決戦 ①
海上。船の上では、クリムが抜き放った剣を抱え持つように横に向け、目を落としていた。
剣は淡い光を纏っていて、気になったように見にきたマストが声を掛けていた。
「なにやってんだ?」
「この剣は危険を報せてくれるのさ。もっとも、今回のようなのが相手じゃなきゃ、あまり役には立たないけどね」
「小せぇのには反応しないってことか?」
「ああ、弱いのにはよっぽど近付かれない限り反応しない」
「ほう。ちなみによ、反応を示すとどうなるんだ?」
「眩しく輝き出したら、クジラが迫ってるサインだよ」
そう答えるとクリムは視線を上げ、海を見つめた。
縄張りを持つ生き物は多い。マスト達は何か月も海を観察し、クジラの縄張りをある程度掴んでいる。既に足を踏み入れているはずだが、問題は、うまく先行させた空船に食いついてくれるかどうか。こっちに来たら終わりだ。討ち手を失うか、引き上げる奴が足りなくなり、作戦は失敗に終わる。
そのまま即時撤退となってしまうが、それもできるかどうか。
逃げることも叶わず、食われてしまう可能性の方がずっと高いのだ。
何せ、今乗っている船は先行させている船よりも二回りは小さい。他の二隻もそう。一番大きな船を囮として使っている理由は海に引きずり込まれにくくするため。無論、丸呑みをさせないためでもある。
しかし、もし三十メートルを越す囮船が一瞬でやられてしまったら、その場合も勝ち目がなくなるだろう。
細い糸を手繰り寄せるような戦い、とまでは言わないが、体感的には勝ち負け半々くらいの心臓に悪い勝負ではある。
あとは神に祈るのみ――――。
固唾をのむような顔で息を殺し、囮船を見守っている者が多い。
少しでも見つかるまいとしているのだろう。
「一緒だと思うけどね。海の中まで僕らの声って聞こえてるのかな?」
「案外聞こえてるもんだぜ。それに、クジラの耳は俺らよりずっと大きい」
「あー……それは失念してたよ」
苦笑し、なら僕も黙っておこうか。そう思った直後だった。
クリムの剣から目が眩むほどのまばゆい光が放たれ、巨大な黒い影が昇ってくるのが見えた。
大量の水飛沫とともに、大砲でも打ち込んだような轟音がとどろく。
クジラが囮船に食らいついたのを確認した直後、すかさず声を張り上げたマストの指示が響き渡った。
「囲め、囲めぇっ!」
にゃあああああっと一斉突撃のような声を上げ、彼の子分達は一斉に動き出し、三隻の船でクジラを包囲し始める。
そして、ロープの付いた銛を持ったマストが、クジラ目掛けて一番槍を投げ込んだ。
「どらぁっ!」
船員達も次々銛を投げ込み、腐った肉を貫き、骨でとまった銛に付いたロープを引っ張り上げる。
しかし、クジラはその巨体を暴れさせ、中々その身を水の上まで出してはくれない。
一進一退の攻防が続き、マスト達の気合のこもった掛け声が上がる中、クリムはただじっとその時を待ち、「クリムっ!」と声が掛かった瞬間、船から飛び出した。
「にゃうっ!」
水平に振られた剣から光の刀身が伸び、動き回る尾を付け根から斬り飛ばす。そして、浮き上がってきたクジラの背に着地した彼は、大上段に構えた剣を叩きつけるように振り下ろした。
「にゃあっ!」
斬った場所からは腐臭が噴き出す。
思わず顔をしかめて中を覗いてみると、分厚い腹の部分を切断するには至ってらず、「だろうと思ったよ」と彼は呟く。
この結果は予測できたことだ。光の刀身は、槍の間合い以上は伸びない。
「多分長期戦になる。みんな、踏ん張ってくれよ」
だからそうクリムが声を掛けると、へっと笑ったマストが声を張り上げた。
「聞いた通りだ! おまえらっ、踏ん張れよぉ!」
へい、と子分達の威勢の良い返事が響き渡る。
ここからが正念場だ。尻尾を斬り落としたのでおいそれと逃げられることはないだろうが、油断できるものではない。
降り注ぐ太陽のもとでの作業は急速に体力を奪われていく。夜に決行すれば涼しくはやれただろうが、冥府の屍共は日が沈むほど力が増す。
この時間帯に活発に動き回り、襲ってきてくれるのなら、そこを討たない手はない。
クリムは、背中を駆け上がると首の付け根の所で立ち止まり、剣を何度も振り下ろし始める。時間との戦いだ。斬れるところまで斬ったら、首をあげてもらい、また斬って、あげてもらう。
繰り返していくうちにわりと早く終わりが見えてきて、首を切断した直後、クジラがどろりと溶けて足がズボと沈み込む。
そのままクリムは海に落っこち、まずい、くそっ――――と咄嗟に銛を掴んで、ぐいぐいと引っ張る。
すると別の船に引き上げて貰え、甲板の上で身をぶるぶると振った。
纏わりつく毛を跳ね上げ、水滴を弾き飛ばしている最中、マストの声がとどろいた。
「よーし、おまえらっ! 凱旋だ! 回せ回せ」
息つく暇もない。子分達が慌ただしく動き回り、柱に登って畳んでいた帆を張り出したり、舵をきって船を回頭させたりしている。
クジラはどうやら二頭いるらしく、そいつが来る前にずらかろうというのだ。
そして、この勝利を町で触れ回り、今度はもっと大勢で来る予定である。
協力は得られるだろう。一頭は仕留めたのだから。気掛かりなのは、剣が未だ光を放ち続けているということ。
クリムは、隣の船に乗るマストに声を飛ばした。
「マスト! 多分もう一頭がすぐそこまで来てる! もう少しスピードは出せないのか!」
「なんだとぉ!? これ以上は出ねぇよ! つーか、まじか……」
マストが振り返った瞬間、轟音がとどろいて囮船に食らいつくもう一頭のクジラが見えた。
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