懐かしき戦友 ②
「クリムの兄貴はどんな風に前線で活躍してたんだ? 新聞にはあんま詳しく書かれてなかったし、クリムの兄貴に聞いても『片っ端から斬り伏せてただけさー』なんて澄ました顔で言うばっかりでよぉ……」
プチィは不満げに口を尖らせる。するとキャロットがクリムにこう言った。
「なんだよ、少しくらい語ってやれよ。おめぇの武勇伝を、いや、英雄譚をな」
「僕は英雄なんて柄じゃないさ。それよりキャロット、君に聞きたいことがあってね」
「おう、なんだ。なんでも言ってみろ。いや、その前にひとまず乾杯といかねぇか?」
「待てやい! おいらが先だろうが!」
「プチィ。僕の話はあとで僕の口から語ってあげるから、少しだけ口を閉じていてくれないかい」
クリムは、むぅと頬を膨らませるプチィの頭を軽く撫でると、赤い酒に満たされたジョッキを持つ。
皆で乾杯を交わし、そのあとすぐに彼はこう切り出した。
「この町、随分寂れているように見えたけど、何かあったのかい?」
「おめぇ……まさか知らねぇのか!? あの西の英傑、雲をも穿つ槍の使い手と謳われた
クリムは思わずバシンとテーブルに両手をつき、立ち上がっていた。
「ニャルキュリアが……? 冗談だろう?」
「冗談だったらどれほど良いか。おめぇもこの町を見たろ。キャットホール侯爵が治める大穴迷宮キャットホールを攻め落とされたら、次に標的になるのはこの町だ。寂れてる理由がこれでよく分かったろ」
クリムはゆらゆら頭を揺らし、椅子に座り直す。信じられない気持ちでいっぱいだった。
「スカイの話じゃ、僕よりずっと腕が立つってなこと言ってたけど……」
「猫じゃらし伯爵か。懐かしいな、今頃どうしてんだろうなぁ……」
クリムが俯き、キャロットが思い出に耽った直後、なぁー、とプチィが不満げな声を上げた。
「おいらにもわかるように言ってくれよぉ。ちんぷんかんぷんでちっともわっかんね」
「ボウズにゃまだ早ぇよ。それより赤坊、おめぇこれ聞いてどうする」
クリムは顔をあげ、少し視線を彷徨わせながら、答えた。
「戻るしかないだろうね。もう少し先になると僕は踏んでたんだけど」
妹を探している暇はなさそうだ。すぐにでも西の戦場に駆けつけ、押し戻さなければまずいことになる。ただ、気掛かりなこともあった。
「そういえばキャロット。僕がいなくなった東側も押し込まれてるって聞いたんだけど」
おめぇ、ほんとどんな僻地に遊びに行ってたんだよと、キャロットは笑う。
「夜の国から援軍が入って、向こうはもうとっくの昔に持ち直してるよ」
「夜の国から? 珍しいね。夜の支配者が日の当たる場所に援軍送るなんてさ」
「ああ、しかもニャルキュリアに負けず劣らずの別嬪が指揮を取ってたらしくてな、そらもう怒涛の勢いで押し返しちまったんだとよ」
それを聞いてクリムは声を上げて笑った。
「あっはは、むさ苦しい戦場にそんなのが現れたら、確かに士気は鰻登りだろうね」
「一輪の薔薇の一声で全員狂ったように突撃しまくってたらしくてな、あほたれヴィージュなんぞ列の先頭を駆けてたんじゃねぇか」
「あいつは下半身に従うから、きっとそうしてたろうね」
「でも真っ先に死ぬ場所だ。もうおっちんじまってるかもな。そうしたらおめぇどうする」
「裸の絵でも墓に飾ってやればいい」
「ちげぇねぇや」
クリムは、話についていけない二匹を余所に、わっはっはと大きな笑い声を上げるキャロットとその後も昔話に花を咲かせ、ひとしきり終えて良いも回ってきた頃、「もういくよ」と腰をあげた。
「なんだよ、もういくのか? つれねぇなぁ……」
「のんびりはしていられないだろう。早く救援に駆けつけてやらないと」
キャロットは俯き、声を落とす。
「俺もこの錆びついた身体が、いうこと聞きゃあなぁ……」
戦場を駆け回り、ばか騒ぎをした日々。復讐に囚われていたクリムにとっても悪いものではなく、未練があることは分かったが、今ここで下手なことを言えば、彼を死に急がせることになる。
「君はここで呑んだくれてればいいさ」
だからそう言って突き放すと、キャロットはすぐに悪態をついていた。
「ケッ、俺なんざもう必要ねぇってか?」
「生きていてもらいたいだけだよ」
「……鼻垂れ小僧が、一丁前の口叩いてんじゃねぇ!」
「その鼻垂れ小僧の下で戦っていたのは誰だったかな?」
冗談で返し、彼に心の中で詫びながら、「ほら、いくよ」とベリーとプチィに声を掛け、クリムは酒場を出ようとした。その時、
「待て、赤毛のクリム。俺からの餞別だ」
ウッドに呼び止められ、猫缶を渡される。しかもどんな猫もその美味さににゃうにゃう唸りながらペロっと平らげてしまう高級な奴をだ。
「ありがとう。ブランドものじゃないかこれ」
「俺もお前の勝利を祈ってる。俺の店を、また繁盛させてくれ」
町がこんな状態では、切り盛りするのも大変だろう。
ああ、を頷きを返し、クリムはそのあと冗談めかしてこう言った。
「でもみんな戻ってきたら、その時は一杯奢ってくれるんだろうね?」
ウッドは勿論だと強く答え、笑った。
「最高のフレイムキャットを用意しておいてやる」
「それは楽しみだ。期待してる」
ここの酒は火酒というやつで、アルコールがきつかったが、味は悪くなかった。
帰ってこいよ、赤坊と声を飛ばしてきたキャロットにも軽く片手をあげて返し、酒場を出るやクリムは通りに目を配り、とある店を探し始めた。
「なぁ、待ったんだからちゃんと話を聞かせてくれよ」
「わかってるって。でもその前にネコグリフを置いてる店を探してくれ。かっこつけて出た手前、今更聞きに戻れないのが辛いところだね」
はぁ、とベリーが溜息をこぼす。
「もう、なら私が戻って聞いてくるわ」
で、聞きに戻ってくれたが、全部閉まっているそうで、クリムは天を仰いだ。
「歩きで行けと? のんびり行っていいならそうするけど、増々かっこがつかなくなってきたね……」
どうしようとクリムは悩む。そんな彼に、プチィがあっけらかんとこう言った。
「山にいるを捕まえりゃあいいじゃんか」
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