騎獣ネコグリフ ②
「……ありがとう。一頭だったかい?」
「おん、一匹だったぜ。毛の感じからして、多分巣立ったばっかのやつだな」
「それは僥倖。若い奴の方が手懐けやすいらしい。――――さて、夜ふけまで待つつもりだったけど、一回チャレンジしてみるかい?」
若い個体はあらゆる面で経験不足。下手に様子見してどこかへ飛んで行かれるリスクを考えたら、さっさと忍び寄り、虚をつくように飛び掛かった方が勝算が高い。
「へへ、警戒心薄そうだしなぁ。多分簡単にとりつけるぜ」
「心強いね。獲物取りの名手は言うことが違う。じゃあ、作戦開始といこう」
ベリーをおろすと、クリムは靴を脱いで前足を地面につけた。
プチィも同じことをしていて、二匹は頷き合うと、肉球のクッションを巧みに使って音もなくネコグリフに忍び寄っていく。
下を激しく流れる川音、そして、そこに落ちる大きな滝の音が聞こえてくると、夕闇に光る目が『上半身が鷲、下半身が猫』の姿をした獣を捉え、プチィが速度を上げる。
ここから慎重に距離を詰めようと思っていたクリムはそれに驚き、驚いている間にプチィはネコグリフに飛びつき、背にとりついてロデオし始めた。
「おぉうわ! こんにゃろう! 大人しくしやがれ!」
「――――プ、プチィ! 翼だ! 翼を押さえ込め!」
クリムは声を上げるや大急ぎで向かい、ばさばさ振るわれる片側の翼にとりつく。
そして、叫んだ。
「ベリィイイイ!」
斜面を駆け上がり、姿を見せたベリーが月夜に向かって杖を掲げた。
「魔法の杖よ、空で輝く水の星を写し取れ!
先端の水晶に青い星が浮かび、杖が振るわれると同時、生まれた大きな水球がクリムとプチィ諸共ネコグリフを中に取り込み封じ込める。
これで逃げられる心配はなくなった。あとは手懐けるだけとクリムもプチィにならって上でロデオし始めるが、
「よっと――――わわわぁあ!? おごっ」
すぐに振り落とされ、そのうえ後ろ足で蹴り飛ばされ、弾力のある水球の中を跳ね回る。
「クリム……、大丈夫?」
「ああ、何とかね。パワフルで驚かされたよ。よし、もう一丁!」
意気込みやよし。しかし、クリムはその後も振り落とされるばかりで役に立てず、脅威のバランス感覚で最後まで振り落とされることのなかったプチィが、一匹でネコグリフを手懐けていた。
「どうどう。よーしよし、おいらの言うことちゃんと聞くんだぞ」
はぁ、とクリムは座り込んで溜息をこぼし、ベリーに言った。
魔法を解いてくれと。
水球が消え、クリムはそのまま後ろに倒れ込む。
「面目ない……」
「もう、クリムはほんと戦い以外はダメダメね」
ベリーが笑っていた。
「悪かったね。でも僕が駄目なんじゃなくて、プチィが凄いだけさ」
プチィは好かれやすい体質でもあるようで、すぐにネコグリフとじゃれ合い始め、ナッツと名付けていた。
「お前は立派なのを持ってるからなぁ。爺ちゃんのよりもデケェや」
名前の由来に察しがついたが、あえて触れず、クリムはプチィの後ろに飛び乗った。そして、ロデオが始まってぶっ飛ばされる。
「うわああああああ!!」
頭上に生い茂る枝葉に突っ込み、全身傷だらけだ。
その後も強烈な蹴りをもらったり、嘴でつっつかれたりして散々な目に遭い続けたが、プチィが説得を続けてくれたことで何とか背に乗ることを許して貰え、クリムはナッツに跨って、すっとベリーに手を差し出した。
「ねぇ、ほんとに乗って大丈夫なの?」
「大丈夫さ。そうだよなぁ、ナッツ?」
ナッツはちらとこちらを見たが、すぐにすんとむこうに頭を向けた。
「わりぃ、クリムの兄貴。こいつかなり気位が高いみたいでさ」
「わかってる。やんちゃな奴だってことはね」
クリムは、おっかなびっくり手を掴んできたベリーを引っ張り上げて後ろに乗せ、プチィの腰元を叩いた。
「船長、ナッツ号を発進させてくれ」
「あいあいさー! 行くぞナッツ! 山を駆け登っちまえ!」
ピァアとひと鳴きして、ナッツは駆け始め、一息に山を駆け登ると翼を広げ、空に羽ばたく。
「うひぁあ! こいつはすげぇや! ナッツやるじゃねぇか!」
一気に視界が開け、眼下には街道が見える。ネコグリフは飛翔能力がそれほど高くなく、すぐにその傍に降り立って地面を駆けていたが、このペースで街道を辿っていけば、それほど掛からず次の町まで辿り着くことだろう。
「よーし、ナッツ。次はおいらと競争だ!」
プチィが背から飛び降り、ナッツと並走し始めた。本当に彼の身体能力には驚かされるばかりだ。騎獣と並走できる奴などクリムは今まで見たことがなかった。
歩きでいけばふた月以上は掛かる道のりを、クリム達は僅か四日で走破し、地面に空いた巨大な穴の前で揃って足をとめる。
眼下に広がるのは迷宮のように入り組んだ
大穴迷宮キャットホール。
その時、荒涼とした大地を吹き抜ける風に、クリムはある種のにおいを嗅ぎ取って、険しい顔付きをした。
戦場の残り香のようなものが風に混じっていた。
冥府の軍勢は、もうそこまで迫ってきているのかもしれない。
あまり悠長にはしていられないなと、彼はそんなことを考えながらしばしの間先を見つめ、下に続く長い階段に足を置いていた。
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