旅立ち ③
「これはこれは、赤毛のクリムさん。マドモアゼルもおはようございます。鎧が直ったということは、もうここを立たれるので?」
「ああ、君にあることないこと書かれる前にね」
その言葉に、ワッフルはハッハッハと声を上げて笑った。
「いやぁ、おかげさまで。記事は飛ぶように売れましたよ。何せ皆外の刺激に飢えていて、足しげく通ったかいがあります」
「それは良かった。君に山ほど身の上話をしたかいがあるというものだよ。役に立って本当に良かった」
クリムが皮肉交じりにそう言うと、ワッフルは急に真面目な顔付きとなり、クリムに尋ねた。
「前線に戻るおつもりは?」
「今のところはないね」
クリムがそう答えると、「そうですか、それは残念です」とワッフルは俯き加減に声を落とす。
「僕から面白い話が聴けなくなるからかい? でも多分僕はもう二度とここには」
いえ、とワッフルはハッキリとした口調でクリムの言葉を遮り、続けた。
「少し前に、クリムさんが戦われていた東側が押され始めたと、友から聞きまして」
クリムは、なるほどなと思い、薄ら笑いするような顔で彼を見た。
「僕に戻ってもらって、押し返して貰いたいわけだ」
「ええ、率直に言えば」
ワッフルは即答すると視線を僅かに彷徨わせ、「あなたほどの方が抜けた穴は、あまりに大きい」と、伏し目がちにもらす。
そんな彼を見つめながら、クリムは軽く口元を緩め、荷物を置いて彼の双肩に手を置いた。そして、ぐっと掴むと、「窮地には必ず駆けつける」と、励ましの言葉でも掛けるように口にした。
「だからそんなに心配することないって。それに、僕と一緒に戦ってた奴らはそんなにやわじゃない」
「……そう、ですか。あなたの口から聞けて、少し安心しました」
「じゃ、僕はもう行くから」
「ええ、お元気で。妹さんが見つかることを心より祈っております」
「ありがとう。君も元気でな」
クリム達が歩みを戻すと、後ろで声がした。
「マドモアゼルもお元気でーっ!」
振り向くとワッフルが大きく前足を振っており、ベリーが同じように振り返しながら、声を飛ばす。
「あなたもねーっ!」
直後、「面白い奴だったわね?」と、クリムの方を向きながら彼女は言う。
「確かに」
半笑いのような顔でそう返し、次は列をなして歩いていた子猫達に指差され、にゃあにゃあ騒ぎ立てられ質問攻めを受けたあと、二匹は街を出る。
「はぁ、なんか旅に出る前にどっと疲れた感じ」
「僕に会いたくて仕方なかったみたいだから、しかたないさ」
「にしたってがっつき過ぎ。飢えた野獣みたいだったじゃない」
「ずっと親に引き留められてたんだ。そうなるのも無理はないと僕は思うけど」
「だったら最後まで引き留めておいてよ。そうは思わない?」
「気持ちはわかるけど、まいどまいど押し掛けられなかっただけ感謝しよう」
「わかってるけど」
ほがらかな陽気に小鳥が囀る。吹き抜ける風に緑が体を揺らし、色取り取りの花の合い間を蜂や蝶々が蜜を求めて飛び交う。平坦な道が北へ真っすぐ伸びていた。どこまでも、どこまでもだ。
ふと東へ目を向けると、越えてきた大きな山が目に入り、あれを越えてくるのは大変だったとクリムは思う。
今度は楽な道だと良いのだが。そんな一抹の不安は杞憂を抱えていた、夜のこと。
火を焚き、野宿していると、暗闇の向こうに光る目が見え、血相を変えた顔でマッシュがこちらへ駆けてくる。
「ぷ、プチィを見掛けなかったか?」
クリムはきょとんとしながらも、彼に問いかけた。
「いや、何かあったのかい?」
それが、とマッシュは切り出す。プチィが昼に家を出て行ったっきり、帰ってきていないとのことだった。
「なるほどねぇ……」
クリムは思う。どうやらかなりのショックを与えてしまったようだと。
彼は責任を感じずにはいられず、天を仰ぐように星空を眺め、小さく溜息をついた。
「なに、家出?」
「僕のせいでね。わかった。探すの手伝うよ」
「ほんっと世話の焼けるガキね」
怒りながらもベリーも手伝ってくれるようで、すまんと頭を下げたマッシュが、続けた。
「俺はてっきり、勝手についていってるもんだと……」
「狼にでも見つかったら大変だ。早速手分けして探そうか」
ここら一帯は見渡す限りの平原。登る木なんてどこにもなく、いくらすばしこいプチィといえど、群れで襲われたら対処のしようがないだろう。
「おーい、プチィーっ!」
「プチィーっ!」
それから三匹で手分けして探していると、今までリリリと鳴いていた虫の音がやんでいることに、クリムがいち早く気付く。
まさか――――。静寂の中、彼がそう思った直後、「にゃああああ!!」とプチィの悲鳴が夜にこだまし、クリムは腰の剣を引き抜くと、急いで声のした方に駆けていく。
抜き放たれた剣からは閃光玉のような眩しい光が放たれ、逃げ惑うプチィが見えてくると同時、彼を追い回すおぞましい姿の異形共をその光で照らし出した。
冥府の屍共だ。腐った肉からは腐臭が漂い、骨を剥き出しにして走る姿は正に化け物。
風上にいてくれたらもっと早く気付けたのだが、奴らも元は獣。そこらへんの悪知恵は働く。
「プチィ! 足をとめるなよ!」
すれ違いざま、プチィにそう声をかけると、がぅと光を嫌がるように唸り、足をとめた屍達にクリムは躍りかかった。
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