お風呂嫌いと交易商 ⑤
「魔法のネオンライトなんて、こっちじゃ滅多に見ないのに」
「俺が取り寄せたんだ。言っただろう? 交易商だってな」
「まぁ信じる気にはなれたね」
「なんだよ、信じてなかったのかよ。まぁこの見てくれじゃあな」
なら、何でそんな恰好してるんだ。そう疑問に思うクリムを、マストは案内した。
「お前らぁ! 赤毛のクリムさんを連れてきた。ちっと静かにしててくれるか」
その一声で今まで騒いでいた連中が一斉に口を閉じ、クリムはテーブルの合い間を縫うように奥へと進む彼のあとをついていき、案内された一席に腰をおろした。
「マスター、酒とつまみを頼む。つまみは軽いものでな」
しばらく待っていると、猫じゃらしの香りを漂わせる琥珀色のキャットビアと、それに乾燥ナッツ、スモークされた魚の切り身なんかが運ばれてくる。
運んできた色っぽいウエイトレスにマストがチップを投げ渡し、二匹はジョッキを持って乾杯した。
「くはーっ、これがねぇと始まらねぇ。早速本題に入っていいか?」
アルコールの息を吐きながらそう言うマストに、クリムも口をつけながら頷く。
「港で見掛けたからもう船乗り達から聞いてるとは思うが、このところ町から船が出てなくてな」
「クジラの屍が出るようになったんだろう。それもとてつもなく大きな奴だって聞いたね」
「ああ、聞いて驚け。二十メートル以上はある帆船をその大きな口で一飲みだ。しかも砲撃も効かなきゃ、凄腕の魔法使いでも歯が立たねぇ正真正銘の化け物ときた。もう俺らだけじゃ手の打ちようがなくてな。途方に暮れてたところにお前さんが来たってわけだ」
なるほど。討伐依頼か、渡りに船だな。そんなことを思いながら、クリムは先に気になることを確かめた。
「……その凄腕の魔法使いさんってのは、星柄のローブ?」
「いや、流石に超一流の大魔法使い共は雇えねぇよ。そもそもこっちには来ねぇしな。でも赤色だったぜ。腕は一流、言動はアレって感じの奴だったが」
「アレ? どういう風に」
「早い話が自分を盛る感じの奴でな。それもかなり。でも二流の魔法使いじゃ大岩なんて出せねぇだろ?」
「出せないね。一流じゃないと。僕と一緒に旅してる子がそうさ」
「……あの嬢ちゃんか」
「そう、由緒あるマジカルブラウン家の子だから、将来の大魔法使いだね」
「でもメスじゃ連れてけねぇな」
「そうだね。行くのは僕だけ。僕にクジラの骨切りを頼みたいんだろう?」
「ああ、腐ったカルパッチョを作って貰いてぇのさ。額は言い値で出す。どうだ?」
「魅力的な提案だね。でも僕はそこまでお金に困ってないし、君らの情報網の方が欲しいかな。商売してるからには中々のものを持ってるんだろう?」
そこでマストが酒に口をつけ、一呼吸あけた。
「俺らに妹の情報をかき集めてもらいたいってわけか」
「そういうこと。話が早くて助かるね」
「そりゃあんだけ聞き回ってりゃな。いいぜ。もしクジラ野郎を切り身にしてくれたら、俺らだけじゃなく他の奴らにも協力させて、大陸全土から情報をかき集めてやる」
「それは凄い。では交渉成立を祝して」
クリムがジョッキを差し出すと、マストがぶつけ、二匹は杯を交わし合う。
その後は夜更けまで飲み、雑談を交えながら諸々を詰め、解散。
決行日は酒が完全に抜ける明後日、久方ぶりの、戦友達との酒盛りを思い出すオス同士の飲みかいに、勢いあまって飲み過ぎ、クリムは千鳥足で宿に戻る。
翌朝。ソファーで眠りこけていたらベリーに揺り起こされ、クリムは体を起こして額を掴んだ。頭がガンガンする。
「もう、飲みに行くのなら言ってよ」
がっつり二日酔いになっており、クリムの口から出たのは、うぅという情けない呻き声だけだった。
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