決戦 ④
「ええ、申し遅れました。わたくしはこの子の母、サファイア・シーマーブルと申します。こっちの悪党面の妻でもありますが、海猫達を率いる者でもあります」
「誰が悪党面だ! ほっとけ!」
「どら猫が何やら吠えておりますが、わたくしに考えがございます」
これを、と首にかけていた青いペンダントをクリムは受け取る。
「これは?」
「それは
「まぁ、早い話がそういうアーティファクトってこった。その昔、領土を広げようと海の中にまで侵略していった王様が身に付けていたもんだとか。効果は確かだぜ。身につけたことがあるからな」
「それは凄い。これがあったら海の中でも戦えるね……」
海の中かぁ、と思うと途端に気持ちが萎えてくる。
「ああ、入ってやるさ。何度でも。今なら大嫌いなお風呂にだって進んで飛び込める自信があるね」
「なんだよ、あんちゃん。風呂嫌いなのかよ。不潔なのは嫌われるぜぇ?」
「うるさいよ。嫌いなものは嫌いなんだ。でも今は大丈夫。クジラをぶっ殺すためさ。なんだってやってやるさ」
では、とサファイアが作戦の概要を話し始めた。
手短なもので、クリムから同意を得られるとすぐに、傍で耳を欹てていた海猫達が一斉に動き始め、銛をマストの子分達から受け取って、サファイアとともに海に飛び込んでいく。
「よし、じゃあ気合を入れていこうか」
「まっかせとけ! あたいの手にかかれば瞬殺だっての」
「頼もしい限りだけど、無茶だけはしないようにね」
「するかよ。こっちは散々煮え湯を飲まされてきたんだ。きっちり借りを返させて貰う……」
ミニィは顔を俯かせ、すぐに上げると、
「ジェリー、シェル、クラムにソルト!」
叫ぶようにして次々と名を上げ連ね、歯を剥き出しにして子猫とは思えぬような形相をした。
「あたいが絶対に仇を取ってやるからな……。海神の園でしっかり見てろ……」
クリムは目を閉じて、一拍あけるとそっと瞼を持ち上げ、ミニィの頭を撫でるように手を乗せた。そして、静かに告げる。
「いこう。みんなのために」
こく、とミニィは頷きを返し、クリムを抱えて海に飛び込んだ。
降り注ぐ日差しが入り込む透明度の高い海も、深く潜れば潜るほど、仄暗い闇をその身に湛えるようになり、一定のラインを越えると途端に明るくなった。
頭の先にランプを灯した奇妙な形をした魚達が泳ぎ回っていた。底ではまるで星々のようにヒトデ達が輝きを放ち、何事もなければ、きっと見るものを魅了する素敵な世界が広がっていたことだろう。
今広がっているのは、凄惨な現場だ。倒壊した大きな柱が沢山転がり、建造物はどれもこれも崩れ落ちて、廃墟のようになった海底都市が目に映る。
クジラもそこにいた。底を跳ね回っているが、次々銛を投げ込まれ、動きを封じられていっている。
そして、雁字搦めにしてしまうと指揮を取っていたサファイアがその場を離れ、こちらまで泳いでくる。
「僕らの出番かな?」
「ええ、お願いします。皆の無念を、晴らしてやってください……」
ミニィと一緒に頷きを返し、手を取りあって剣を握り合うと、剣が強烈な光を放って光の刀身を天高く伸ばし始める。
その光景はまるで、海の底に太陽が昇ったかのようで、その神秘的な光景に多くの者が目を奪われる中、掛け声とともに光の剣が振り下ろされ、クジラを縦に断ち割る。
フォーン……と大きな断末魔が上がって、クジラはどろりと溶け、一拍置いて、歓声が沸き起こった。
ある者は涙を流し、ある者は隣の者と抱き合って、喜び合う。
「持ち主を選ぶアーティファクト……。凄いのですね。一瞬、神が舞い降りたのかと……」
「案外そうかも。もしくは、僕の父さんが力を貸してくれたのかもね」
この剣は、砂の国に攻めてきた冥府の屍共に勇敢に立ち向かい、散っていった父の形見だ。そんな気がしていると、
「なんかさ。みんなの、あたい達みんなの想いに応えてくれたような感じがする……」
呆けたような顔でミニィがそう言い、そうだねとクリムは返して、思った。
今までこんなことはなかった。本当に不思議な剣だと。
「きっと、みんなの想いにこの剣が応えてくれたんだろうね」
そして、彼はそう言うと剣を鞘に戻し、海の底へと下りていく。そのまま悲しげに佇む海底都市に足を踏み入れるや、両腕を天に翳した。
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