問い掛ける。

 するとスピアはへの字に口を閉じ、……と短い沈黙を返した。その横顔から察するに、あまり良い気はしていないようだ。

 

「むしろよくやったと、お喜びになられるような気もしますね」

「それは僥倖。でも悪いね?」

「いえ――、見事打ち倒すことができればこの戦は勝ったも同じ。最善の一手のように思われます」

 

 ただ、そう上手くはいかないだろうなとスピアの顔には書いてあった。胸中の不安が諸に出ており、提案したクリムも同感であった。


 クリスタにはマスターシュという手駒がいる。それにスカイだって来ている。どちらかを回り込ませば同じ手が簡単に打て、西の英傑とも称される彼女がそれを実行していないようにはとても思えない。


 回り込み、囲い込むなんてのは誰でも思い付く常套手段。しかし、スカイは止めなかった。なら、彼は勝算があると踏んでいる。


 この腕を高く買ってくれているような気がしないでもない。いや、恐らくそうだろう。なら、期待に応えてやるほかない。いつだってそうしてきた。そうやって勝ち星を積み上げてきたのだ。

 

「問題は、雑魚を蹴散らしながら回り込まなきゃいけないってところなんだけど……」


 地鳴りのような音が響いてくる。死を恐れぬ屍共の全軍突撃が来たようだ。見えるとその圧迫感に竦み上がるものだが、見えぬというのもまた怖い。

 

 恐怖を掻き立てられた近衛共が動揺を見せている。ケアしてやらねば使い物にはならないだろう。初陣ゆえ仕方ないことではあるが、本当に頼りないなと思いつつ、唯一使い物になりそうなスピアに軽く目配せして、クリムは太陽の剣を抜き放って掲げた。剣に意識を向けさせたのだ。


「神の子らよ、臆するな! 例えこの身が朽ち果てようと、我らの魂はこの光が差す天へと誘われよう」

「冥府へと誘われ、奴らに魂まで喰い尽くされる心配はないという訳だ! 不甲斐ない戦いを見せるでないぞ! この身を賭し、殿下をお守りするのだ!」


 スピアが思いのほかうまく合わせてくれたことで、武器を突き上げた近衛達から「おおーっ!」と力強い返事がかえってくる。


 これで問題なし。奮い立ってくれたのなら、近衛騎士に抜擢されるほどの力を遺憾なく発揮してくれることだろう。

 

 そう思っていた。露払いを彼らに任せ、自らは親玉に集中できるように思っていた。

 ほどなくして、視界の先に小さな影が映り込む。そいつは他の屍共とは違い、立って歩き、たった一匹でこちらへ向かってきていた。

 

 まさかという思いがあった。クリスタの方にではなく、こちらへ来たのか……?

 大きく目を見開くクリムの手元では、太陽の剣が光の粒子を躍らせ、まるで再会を喜ぶかのように振る舞う。

 直後、砂の国で用いられていた白いローブが目に入った。

 

 ターバンを巻いた頭の肉は削ぎ落ち、剥き出しの頭蓋の窪みには目のように浮かぶ二つの青白い火。

 その火がすっと細められ、まるでクリムと、彼の持つ太陽の剣をどこか懐かしげに眺めているようだった。


「呼ばれているような気がして来てみれば、大きくなったな、クリム」

 

 忘れもしない、兄の声だった。悪夢を見るたび耳にする兄の声に相違ない。

 頭の中を真っ白にし、時を止めたかのように硬直するクリムに白刃が振るわれる。


 見えぬ刃が跨るネコグリフもろとも彼の体を切り裂き、血を噴き上がらせて崩れ落ちさせた。

 

「――で、殿下っ!」


 叫んだスピアがネコグリフから飛び降り、クリムに駆け寄り抱き起す。

 幸いなことにまだ息はあったが、予断を許さぬ状況にほかならない。

 斜めにばっくりと開いた傷口からは血が溢れ、みるみる彼の顔からは、血の気が引いていく。


「何をしておるかっ!」


 その一喝で我に返り、慌てて駆け寄ってきた救護の心得のある者に止血を任せ、スピアはネコグリフに跨り直す。


 守り抜かねばならぬ相手をやられて、このままおめおめと行かせてしまっては末代までの恥となる。

 湧き上がる怒りに顔を真っ赤に染め上げ、スピアは手に持った槍を突きつけた。

 

「やってくれたな下郎。この命を持って償わねば、閣下はおろか、姫にも父上にも顔向けできぬわ」

「……私は、クリムを斬るつもりなどなかった。どうして私はクリムを斬った」

「世迷言を、貴様が殿下とどういう繋がりのある者かは知らぬ。ただその穢れ切った魂をこの場に置いてゆけ」

「頭が痛い……、頭が回らぬ。何故だ、何故私はクリムを斬った」

 

 話が通じない。しかし大した問題ではない。どうせこの場にて冥府へと送り返す相手、構わぬと、スピアは隙だらけに見えた敵将へ突撃した。


 ただ、相手が悪かった。たった一振りで勝負はつき、竦み上がって動けぬカカシ共を尻目に、砂塵の亡霊は吹き荒れる嵐へ姿を消していく。


 しばらくして、目の前に現れた血みどろの亡霊を見て、クリスタは眉間に皺を寄せた。嫌な予感がした。彼女が亡霊の凶行を知ったのは、いつものように明け方まで戦い抜き、追い払った直後のことであった。

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