キャットホール ⑥

 一つと、クリムは指を一本立てた。


「今の生活が性に合ってる気がしてね。正直疲れるんだ。貴族同士のやり取りって」

「王族の言葉であるとは……、とても思えませんな」

「それは僕も自覚してる。でもだからこそ、僕は何もかも失ったことを受け入れられているんだと思う」


 侯爵は納得できないようなしかめっ面をする。先を促されているようで、クリムは更にもう一本指を立て、続けた。


「もう一つは今何かに縛られたくはなくてね。妹を探しているんだ」


 それを聞いた侯爵は、驚いたように一瞬パチっと目を開けた。


「よく知りもせず、最後に生き残りなどと言ってしまったこと、深くお詫び致します」

「いいさ。実際生きているかどうかは分からないんだ」

「しかし殿下、なら尚更大きな後ろ楯が必要となるはずだ」

「わかってる。だから交易商達の力を借りていてね。少数で細々探している訳じゃない」


 クリムはそう言うと深く息を吸って一拍あけ、核心に切り込んだ。


「もうよそう。やり手の侯爵閣下。僕を傀儡にしようとするのはよせ」

「そのようなこと……、とんでもない」


 侯爵はそう言ったが、すぐに笑ってこう言った。


「などと言うだけ無駄でありましょうな。やはり殿下は聡明でございますな。脂の乗ったはらわたに紛れ込んだ腹壊しを見抜かれたか。あれに噛まれると悲鳴を上げてのた打ち回り、いっそ殺してくれと願う者までいる。死には至りませんがな」


「……恐ろしいことを言わないでくれよ。それに確信があった訳じゃない。臆病風に吹かれただけって感じかな」


「だとしても、父君であれば、いや兄君であっても、同じ状況であれば迷わず腹に収め、そのうえで私を上回ろうとなされたはず。王とは、そして王を志す者とは、それぐらい肝が据わっていなければ務まらぬものなのです」


 クリムは思わず、憮然とした表情をしてしまった。

 

「悪かったね。でも言っただろう。僕はもう王族なんかじゃないって。だったら侯爵様相手に上から物言うなって話だけど、それをお望みのようだったから、今更無礼だなんだと言うのはなしにしてくれよ。下手にでてきたのはそっちだ」

 

 すると見当違いなことを言ってしまったかのように、侯爵はゆっくりと首を横に振って返してきた。

 

「殿下、ご自身でいくらそう仰られようが周りはそうは思わない。そのこともゆめゆめお忘れなきよう――――さて、我が娘の窮地に颯爽と馳せ参じて下さった殿下を随分長い間足止めしてしまった。お詫びとして精鋭百騎をお譲り致します。好きにお使いください」

「いや……って断っても、押し付けられそうな気がするな……」

「私の顔に泥を塗りたいとお考えなれば、好きになされるといい」


 言った傍からこれだ。ここぞとばかりに権力を振りかざしてきて、退路を塞いできた。

 老獪な化け猫が、反吐が出ると心の中で唾を吐き掛けながら、クリムは笑った。


「無論頂戴しよう。侯爵殿の心遣いには感謝している」


 その言葉を聞いて、侯爵もにこやかに笑った。


「何、これも殿下の猫徳にゃんとくの致すところ。すぐに準備致しますゆえ、しばしの間この場にてお待ちを」

「いや、少し外の空気を吸いたい気分でね」

「では、中庭へ案内させましょう」


 普通の城ならそれも可能だろう。しかし、この城は横穴の中。中庭に出たって屋外になど出られない。

 侯爵が軽く手を叩いて召使いを呼び、疑問に思いながらもクリムはベリーを連れて召使いのあとについていく。


「クリム、クリム。きぞくぅーって感じのやり取りしてたわね? なんて言うの、例え話を含めた知的なやり取りっていうか、腹の内を探ろうと互いにつつき合う感じ。あれ私結構好きなのよ」


 はしゃぎつつ、小声で言われ、クリムは笑った。


「そう見えたかい? 大したものじゃないさ」

「でも良かった。クリムがなびかなくて」

「侯爵を実直なタイプと読んでいたら、嵌ってた気もするね」

「もう、そっちの話じゃないんだけど」

「じゃあどっちの話。分からないな」

「わからなくていーのっ!」

 

 何だそれと思いつつ、エントランスまで一度戻って奥にあった中庭とやらに案内され、クリムは上を見上げて、仰天しそうになった。

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