騎獣ネコグリフ ①

「プチィ、野生のを捕まえるのは至難の業なんだ。かなり気性が荒いっていうのもあるけど、そもそも僕らよりずっと足が速いからね……」


 へへん、とプチィが鼻をこすって自信有り気な顔をする。クリムもその時思った。プチィならいけるのではないかと。


「おいらに任せとけってんだ。一度遣り合ってみたいと思ってたんだよ。おいらの俊足に匹敵するって噂のネコグリフの野郎とよ」

「君の足ならいけるかもね。よし、希望が湧いてきた。作戦を考えようか」


 いの一番に手をあげたベリーが、森を焼き払って追い立てるとか言い出したがそれは却下だ。彼女には最後の仕上げを頼むとしよう。


 クリムは思い付いた作戦を二匹に話し、遠くに見える山を目指し始めた。多少の寄り道にはなるが、うまくいけば次の町には歩きでいくよりもずっと早く着けるだろう。


 体力を温存する為でもあるが、クリムは考えがあってあえてゆっくり向かい、山のふもとに着いたのは夕暮れ前であった。ただ、思ったより早く着いてしまった。


「ネコグリフを探しつつ、夜ふけまで待つのが懸命かな」

「寝込みを襲って捕まえるわけね。プチィ、ちゃんと起きてなさいよ」

「余裕だってんだ。乳なし、お前こそヘマすんなよなぁ」


 ベリーのこめかみにビキっと青筋が浮かぶ。

 

「誰のことを言っているのかしらぁ? このクソガキは」

「お前のことに決まってんだろ。悔しかったらもっとおっぱい大きくしてみせろ」


 拳が握りしめられると同時に振り下ろされたネコパンチを、プチィはさっと躱し、駆け出す。


「こらぁ! 待ちなさい生意気ボウズ!」


 で、ベリーが追いかけていって、毎度毎度飽きないなとクリムは思った。

 旅の道中、似たようなやり取りがよくあった。

 そのたびにベリーから、「もう、あんなガキ早く放り捨ててよ」と文句を言われるのにも慣れたものだ。


 はぁ、と溜息をこぼし、プチィが戻ってきたタイミングで首根っこを掴んでひっ捕らえ、あとからぜぇぜぇ息をきらせて戻ってきたベリーも同じようにして、クリムはひっ捕らえてしまう。


「ここでじゃれ合う分には構わないけど、山の中では絶対にするなよ。僕は迷子なんて探したくはないからね。わかったかい?」


 そして、脅し掛けるように低い声で釘を刺していた。二匹はこくこくと頷く。


「よし、じゃあ行こうか」


 あんたのせいでクリムに怒られたじゃない。とか、お前が先に言ってきたんだろうが。なんてまだ言い争いをしているので当分吊るし上げておく必要がありそうだが、この作戦はチームの連携が鍵を握る。二匹が少し大人しくなってくるとクリムは二匹を解放し、ここでは喧嘩せず僕の指示に従うようにと、もう一度釘を刺した。


「……なぁ、クリムの兄貴どうしたんだ?」

「知らないわよ。でも、妙に不機嫌ね……」


 そんな会話が後ろから聞こえてくる。多少苛立っているのをクリムは自覚していた。二匹の相手をするのが面倒に感じてきていたのだ。

 オス同士であれば力を誇示すれば物事のほとんどは解決するのだが、メスや子供が相手となるとそうもいかない。

 ただ、それも次の町に着くまでの辛抱である。二匹を戦場にまで連れていくつもりは、クリムにはなかった。


 草のない獣道から山に踏み入り、ずんずん突き進んでクリムはネコグリフを探す。もっとも、先行するプチィの方が先に見つけてしまうだろうが。彼は爪を立てて木に駆け上がるや身軽に頭上を飛び回っていた。

 問題はベリーだ。しばらくすると遅れ始め、しまいには杖をつきながら山を登り始めた。


「ベリー! 大丈夫かーい」

 

 クリムが振り返って声を飛ばすと、はぁはぁ息を切って、ベリーは首を横に振った。

 クリムは頭を掻き、彼女のもとまで駆け下りていく。そして、手早く背におぶってまた斜面を登り始めた。


「その……、ご、ごめんね?」


 するとベリーが、しおらしくそう言った。

 クリムはふっと笑ってこう返す。

 

「いいさ。君にへばられると困るしね」

「……うん」


 まるで呟くように小さく口にすると、ベリーはクリムの背にもたれかかって両目を閉じていた。

 夕焼け空が暗い色を湛え始めると、ほーう、ほーうとフクロウの鳴き声が聞こえ始め、その声を切り裂くようにピアァアっと鋭い鳴き声が山にこだまする。


「クリム、今のって――――」


 背から辺りを見回すベリーとともに、クリムも周囲に目を配っていた。

 

「ああ。いてくれて良かったよ」


 ネコグリフはどの山にも住んでいる訳ではない。少なくともフォレストサイドに行く際に通った山にはいなかった。もっと身体や翼が大きいのはいたが。そいつを怖がって中腹で逃げ出してしまい、あの時は途方に暮れたものだ。


「気を付けて。群れでいたら襲ってくるわよ」

「わかってる。どうも気が大きくなるみたいだからね。一匹の時は臆病な癖に」


 その時、先行していたプチィが宙で木々を蹴りつけながら、ジグザグ飛びで戻ってきて、クリムは驚きを通り越して少し呆れた。まるで曲芸。サーカスでも見ているような気分だった。


「へへ、クリムの兄貴ぃ、いやがったぜぇ。少し行った所にある崖の傍だ」

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