決戦 ③
「ほら、ライムおいで。何やってるのさ」
柱の陰に隠れた妹に、クリムは手を差し出す。
しかし、妹はそこから出ようとはせず、「にゃ」とだけ鳴いた。
「それじゃ分からないって」
だからそう言うと、彼女はすっと両腕を上げ、差し出してくる。
「抱っこして欲しいのかい?」
そう思って近寄ると、パシンと頬を叩かれ、へ――――と思考を止めた次の瞬間、視界が移り変わってうすぼんやりとした視界にマストの顔が映り込んだ。バックには、抜けるような青空が広がっていた。
「ここは……?」
「下界だよ。気分はどうだ?」
「僕は生きてるのかい……? 君がいるってことは、死んでるように思うけど」
「てめぇが助け出してくれたんだろうが」
「違う! あたいが助けたんだ」
聞き覚えのない声がして、体を起こそうとすると胸に強い痛みが走り、クリムは顔をしかめて胸を掴んだ。
「っ――、骨までいってるな。クジラ野郎にやられたか」
しかし、そこで妙なことに気付く。鎧がない。ただ今はそれよりも、口に出してハっとすることがあった。
「そういえば、クジラは?」
マストにそう問い掛けたが、彼は何故かよそを向いていて、隣の子猫から返答があった。
「海に沈んでったぜー」
「君は?」
「ミニィっていうんだ。よろしくな。それよりその剣貸してくれよ」
クリムは軽く頭を横に振る。
「悪いけど、この剣は誰にも貸せないんだ。僕の宝物だからね」
「なんだよ、いいじゃんか。それに、その剣がないとクジラ野郎に止めを刺せないんだよ! だからほら、早く貸す!」
ミニィは両腕を伸ばし、奪い取ろうとしてきたが、彼女の母親らしき海猫が伸ばした腕に抑え込まれていた。
「ミニィ。おやめなさい」
「だってママぁー。こいつが剣持ってたって何にもできないじゃん」
君が持っていっても何にもならないんだけどね。
クリムはそう思いながら小さく溜息をこぼすと、剣をすっと彼女に差し出す。
「なら持っていくといい。持っていけるものならね」
話が分かるじゃん。そんな顔をしてミニィは受け取っていたが、すぐに「うわっ!」と驚いたように声を上げ、剣を取り落とす。
「僕の宝物だって言っただろう。もっと大事に扱ってくれ」
「え、なんで……? さっきはもっと軽かったはずなのに…………」
「この剣は持ち主を選ぶんだよ。光も消えちゃっただろう?」
先程まで淡く光っていた剣は、光を消して銀色の刀身を覗かせ、今はただの剣であるかのように振る舞う。
「ほう。持ち主を選ぶタイプのアーティファクトだったか。超のつくレア品じゃねぇか。お目に掛かったのは初めてだ」
そう言うマストに軽く頷きを返し、クリムが剣を拾い上げると、剣は淡い光を放ち始め、同時に彼はそこであることに気付く。
「光が弱いね。クジラはかなり弱ってる……? 君らが深手を負わせてくれたのかい?」
そして、そう周りの海猫達に尋ねかけると、海猫達の視線は一匹の子猫に集中した。
「あたいがあんちゃんの剣振って、尾びれを斬り落としてやったんだよ」
「……君が? どうやって?」
「だから、剣振ってだよ! 理解力のないあんちゃんだなぁ。あたいがあんちゃんの腕を取ってだなぁ――――」
続けて身振り手振りを交えながら、シュバっだの、ズバっだの、擬音を用いて解説してくれたが、腕を取ってのフレーズで理解は済んでおり、「わかった、わかった」と、クリムは解説を途中で遮った。
「もう十分だよ。君のおかげで助かったことはよく分かった。ありがとう。礼を言うよ」
「おう、あたいに沢山感謝しとけー」
お前らもだぞ、と目を向けられたマストの子分達が、「ありがとうございやす」、「さっすがお嬢」と彼女を褒めまくっていた。
「それより、これからどうするつもりだい? 猫手は増えたけど、メスに子供、年寄りばかりときた」
若い盛りのオスがほとんどいない。
「しかも相手は海の底。手負いの今、深追いしたいところだけど、手のうちようがないし、港へ引き返すのが無難だろうね」
土に還さない限り、冥府の屍共は復活する。夜であればすぐにでも再生が始まっていただろうが、昼というのは運が良かった。今なら確実に逃げられる。しかし、
「癪ではあるけどね」
それがクリムの本音だ。この胸の奥には、抑えきれない激情が、憎悪が未だ煮えたぎっている。一度手酷くやられた今、仄暗い炎が再燃していた。
「そんなの簡単じゃん。こっちにゃ最強の武器があるんだ」
明るく言ったミニィの言葉に、彼女の母が頷いた。
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