ベリーの憂鬱 ①

「もう、クリムのバカ」


 ぷんすか怒りながら、ベリーは宿を出る。彼女の怒りの矛先は、自らにも向けられていた。

 久しぶりに一緒に過ごせる機会があったというのに、眠気のせいで思考が回らず、自ら手放してしまったことが許せなかった。

 生意気小僧が動けない状態でチャンスだったというのに、何故一緒に行かなかったのか。そして彼には、あやまちを犯して貰いたかった。


 酒に呑まれて理性を失うなどよくある話。獣からケダモノに変身して貰いたかった。

 クリムは紳士過ぎて、いや、王子様だからそもそもそういう発想がまったくないオスだ。半年もの間、一緒に旅をしているというのに一切手を出してこない。

 脈がないのだろうかと、時々不安になることもある。けれど、挫けずにそれとなくアプローチをかけたりしている。

 が、彼は恐らくまったく気が付いてはいない。いくら何でも鈍感過ぎる。こっちは首ったけだというのに。あの日から。いや、あの時から――――。 


 太陽のような眩しい光が見えた時、初めは、神が舞い降りたと思った。誰もこんな所にいる訳ない。そう思いながら、絶望しながら助けを呼び続け、心の中で何度も神に祈った自分に手を差し伸べてくれたのだと思った。

 

 でも違った。現れたのは、光輝く剣を振るう長毛ロン毛のイケメンだった。

 一瞬で脳が理解した。彼はどこぞの王子様であり、私の王子様であると。


 実際に王子様と呼ぶと、よく分かったねと彼は笑っていた。詳しく聞くと、彼は十年前に滅んだ砂の国の第二王子で、この目に狂いはなかったと思った。

 同時にこれは神のお導きであり、運命であることを理解して、それ以来ずっと彼に引っついているが、未だ進展はなし。しかし、なぜ、どうしてなどと思ってはいけない。これが弱きになる原因である。

 気のせいだったのかなと、どうしても頭に浮かんでしまうのだ。で、そんなことないと頭を振っていつもその考えを振り解く。


「今日も瀬戸際で持ちこたえたわね。しっかりなさい、ストロベリー・マジカルブラウン。神のお導きを信じましょう。私は信心深いの」


 ベリーは指を丸くくっつけて胸の前で満月の形をつくり、母なる猫の神に祈る。

 しかし、気付けばここは大通り。行き交う猫達の視線を集めていた。


「変わった祈り方だね。魔法の国じゃそうなのかい?」


 声のした方を向くと、ドリンク店があり、耳にピアス穴を沢山開けたちゃらそうなオスが「この町名物のココナッツジュースはいかが?」と尋ねてくる。


「お酒は置いてないの?」

「朝っぱらから飲むつもりかい? もしかして少し自暴自棄?」

「そう、飲みたい気分なの」

「でも残念。うちには置いてないんだ。だからこいつをサービスしよう」


 ちゃらオスはカクテルグラスをことりとカウンターに置くと、持っていたシェイカーから赤くどろっとした液体をそれに流し込み、すっと二本の指で押して、差し出してきた。

 

「……鉄分補給しろってこと?」

「鉄? こいつに鉄なんて含まれてないさ。見ての通り、ただのジュース。安全な飲み物だよ」


 カクテルグラスを手に取り嗅いでみると、変わった匂いがした。

 これトマトじゃない。そう思いながら口に含むと、舌の上に広がるその濃い甘みにベリーは感心した。


「……結構いける」

「だろう? それを飲むと悪酔いしなくなるし、二日酔いにも効果覿面。夜もやってるから、またおいで」


 ただのサービスかと思いきや商売上手だなと思い、ベリーは笑う。

 

「ふっ、考えとく」

「考え事ついでに友達や彼氏にも教えておいて貰えると嬉しいな」

「ほんと抜け目ないわね」

「それはそうさ。以後、当店をご贔屓に」


 ちゃらオスはそう言うと大仰に頭を下げ、それから屈託なく笑った。

 見掛けはちゃらいが悪い奴ではなさそうで、ちゃらオスから良さオスに格上げしながら、異国情緒あふれるフルーツの香りと味を広げるジュースを嗜んでいると、通りを歩いていた柄の悪そうな二匹のどら猫が寄ってきて、下卑た笑みを浮かべてこう言った。


「よう、ワッフル。儲かってるみてぇじゃねぇーか」

「そっちの嬢ちゃんには俺らがもっと良い店を紹介してやるよ。な、だから俺らと遊ぼうぜぇ?」

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