友 ②
ヴィージュの話では、周辺の貴族も取り込んで三万強にまで膨らんでいたニャルキュリアの軍は壊滅。
一割を切るほどまでに減らされてしまい、残りはたったの二千強とのこと。それも遠方より駆けつけた援軍を足しての数字だ。
悲惨なんてものではなく、これには思わずクリムも天を仰いでいた。
「何が何やら分からんうちに、大勢すり潰されたらしくてな」
「風を操るアーティファクトを持つ新手ねぇ……」
「竜巻に砂嵐、見えない刃まで飛ばしてきて、もはや何でもありのやべぇ奴だぜ今度のは」
クリムの脳裏には、兄の姿が過っていた。
兄が使っていたアーティファクトも同じことが出来たのだ。
それを奪われ使われている可能性、大いにあり。それすなわち、兄の死を意味した。
「しかも聞いて驚け。そいつは俺らと同じ、猫なんだよ」
クリムは大きく目を見開く。
「なんだって?」
「邪教徒って噂だ」
「……ああ、その手の輩。ほんとにいたのか」
世界の破滅を望む異端の者達。いると、風の噂で聞いたことはあったが、クリムはこの時まで半信半疑であった。
そんなことをして何の得がある。酔狂極まる思想を持った連中がいたものだ。いや、既に大きな被害を出しているのだから、屍共と変わらぬ邪悪な存在と考えた方が良い。
一致団結して戦わねばならぬ時に厄介な……、そんな想いが溜息となり、喉を通って外にもれでる。
「そいつはしかもな。ああ、いや何でもねぇ」
「なんだよ、言えよ」
「気にすんなって。話を戻すぞ」
気になる態度を見せつつも、かいつまんで今までの顛末を話し終えるとヴィージュは後ろに両手をつき、「わりと詰んでると思わねぇか」とクリムに尋ねかけた。
クリムは渋い顔で腕を組んでおり、唸っていた。
「砂嵐で視界を塞がれるっていうのが厄介過ぎるな……」
「ああ、こっちは何も見えねぇってのに、向こうは見えてるみたいに襲って来るんだ。生命力に反応してるんだっけか? よく知らねぇけどよ」
「防戦一方ってのは辛いね」
「亀みたいに縮こまるしか打つ手がないからな。スカイの旦那も嘆いてたぜ」
「魔術とまで謳われた奇抜な策が使えないって?」
「ああ、天候を操られては流石に対処できないってよ。めがみの光の槍も通じねぇし、ほんともうどうしろって感じでな……。ストレスで禿げ上がってる奴多数だ。俺も結構キテる」
「おとこ前が上がって良かったじゃないか」
「てめぇもすぐにそうなんだよ!」
「あまり考えたくはないな。でもニャルキュリアの槍って僕のこの『太陽の剣』より凄いって聞いてたんだけど、実際に見た感想は?」
「雲をも穿つってのは、比喩なんかじゃなかったって思い知る」
「ほーう、そいつは凄い」
「そらもうばびゅーんって感じで光が伸びてな。ありゃ多分鉄砲よりも射程距離があるぜ。加えて大砲以上の破壊力、らしくてな。あっさり弾き飛ばされてたから何とも言えない気持ちになったが」
「向こうのアーティファクトの方が性能が上ってことか。増々勝てるビジョンが見えなくなったな」
「だからやべぇ奴だって言ったじゃねぇか。だがな、撤退の二文字は俺達にはねぇ。勝利の美酒をプレゼントしてやりてぇ相手がまだ心折れずに戦ってんだ。俺等も折れる訳にはいかねぇよ」
「ここまで追い込まれてるってのに、兵の顔に悲壮感が漂ってなかったのはそれが理由かい。大した統率力だ」
「めがみは戦の申し子だからな。お前マジで見たらびびるぜ? 息を呑む美しさだ、月どころか太陽だって恥ずかしがって姿を隠す――――ああ、待て。それで思い出した」
何を、クリムが目でそう問いかけると、ヴィージュは熱く語り始めた。
「聞いてくれよクリム。俺らが立ったあとによ、とびっきりの別嬪が遥々夜の国から援軍に駆けつけてきてくれたって話でよ、俺はもうそれを聞いて……」
そして、ぐっと拳を握るや震わせ、一目拝んでから来たかったとこぼす。
「分かるだろ! この気持ち!」
しかしクリムの意識は、余所へ向いていた。
「ああ、戦の途中でこっちへ来たから兵の数が……、密かに夜の国とやり取りをしていた王が、援軍の約束を取り付けて劣勢を覆す為に……、でないと説明が」
「いや聞けよ!」
「聞いてるだろ。話半分には」
「お前な、こんな可愛い子ちゃん侍らせて戻ってきたってのに……」
ヴィージュの目が、一瞬ベリーへ向く。
「淡泊なのは変わってねぇのな」
「そんなものに現を抜かしている余裕がないだけさ。まず妹を見つけてから、僕のことはそれからだね」
「いやおい、まさかお前……、こっちの嬢ちゃんほったらかしかぁ?」
「ほったらかしになんてしてないさ。かなり気を遣ってる方だと思うけど」
クリムに目を向けられたベリーは、その時こう思っていた。
違う、クリム、そういう意味じゃないと。
しかし、口にしても無駄だろう。クリムは恋愛に無頓着過ぎる。首を傾げられるだけだ。
ヴィージュも顔に呆れを覗かせながら、頓珍漢な回答をした彼に大きな溜息をついていた。
会話が途切れたその刹那、クリムの意識は外に向き、寝息が耳に入ってそちらを見る。
話に混ざれず退屈そうにしていたプチィが、いつの間にかナッツと一緒に奥の二つの籠を占拠し、気持ち良さそうに眠っていた。
いいな、自分もあの中で丸まりたい。
ヴィージュがそんな衝動に駆られているクリムにこう言った。
「良いベッドだろ? バスケットキャット侯爵からの贈り物でな」
「あぁー、じゃああれが噂の」
バスケットキャット侯爵の領地には、国一番の金鉱があり、頭を守る防具として籠が使われていた。
それは寝床としても使え、中で丸くなると抜群の寝心地だそう。しかし奥にある二つの籠は、どう見ても頭を覆うものとして適切なサイズをしておらず、あれを被って動けるのかという疑問も生じる。
「ああ、それを改良したもんらしいぜ。被る必要はねぇからな、寝やすくしてくれたんだよ。まぁ見ての通り、即効で夢の世界へいける」
「羨ましい限りだね」
クリムはそう返すと、衝動を抑え込み、その場で丸まった。
今から寝ておかねばならぬのだ。決戦は夜となる。
この前遣り合ったクジラが特殊なだけで、屍達は太陽がある時間は手出しのできない地中深くへと潜り、日が落ちると同時に姿を現す。
「ベリー、君も寝ておいた方がいい。夜通し戦うことになるからね」
急にそんなことを言われても、そんな風な戸惑いをベリーが見せたその時だ。
テントの入り口がバサっと開き、夕日のような毛色をしたオスが姿を見せた。
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