旅立ち ④
「にゃう! にゃあ!」
気合の入った掛け声とともに、一閃、二閃、と振られた剣が刀身から光を伸ばし、一頭の腹を横一文字に裂き、もう一頭の首を絶つ。
しかし、数が多い。奴らは群れで行動するのが厄介なところ。草食性の山羊に羊、肉食性の狼や犬、熊だっている。本来は相容れぬ者達が、屍共を統べる王の力によって一つに纏め上げられている。
屍の王の力を行使する群れの統率者をほふれば、同士討ちをしてくれたりもするが、一見しただけではどいつがそうなのか見当もつかない。
しかしそれは同時に、あることを明示していた。この群れを指揮する奴は、大した奴ではないということ。力持つ奴は、どうやったって目立つ。存在感が違う。
「冥府に戻ったらあのくそったれに伝えておいてくれないかい。次はもっと! まともな奴を寄越してこいってなぁ!」
内から湧き上がる憎悪に身を任せ、ばっさばっさと斬り捨てていると、向こうで奮戦するベリー達の声が耳に届く。
「魔法の杖よ、空で輝く火の星を写し取れ!
「オラァ! 俺の孫にゃ指一本触れさせねぇよ!」
魔法で応戦するベリーはともかく、マッシュはその身一つで屍共と渡り合い、思わず笑ってしまうような光景が目に飛び込んできて、クリムは思った。まったくもって、恐れ入ると。
猫の中では身体の大きなマッシュも、奴らと比べたらずっと小さい。だというのにその体格差をものともせず強烈な突進を受け止め、殴り返しているのだから。
向こうは二匹に任せておいて問題なさそうだ。あとは、群れの親玉をさっさと仕留めるか、そう思った瞬間には目星がついた。
恐らく熊。破壊力のある爪や牙を持っているというのに、ちっとも攻撃してこないのが何よりの証拠。自らが率いる者であることをよく理解している。
「でも、君をそこに据えたのはどうかと思うね。だって宝の持ち腐れだろう?」
戦闘力の低い羊にでもやらせておくべきだった。そうすれば破壊の権化を攻撃に回せた。もっとも、だとしても結果は変わらなかっただろう。
「復讐鬼が偶然ここに居合わせたからね。身に覚えがあるかどうかは知らないけど、借りは返させて貰おうか」
クリムはそう言うや、熊の懐に飛び込み、振り下ろされた爪を躱して、剣を横薙ぎに振るった。
光の刃が熊の脚を切断して地に伏せさせ、直後に彼は剣をギロチンのように落とし、熊の首を刎ね飛ばした。
「あばよ。二度とこの地に現れるな」
クリムがそう吐き捨てると、熊の屍は、身を、骨をどろどろに溶かし、土に還った。
統率者を失ったことで群れは纏まりがなくなり、ほふるのは容易く、片が付くとプチィがマッシュに抱きしめられていた。
「……怪我はねぇか?」
「おいら……おいら……」
よほど怖かったのだろう。堰を切ったようにプチィは泣き始め、それからほどなくして、クリムは謝罪を受けた。
「おいら、クリムの兄貴に嘘ついてたんだ。本当は、その日のうちにクリムの兄貴の胸鎧、磨き終わってたんだ……ごめんなさい」
その言葉でマッシュの意味深な発言の数々に合点がいき、クリムはプチィに歩み寄ると、その小さな頭を撫でていた。
「そんなことより君が無事で良かったよ」
「おいら……クリムの兄貴と一緒に行きたくて、それで……」
「ああ、わかってる」
子供のついた可愛らしい嘘を責めるつもりはない。今はそれよりも――――、浮かべていた柔和な笑みを崩し、クリムは街道の先、北の空を睨み付けていた。
こんな所にまで奴らが現れるなど、思ってはいなかった。ワッフルの言葉が脳裏を過る。もしかすると、前線の一つが押され始めたことに端を発していることなのやもしれない。妹を探している時間はあまりなさそうだ。戻る日も近い、か――――。
そんなことを考えていると、本当に迷惑を掛けた、助かったとマッシュが頭を下げてきて、クリムは肩を竦めて飄々とこう返す。
「いいって、高いマントも貰ったことだし、丁度なにかお返しをしたいと思ってたところさ」
「すまん。恩に着る」
マッシュはそう言うともう一度頭を下げ、笑い掛けてきて、
「またこの街に寄ることがあったら、その時はただで鎧を磨かせてくれ」
「ああ、わかった。その時は是非頼むよ」
そう続けた彼に、クリムはそう返し、マッシュがプチィを連れていくのを見送ってから、ベリーと一緒に野宿していた場所まで戻り、敷き詰めていた草の毛布の上で丸くなった。
「良い運動にはなったけど、なんか目が冴えちゃった」
「余裕だね? 僕は少し疲れたよ」
「ほとんどクリムが倒してたものね。いつ見ても素敵ね、戦ってる時のクリムって」
その言葉にクリムは笑う。
「そんなことを言ってくれるのは君だけだよ。みんなさ――――」
そして、どこか哀愁漂う顔で、星空に目を向けていた。
「みんな、なに?」
「なんでも。さ、もう寝よう」
「クリム私の話聞いてた? もう、目が冴えて寝られないんだってばぁ!」
それから十日後、潮の香りがしてきて、小高い丘の上から見えた風景に、感嘆の吐息がこぼれ落ちる。
透き通る湖面を広げる地中海が、朝焼けの空を鏡のようにその身に映し込み、曙色に染まっていた。傍には美しい白い街並みが広がり、次の町まで辿り着いたことを告げてくる。
ただ、はしゃぐように丘の上から駆け下り始めた二匹の傍らには、見覚えのある子猫の姿があった。
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