第六章 戦場へ

侯爵自慢の兵 ①

 広い円形の中庭は芽吹く緑が美しく、植物達が一心に葉を伸ばす先にあったものは、二つ目の大穴。そこからは陽光が降り注ぐ。


「態々この為に掘ったってのかい? 凄いな」

 

 クリムは目を細くしながらそんな感想を述べ、お手上げ気分でゆるゆると頭を振った。

 ベリーも驚嘆しているようで、ぽかんと口を開け、上を見つめている。


「なんかクリムが驚いてた理由が、やっとわかった気がする……」

「こっちは発掘ついでに掘った訳じゃないだろうし、まったく恐れ入るよ」

「シャベルで?」


 えいえい、なんて掘るアクションをベリーがして、クリムは笑いを返す。

 

「ツルハシかもよ? カンカンカンカンやったのかも」

「それは無理がなぁい?」

「どっちにしても無理があるって。大変な労力だよ」

 

 王の墓、ピラミッドの建設とどちらが大変だろう。そんなことを思いつつ、そのまま彼女と雑談を続けていると、ぞろぞろと鎧を着込んだ連中がやってくる。

 

 その先頭に立っているのは侯爵だ。

 脇に控えている奴にも見覚えがある。迎えにきた騎士団を率いていたオス。同時に、彼らが態々、街中で物々しい恰好をしていたのにも合点がいった。


 もしものことに備えて。そのように思っていたが、そんなものは鎧を着ずとも対処できる事柄だ。

 なら、最初から付いていかせるつもりで準備させておいた。


 だからこそ、こんなにも早く用意でき、補給物資らしき積み荷まで持ってきているのを見るに、まず間違いはなさそうである。


「殿下、この者達は戦に出るのを今か今かと待ちあぐねていた我が側近達。腕の程はこのわたくしが保証致しましょう」


 そんな奴らを持ってくるなと言いたいが、端からここを捨てて逃げるつもりなら、守りの要など確かに不要だろう。

 随分なものを押し付けられたと、小さな溜息をこぼすクリムの前で、侯爵が首を後ろに向け、スピアと呼んだ。

 一歩前へ出たのは、話したあいつだ。


「特にこのフレイムスピアは、紅蓮の槍の異名を持ち、十、いや、二十もの屍を同時に相手どれる凄腕の持ち主。殿下には五百の兵に匹敵するとお話ししましたが、実際にはその程度ではございません」


 そうだなと同意を求められたスピアは、無論と肯定し、続けた。


「我らの突撃は、千、いや、二千の兵には匹敵致しましょう」

「まだ過小評価しておると、お前はそう言いたいのだな? 聞きましたかな、殿下。何とも心強い言葉、この者達は必ずや殿下のお役に立つことでしょう」


 何だこの茶番は。クリムはそう思ったが、言いたいことを喉の奥へと押し込み、心にもないことを言い連ねる。


「私は幸せ者ですな、この地を守護してきた精鋭達を譲り受けられるのだから」


 何がだよ、ふざけんなと思いながら差し出す手を、侯爵が取る。そして二匹は固く握り合った。


「必ずや勝利の報をお届けしよう」

「お待ちしております。しかし殿下、くれぐれもご無理はなされませんよう」

「心得ているとも」


 握手を終える間際、侯爵がほんの一瞬心の内を顔に覗かせた。

 何やら企てていそうな悪い顔だった。軽く怖気が走ったが、今は仕掛ける気はないようで、騎乗用のネコグリフも譲り受け、跨って、出発することとなったのだが、中庭に押し込められてクリムは首を傾げる。


 直後、地面が揺れ、何だと思った瞬間には浮遊感があり、驚いている間に地表に着いて、彼はぽかんと口を開けた。


「驚いたな……、なんだったんだ?」 

「すげぇなこれ! おいらもっかい乗りてぇ!」


 外で待機させておいたプチィもしっかり呼んであり、ナッツの上で両目をきらきら輝かせて、子供らしいことを言っている。ベリーの感想はこんな感じだ。

   

「ほんとオーバーテクノロジー。こういうの見ると、今遣り合ってる相手がどれほど強大か分かるわね……」


 冥府より蘇った屍共を意のままに操る奴らの長、そしてその側近連中は、かつてこの地で繁栄した叡智ある存在であった。

 彼らは自らを人や人間と呼称し、大きな身体と優れた頭脳、そして何より優れた技術を持っていた。


「共存思想な者が蘇ってくれたら良かったのですがね。彼らが我らの先祖のために生み出したフードは、思わず駆け出したくなるほどに美味い」


 スピアはそう言う。彼に笑い掛けながら、本当ねとベリーが相槌を打っていたが、すぐにしまったという顔をする。


「あ、いや、違うの。違いましてよ、おほほ、ほほほほ」

「構いませんとも」


 スピアは苦笑を返しながら、こう続ける。


「麗しきブラウンに対しても、くれぐれも丁重にと閣下より仰せつかっておりますので」

「気楽に話していいってことさ」


 クリムもそう伝え、すぐにプチィに指を突きつけた。釘を刺しておかねばならぬ輩もこの場にはいるのだ。

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