決戦 ②
さっきの奴より二回り以上は大きい。大きな囮船がすぐに海の中へと引きずり込まれていき、クリム達は顔を凍りつかせていた。
二頭のクジラに大小の差があることは皆知っていたが、そこまで差があるなど誰も思っておらず、その迫力に圧倒され、誰もが言葉を失い立ち竦む中、いち早く立ち直ったクリムが声を張り上げていた。
「散れっ! 散れぇっ!」
かたまっていると纏めて海の藻屑だ。どれか一隻だけでも逃げ切ることができれば御の字。そんなことを考えてしまうくらい最悪な状況で、次に狙われたのはマストが乗っている船だった。
もの凄い速度で後方から迫ってきたクジラが、大口を開けて船尾から食らいつく。
同時に数名口内に消え、うわっ、うわあああと腰を抜かした船員達の悲鳴がこだまする中、「こんの――――くそったれがぁっ!」と腰からサーベルを引き抜いたマストが飛び掛かっていき、もう一度大きく口を開けたクジラの口の中へと消えていく。
それを目にした瞬間、クリムは乗っている船から飛び出していた。
そして、クジラの上顎に剣を突き立てるや、「吐き出せ!」と上顎を横に掻っ捌いた。
クジラは嫌がるように身を捩り、船ごと彼らを海の中へと引きずり込んだ。
クリムは海の中でも剣を振り回す。
吐き出せこの野郎と、何度も何度も剣を振ったが、その巨体の前ではあまりに無力で、まずいと思う。
息が苦しくなってきた。視界も白飛びし始め、体から力が抜けてくる。
それでも彼は、剣を振り続け、必死にマスト達を助けようとした。が、間もなく意識を手放して、くずれ落ち、暗い海の底へと沈んでいく。
そこで潜っていたクジラが悠然と身を翻し、次なる獲物に狙いを定めていた。
そして、一気に上昇し始めた、その時。
「くったばれぇええええっ!!」
甲高い声が反響し、光の閃が海中に走った。
続けて、フォーン……とクジラの声が反響し、尾びれを切断されたクジラがもんどりをうって口の中のものを吐き出す。
光の閃を走らせた声の主は、すかさず追撃をかけようとクリムの手から光る剣を奪い取ろうとしていたが、意識がないというのにちっとも手放さず、諦めて指笛を吹く。
ピィーと海中に音が反響し、下、瓦礫に身を潜めていた海猫達が一斉に姿を現して、マスト達を抱きかかえて浮上していく。
指笛を吹いた海猫も、クリムをかかえて浮上していき、上からおりてきたロープを掴んで皆と一緒に甲板の上にあがった。
「どうして俺らはまだ生きてるんだろうなぁ。今はそれが不思議でしょうがねぇ」
「あなた! そんなことを言ってる場合ではないでしょう!」
「わかってらぁ! つーか、ミニィ。おまえ何してやがる……」
クリムを足で押さえつけ、剣を持つ腕を引っ張り上げて、んー、んーと顔を真っ赤にして息んでいた。
「こんな時に剣パクろうとしてんじゃねぇ……。どけっ! まだ心臓は動いてんのか」
娘を押し退け、マストはクリムの胸に耳を押し当てる。
音がしなかった。まずいと思い、彼はすぐにクリムの胸鎧を剥ぎ取り始めた。
「つーか、何でこいつは海に行くのに鎧着てんだ!」
あほなのかと思ったが、今更だとも彼は思う。
「そんなことを言っている場合ではないと、先程も言ったではありませんか。心の臓は動いていましたの?」
「……いや、だが止まっちまった心臓は、びっくりさせりゃあ起きるらしいんだよ」
「心の臓を、びっくりさせる……?」
「いいから手伝えって。見てりゃあ分かる」
一緒に剥ぎ取り、クリムを寝かしつけると、マストは腕に力を込めた。そして、彼の心臓目掛けて拳を振り下ろす。
「どらぁっ!」
ドシン、と甲板に響き渡って、マストは再度クリムの胸に耳を押し当てた。
しかし、動いていなかったので連続殴打し始める。
「どらどらドララァっ!」
「あなた、それ以上は――――」
「いいから黙って見てろ。これ以外の方法はっ――――ねぇんだよぉっ!」
最後に魂を込めた渾身の一発を送り込むと、マストはぜぇぜぇ息をつきながら、耳を押し当て――――すると、トク、トクと音が返ってきて、マストはその顔に笑みを浮かべてへたり込むように腰を落とす。そして、ぐっと拳を握った。
「……っしゃあ、死神に、打ち勝ってやったぜ……」
「心の臓は、動き始めましたの?」
「ああ、どうだすげぇだろ」
マストは親指を立て、クリムの顔を覗き込む。
その頃クリムは、夢を見ていた――――。
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