第七章 開幕

砂塵の亡霊 ①

 ネコグリフに跨り、望む前方は広大な平野が続くばかりで敵の居所は分からない。

 しかし、傍にはいるはずだ。夜の帳が落ちるのをじっと待ち、牙を覗かせてくるはず――――。


 輝きを放つ太陽の剣がそう告げている。

 遠くで眩しく輝いているのはクリスタの槍だろう。神々しく見えるが、もし太陽の剣と同じ理由で光を放っているのならば、危険信号に他ならない。


「まだ姿を現してすらいないってのに……」


 ぼやきとともに、クリムは抜き放っていた太陽の剣を仕舞い直した。クジラの時とは違い、下から襲われる可能性は無いに等しい。屍共は土に潜りはするが、中を魚のように泳いだりはしないのだ。ゆえに潜った場所から距離さえ取っていれば、不意を打たれる心配はない。

 

 そいつを逆手に取り、頭を出したところを斧で叩き割るモグラ叩きなる戦術もあるが、今回の相手には通用しないとのこと。


 一度やって、地獄を見たってさ。スカイがそう言っていた。


「正に太陽のような雄々しき輝き。それが太陽王ことラー・ペルシャ陛下より受け継いだ砂の国の秘宝でありますか」


 宣言通りスピアは戻ってきた。

 クリムは声のした後ろを振り返り、近衛達の先頭に立つ彼に淡い笑みを向けた。


「正確には、兄さんから受け継いだものなんだけどね」

「ほう、兄上より」

「ああ、兄さんは僕にこれを手渡して、父上の形見と妹を頼むって……」


 落とした声とともに、クリムの表情も僅かに沈む。


「最後まで、勇敢に戦い抜かれたのですな」


 すると励ましの言葉を貰い、クリムは笑って「ああ」と頷く。

 兄の最期、見届けることは叶わなかったが、末路はわかった。


 奪われた物、返して貰うぞ。

 そんな決意を顔に覗かせると同時、今度は隣のスカイに話しかけられる。


「気を付けるんだよ。あと迷子にならないように」


 彼には、敵将の武器がもう一つの砂の国の秘宝である可能性が高いことを既に告げてある。それを奪い返しに行くこともだ。


 頷きだけを返したクリムの胸の奥では憎悪の火が燃え盛り、彼を戦士ではなく復讐鬼へと駆り立てていた。

 あの日のこと、忘れたことなど一時たりとてない。 


 あの時は何もできなかった。物陰でただ震え、見ていることしかできなかった。

 でも今は違う。力を得た。傭兵に身をやつし、血生臭い戦場を駆け続けること十年、周りから一目置かれるほどの力を得た。

 

「こぉらプチィ! 前に来るんじゃねぇ!」


 そんな怒鳴り声が耳に入り、クリムは我に返って声のした方を見つめた。プチィが何やら迷惑をかけたようで、ヴィージュがご立腹な様子。


「お前は負傷した奴を運ぶ役だって言っただろが! わかったらさっさと戻りやがれ、邪魔だ邪魔」


 ちぇ、とこぼしつつも素直に引いて戻るあたり、プチィは一度襲われた恐怖を克服しきれてはいないようだ。でもそれでいい。


 初陣で血の気の多さを見せた者の多くが、悲惨な末路を辿ることになる。

 ただ、スカイがプチィとこちらを見比べながら笑っており、それが少々気になった。


「何が言いたいのかな?」

「いや、てっきり似たような境遇の子のように思っていたからね。でもあの子の瞳には憎悪がない。君が内に宿す身を焦がすような憎悪がね」

「僕のように奪われた子じゃないからね。勝手についてきただけの普通の子だって言っただろ?」

「傭兵の君について行くんだ。相応の理由があるように思うじゃないか」

「何もないさ。いや、あるのかな……」

 

 憧れられているような気はしている。そういうきらきらした目線をよく向けられていた。


「君は子供達のヒーローだからね」

「僕のことを言えないだろう? 君の方が人気者だ」

「まぁ二匹足しても彼女ニャルキュリアには敵わないさ」

「言えてる」

「ご婦猫相手なら負ける気はしないけど」


 はっはと笑い、言えてるとクリムは頷いた。この感じ、懐かしい。一年も離れていないというのに、随分久しぶりな気がする。

 

 必要以上に入っていた力も肩から抜けた。

 こういうケア上手なところがあるから、暑苦しくても嫌いにはなれない――――いや、本心は違う。

 クリムは心の底ではスカイを実の兄のように慕っていた。兄の面影を彼に見ていたのだ。


 カーマインは、スカイのようにべったりなタイプではなかったが、同じように面倒見の良い兄ではあった。

 

 赤い空が黒みを帯びてきて、否が応にも緊張感が増してくる。それは兵達の身体から発せられるもので、じとりと武器を握る手を湿らせた。

 同時に舞い降りた戦いの前の高揚感にある者は息巻くように鼻を鳴らし、ある者は歌を口ずさんで強張っていく身体を解きほぐす。


 冷たい風が吹いてきて、夜の訪れを一足先に皆に告げる。

 直後、闇が空を包み込み、星月が輝きを放ち始めた。次の瞬間、平野の向こうに青白い火が次々と灯った。


「構え!」


 号令が飛ぶ。前列の歩兵が両手持ちの大盾を前に出し、ネコグリフに跨る後列の騎乗兵が握る長槍にぐっと力を込めた。


 勝負どころは、初っ端だ。

 先頭を駆ける屍共を騎乗突撃でうまいこと転ばせて後続を巻き込み、威力を殺さねば、こちらの防衛がなぎ倒され、そのまま下敷きにされて大勢轢き殺されることになってしまう。

 

 その時、私はここに居るぞとばかりに一本の光の線が闇を穿った。

 しかし、途中で屈折するように折れ曲がって明後日の方向へと飛んで行き、直後風が荒れ狂い、土煙を上げて砂嵐へと変わる。


 視界が閉ざされるばかりか、小石が飛んできたり、呼吸もしづらくなったが、スカーフ代わりにもなる長い毛に覆われたクリムには大した影響を及ぼさず、彼は目の前の気象現象を懐かしむように見つめ、すぐにその顔を引き締め直していた。

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