第四章 英傑の敗北 旧友との再会

懐かしき戦友 ①

「またなー! また遊びに来いよーっ!」


 子分共を後ろに従え、船から大きく手を振るミニィにクリム達は手を振り返す。

 マストはというと出張中だ。ここに来る少し前、対岸が見えてきた辺りで向こうの船に呼び止められ、連行されていった。

 クジラがいるはずの海を渡ってきたのだから、仕方ない。きっと彼は今、武勇伝を語らされていることだろう。

 

「こっちは随分活気がないのね」


 ベリーの言葉にクリムは少し険しい顔をした。

 港から続く広い通りを歩いているが、猫気が少ない。ちらほら見るくらいだ。


「何があったんだろうね。こっちの方は安全で有名だったのに」

「安全? 今のご時世安全な場所なんて何処にもないと思うけど」

「それよりおいら肉が食いてぇ……。もう魚ばっかで飽き飽きだぜぇ」

 

 プチィがこぼした愚痴にクリムは笑った。それには同意だった。

 久しぶりにがっつりとしたお肉が食べたい。しかし、今は昼。酒場は開いているだろうか。普通の飯屋に入れば済むだけの話だが、これだけ誰もいないと開いているのか心配になる。


「まぁ、この町には引っ掻き傷のキャロットがいるみたいだから、聞いたら何か分かるかもね」

「クリムの知り合い?」

「ああ、会うのは三年ぶりだよ。フレイムキャットって酒場に入り浸ってるってマストから聞いたけど……」


 木造の建物が並ぶ通りに目を配っていると、見つけ、どうやら開いているようだったので、クリムはひらひら動くスイングドアを押して中に入った。


 店内は閑散としており、奥の席、薄オレンジ色の毛色をした老猫を見つけ、同時に目が合い、クリムは片手を上げて笑い掛けた。


「やあ、キャロット。相も変わらず呑んだくれてるみたいじゃないか」


 キャロットは驚いたような顔で何度も目を瞬き、傾けていた赤い酒の入ったジョッキをテーブルに置くや、ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。


「赤坊……赤坊じゃねぇか! なんだよおめぇ、久しぶりじゃねぇか」


 キャロットは相好を崩し、手招きをして、クリム達を自分の席に呼ぶ。


「紹介するよ。旅仲間のベリーと、僕らに勝手についてきてる悪ガキだ」

「悪ガキってなんだよ! クリムの兄貴! いい加減おいらも仲間に認めてくれよ!」

「足手纏いじゃなくなったら考えよう。ほら、プチィ。自己紹介はどうした」


 悔しそうに、ぐぬぬと歯噛みをしていたプチィだったが、すぐにキャロットの方に顔を向け直し、親指で自らを差すや大きな声で名を告げた。


「おいらはプチィ! クリムの兄貴の一番弟子のプチィ・ミケグレーだ! 忘れんなよ爺さん」


 キャロットに本当なのかと目で問われ、クリムは肩を竦めていた。 


「勝手に言ってるだけさ。僕は弟子なんてとった覚えはないよ」


 しかし、プチィは鼻の下をこすってへへと笑い、その言葉に被せるようにこう言った。


「いつか認めさせてやるさ。いつかはそうなるんだからちょっとくらい早く名乗ってもいいじゃんか」

 

 なんだその理屈は、無茶苦茶だなと呆れつつ、クリムは椅子を引いて腰掛ける。ベリーとプチィも彼にならって席についていた。


「おい、ウッド! フレイムキャットを一つと甘ぇ酒を一本、あとはミルクと追加のアテを頼む」


 名を呼ばれ、注文を飛ばされても酒場のマスターは返事はおろか見向きすらしなかったが、仏頂面で言われたものを用意して、運んでくる。


「キャロット。ここはむさいオスの溜まり場だ。それを考慮して次からは頼みやがれ」

「かてぇこと言うなよ。俺とお前の仲じゃねぇか」


 酒場のマスター、ウッドの目は、クリムの方にも向く。


「赤毛のクリム。てめぇもてめぇだ。メスやガキ連れてここに来るんじゃねぇ」

「悪いね。これで勘弁して欲しい」


 クリムはそう言うや懐から巾着袋を取り出し、中から黄金こがね色をした猫目石の硬貨を一枚抜いて、指で弾き渡す。

 パシと受け取ったウッドは、「今回だけだ」と言い残し、カウンターの所へ戻っていった。


「お貴族様は持ってんなぁ。迷惑料で金猫貨きんびょうかたぁ、俺にも恵んでもらいてぇくらいだ」

「僕は君らと違って無駄遣いしてないからね。それに、久しぶりに逢った戦友に一杯奢ってあげようと思ってね」


 クリムがそう言って茶目っ気のあるウインクを飛ばすと、キャロットは少し驚いた顔をして、手を打って太鼓持ちを始めた。


「よっ! 流石は俺らの隊長様。聞いたかウッド! それには今回の飲み代も入ってる!」


 言われたウッドはふんと鼻を鳴らすだけで、何も言わなかったが、キャロットには分かっているようで、へへと少し下卑た笑い方をしながら言う。


「こいつはガンガンやらねぇと隊長様に失礼だなぁ。おめぇらも遠慮しねぇでガンガンやれよ。なんたって奢りだ」


 しかし、ベリーとプチィの反応はいまいちだった。


「そう言われても、いつもクリムには出して貰ってるし……」

「おん、いっつも奢ってもらってるもんなぁ……」


 あ、そんなことよりよぉと、ふと思い出したようにプチィはこんな言葉を続けた。

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